30話 妹たちがいる球技大会は落ち着かない。⑧
「……くっ、これで、終わりっ!」
試合終了まで残り数秒。星菜がその抜群のスタイルからは想像もつかないほどの俊敏さでコートを駆け抜け、ゴール下へ跳び上がる。
立ちはだかるのは、執念で食らいついた陽菜と野生の勘で回り込んだ月菜の二人!
「止めろぉぉぉぉ!!」
ショージの絶叫と同時に、星菜の放ったシュートと、陽菜のブロックした手が、空中で激しく交錯する。
――ビィィィィィィッ!!!
体育館に響き渡るタイムアップのブザー。
タイムアップのブザーと同時に、リングの淵を狂ったように回ったボールが、無情にも外へと落ちた。
『そこまで! 試合終了! ……同点、引き分け!』
「はぁ、はぁ、はぁ……っ、ひ、引き分け……?」
コートに両手を突いて、激しく肩を上下させる月菜。両者一歩も譲らぬ大熱戦の末のドローだった。
安堵のあまり床にへたり込む月菜に向け、汗を拭いながらトコトコと歩み寄る星菜の足取りは、なぜか恐ろしいほど軽やかだ。
「ふふーん、大熱戦だったね!……で、引き分けってことはさ?」
星菜は月菜と陽菜を手招きすると、男子たちの視線を警戒するように、三人でギュッと頭を突き合わせて内緒話の距離を作った。
「お互いに勝ちで、お互いに負け! つまり……【こっそり教えっこの刑】でーす♪」
「「ええっ!?」」
月菜と陽菜の小さな悲鳴が綺麗に重なる。
どんな無法極まりないジャイアニズム的解釈だよ、と突っ込む間もなく、星菜は二人の耳元でいたずらっぽく囁いた。
「まずはあたしからね。今日のあたしは情熱の赤! で、サイズは上から84のDカップだよ♪ はい、次陽菜ちゃん!」
「……っ!? な、なんて発育……!」
あまりの怒涛の暴露、そして中等部とは思えない圧倒的な数値に、陽菜は自分の胸元を意識しながら耳まで真っ赤に染まった。
だが、元来の負けず嫌いが奇妙なバグを起こしたのか、周囲の男子には絶対に聞こえないような微かな声で、ぽつりと呟いた。
「……今日の私は、白。……以上」
「陽菜っ!? なんでそんな小さな声なのに無駄に凛々しいの!?」
「おぉー、この間とは違って清純系っ! さあ、ラストは月菜ちゃん! 観念して吐いちゃえー!」
「う、うぐぐ……! ……み、水色、だよっ……! もう、これでおしまいだからねっ!」
月菜は両手で顔を覆い、その場にちんまりとしゃがみ込んでしまった。
――という、男子禁制・女子だけの秘密の空間でのやり取りである。
「……なぁタクロー」
コートサイドで、ショージがじっとその光景を見つめながら、ごくりと唾を呑んだ。
「あの三人、コソコソ話してるけどさ……。星菜ちゃんが自分の胸に手を当てた瞬間、月菜ちゃんが顔から湯気吹きそうなほど真っ赤になってフリーズして、陽菜ちゃんが敗北感に満ちた顔でしゃがみ込んだんだけど、一体何を話してるんだ?」
「さあな。だが、男が絶対に踏み込んではいけない領域の会話なのは確かだ」
少なくとも、公にできるような内容を話している空気ではない。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!
その時、タクローの背後から、地球の核まで凍りつきそうなレベルの絶対零度の殺気が、漆黒のオーラとなって膨れ上がった。
「……タク」
地獄の底から響くような、冥夜の声。
腕を組んだ番長様の目は、声が聞こえていようがいまいが、妹が何やら不穏な気配を察したのかお怒りのようだった。
「星菜が、君の身内と何やら良からぬ会話を交わしているね?……タク、君の妹は僕の可愛い星菜に一体何を吹き込んだのかな?」
「だから何も聞こえねぇだろ! 完全な言いがかりだろそれ! ほら見ろ、うちの妹だって顔を真っ赤にしてるだろ?」
「……何、見に来てんの。クソ兄……」
いつの間にか試合を終えた三人が、こちらへと近づいてきていた。
冷たい眼光を向けてくる陽菜の横で、月菜が恥ずかしさとプロポーションの敗北感から、顔を真っ赤にしてタクローを睨みつけている。完全に理不尽な八つ当たりだ。
そして、星菜はいつもの明るい口調ではなく、冷たく、淡々としていた。
「星菜」
冥夜が低く、重い声をかける。
その瞳にあるのは妹を何よりも優先する男である。
「……何、見にきてるの。クソ兄」
先程まで月菜たちの前で見せていた和やかな笑顔が、星菜の顔から完全に削ぎ落とされていた。
向けられたのは、底冷えするような拒絶の視線。
「星菜。僕は君の兄だから試合を見にくるのは当然だよ」
「見に来んな、馬鹿っ」
星菜の声は小さく、けれど鋭い刃のように冥夜の言葉を断ち切った。
周囲の喧騒が、その一言の重さに押し潰されていく。
「あたしはね……クソ兄が過保護に関わってくるのが嫌なの」
星菜の瞳の奥には、先ほど校舎裏で流した涙の、まだ乾ききらない熱が燻っていた。
「……星菜」
冥夜は反論しなかった。
しかし、その表情は薄っすら寂しげさが見られる。
張り詰めた二人の沈黙。
その緊迫した空気を遠くから見つめる、一つの影があった。
コートの隅に佇む――エヴァ。
彼女は手を口元に当て、小さく、けれどその青い瞳に深い憂いを湛えて、二人の確執を見つめていた。
魔術組織としての任務と、星菜の持つ《テラ・コア》への懸念。
そして、目の前にある兄妹のしがらみを。
「……よし、色々限界突破したことだし、次はユウゲンの音速卓球(笑)の応援にでも行くか!」
「ふははは! 待っていたぞタクローよ! 我が神速のスマッシュで、この混沌とした体育館を熱狂の渦へと戻してくれよう!」
タクローはあえて空気を破るように、明るい声を上げてユウゲンを促した。
これ以上、この場に澱む因縁に巻き込まれるのは御免だったし、何より、星菜のあの笑顔をこれ以上曇らせたくはなかったからだ。
「僕は遠慮させてもらうよ」
冥夜は踵を返し去って行った。
「タクロー先輩♪ お見苦しいとこ見せちゃいました。さぁ、行きましょ♪」
星菜の表情は一転し、元の明るい表情に戻っていた。
押し寄せる不穏な未来の足音と、兄妹の間に横たわる重苦しい歪みを、今はまだ遠いものとして蹴散らしながら、彼らは次の試合会場へと賑やかに歩き出した。




