30話 妹たちがいる球技大会は落ち着かない。⑦
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「おいタクロー、頼むからもう一歩右に寄ってくれ」
「なんでだよ」
「お前の影に隠れてないと、あの歩く天災の視線で俺の心臓が物理的に止まりそうなんだよ……!」
体育館のコートサイド。
ショージが俺の制服の袖をガシッと掴みながら、ガタガタと小刻みに武者震い――いや、ただの恐怖で震えていた。
ショージの怯える視線の先――俺の斜め後方には、腕を組んで壁に寄りかかる佐々木冥夜の姿があった。
ただ妹の試合を見学しているだけだというのに、冥夜の一味違うオーラ(というか、隠しきれていない純然たる殺気)のせいで、周囲の観客席には綺麗に半径二メートルの空白地帯ができている。
完全に体育館の中にモーセの十戒が出現していた。
そんな番長様の圧倒的威圧感を背中で受け流しつつ、俺はコートへと視線を戻す。
そこでは、女子のバスケの試合が信じられない熱量で展開されていた。
「……なぁショージ。女子のバスケって、あんなにバチバチに火花散るもんだっけ?」
「知らん。だが、あの三人の間だけ、明らかに局所的な重力異常が起きてるのは分かる」
コート中央。
我が妹・月菜と、日文研のクールビューティー陽菜ちゃん。
そして、冥夜の妹にして中等部の圧倒的アイドルである星菜ちゃん。
試合前に何やら三人でコソコソと不穏な密談を交わしていたと思ったら、ホイッスルが鳴った瞬間から、全員の目の色が変わっていた。
特に陽菜ちゃんのディフェンスが容赦ない。普段の省エネモードはどこへ行ったのか、鋭いステップと冷徹な眼光で星菜ちゃんの進路を完璧にシャットアウトしている。
「……陽菜ちゃん、なんであんなに必死なんだ? まるで国家機密でも賭けてるみたいな気迫だけど」
「いや、女子の世界には男には絶対に踏み込めない、プライドを賭けた戦いがあるんだよ、きっと。……にしても星菜ちゃん、マジで動きキレッキレだな」
ショージの言う通り、星菜ちゃんのプレイスタイルは圧巻の一言だった。
陽菜ちゃんのタイトなマークを紙一重のアンクルブレイクで揺さぶり、鮮やかなチェンジオブペースで一気に抜き去る。その動きには、一切の迷いも淀みもない。
パサッ、と星菜ちゃんの放ったミドルシュートが、綺麗な弧を描いてゴールに吸い込まれる。
わっと歓声が沸き起こる中、ふとコートの隅に目をやると、いつの間にか田中さんがじっとその光景を見つめていた。
いつものほんわかとした天然系の空気はどこへやら、その深い青い瞳は、どこか痛々しいほど真剣に星菜ちゃんの背中を追っている。
……こりゃ、星菜ちゃん関連で裏で何かがあったな。
俺がそんな直感を抱いた、その時だった。
「……タク」
突如、背後から鼓膜を凍らせるような冷徹な声が響き、俺とショージの背筋が同時にピンと伸びた。
振り返ると、冥夜がその鋭い、すべてを見透かすような視線を俺に向けていた。
「な、なんだよ」
「星菜は、楽しそうにしているね」
「……まぁ、見ての通り大ハッスル中だな。誰もあいつを止められそうにないぞ」
「ならいい。……あの子のあの笑顔を濁す者がいるなら、それが誰であろうと、僕は容赦しない」
その冷酷な言葉の矛先が、コートサイドで佇む田中さんに向けられているのは明白だった。
「んな殺気立つなよ。今は星菜ちゃんが絶賛大活躍して、楽しんでるところだろ?」
俺が肩をすくめて言うと、冥夜はフッと鼻で笑い、再びコートへ視線を戻した。
ひとまず、最悪の事態は免れたらしい。
「……っと、いっけぇー!」
コート内では、月菜が鮮やかなパスカットから、そのまま猛ダッシュの高速ドリブルを仕掛け、カウンターへと遷移していた。
「あはは、月菜ちゃん、遅い遅いっ!」
それを楽しそうに、弾けるような笑顔で追いかける星菜ちゃん。
「月菜、相変わらず運動神経だけは良いわね。体育会系の部活に入らないのが勿体ないくらいだわ」
いつの間にか隣に来ていたミアが、感心したように呟いた。
「そうだな。月菜から運動能力を奪ったら、後に割と何も残らん気がする」
「ふははっ、タクローよ、妹をそのように邪険にするではない。実に健気で可愛い妹ではないか」
大仰な笑い声を上げて輪に加わってきたのは、ユウゲンだった。
「そういえばユウゲン、お前は何の競技に出てるんだよ」
「ククク……よくぞ聞いてくれた。我が出る競技は、一球入魂、音速の壁を超える球技――卓球である!」
「いや、流石に卓球で音速は出んだろ」
そんなオカ研メンバーの相変わらずなやり取りの間にも、コート上の熱量は天井知らずで上がっていく。
「陽菜、パス!」
「すきありっ!」
交わされる激しい声。
少女たちのプライド(と裏の事情、それから一部下着の秘密)を賭けた試合は、まさに最高潮を迎えようとしていた。




