30話 妹たちがいる球技大会は落ち着かない。⑥
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「はぁ……」
「……月菜。ため息、つきすぎ。幸せが逃げる」
時間は流れ、ついに月菜たちの出場するバスケットボールの試合が始まろうとしていた。
コートの周囲には大勢の観戦者が詰めかけ、その中にはタクローを含むオカ研メンバーも勢揃いでこちらを見守っている。
「……ねぇ陽菜。星菜ちゃんのことや、あの『事件』のこと……知ってた?」
月菜の問いに、陽菜は一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐにいつものポーカーフェイスに戻った。
「……知ってる。私も、思うところは色々ある」
「そうだよね。……私、どうすればいいんだろう。あんな話聞いちゃったら、どう接していいか分かんなくなっちゃうよ」
俯く月菜の肩に、陽菜がそっと手を置く。
「月菜、過去は変えられない。でも、今と未来は自分たちで変えられる。……それに、エヴァだってあの子を不幸にしたいわけじゃないはず」
「陽菜……」
「まずは目の前のことに集中して。ほら、あっちを見て」
陽菜の視線の先――
『星菜ちゃーん、頑張れっ!!』
『可愛いぞ、ちくしょー! こっち向いてくれー!』
「ふふ、みんな、ありがとー♪ しっかり見ててねっ!」
月菜たちの対戦相手は、まさにその星菜のクラスだった。
コート中央で声援に応える彼女は、先ほどまでの悲痛な表情が嘘のように、眩しいほどの笑顔を振りまいている。
「……うぅ、あんなの見せられたら、余計にやりにくいよぉ……」
「甘い。勝負事に情けは不要。……叩きのめす」
「陽菜……なんでそんなにやる気満々なの? まさか、この間のリレーの件、まだ根に持ってる?」
「……根に持ってない」
「あ、これ絶対根に持ってるやつだ」
試合開始直前、星菜がこちらにタッタッタと軽い足取りで近づいてきた。
「やっほー! 陽菜ちゃん、相変わらず怖い顔。まだあの時のこと怒ってるの?」
「……怒ってない」
「そっかぁ。黒の大人っぽい下着、陽菜ちゃんにピッタリだと思ったのになぁー♪」
「――っ!!」
陽菜の顔が、一瞬で耳の付け根まで真っ赤に染まる。
「あはは! 陽菜ちゃん、分かりやすーい! じゃあさじゃあさ、また同じ賭け、してみない?」
「賭け……?」
「そう。あたしたちのクラスが勝ったらぁ……今日の陽菜ちゃんと――月菜ちゃんの下着の色、教えてもらう
よ!」
「えぇぇっ!? なんで私も巻き込まれるの!?」
明らかに動揺し、胸元を隠すように身を縮める月菜。一方、陽菜は羞恥を通り越して冷静に計算を始めていた。
「……不平等。私と月菜、二人の情報を出すのに、佐々木星菜は一人。条件が合わない」
「あ、確かにそうだね。じゃあ……あたしが今着けてる下着、脱いであげちゃうよ♪」
「いらない。……不衛生」
「えー、マニアな人なら泣いて喜ぶのになぁ……。あ、分かった!」
星菜はいたずらっぽく笑い、自分の胸に指を添えた。
「じゃあ、あたしのここの、正確なサイズを教えてあげる。どう?」
「………いい、それなら平等。乗った」
「陽菜!? ちょっと、勝手に決めないでよ!」
「大丈夫。……勝てばいいだけ」
月菜が必死に仲裁しようとする声をかき消すように、試合開始を告げるホイッスルが体育館に高く響き渡った。
――試合開始
ジャンプボールと同時に、陽菜が驚異的な瞬発力でボールを弾く。
「月菜、走って!」
「わ、わかった!」
月菜がキャッチし、そのままドリブルで切り込む。だが、その前に立ちはだかったのは星菜だった。
「あははっ、月菜ちゃん、甘いよ!」
「きゃっ!?」
星菜の素早いカット。ボールが奪われる。そのまま流れるようなバックビハインドパスが、星菜のクラスメイトへと渡る。
「さすが星菜ちゃん! ナイスパス!」
星菜の動きは、まるで重力を無視しているかのように軽やかだった。
悲しい過去も、背負った宿命も、今の彼女からは微塵も感じられなく、ただ純粋にこの瞬間を、この日常を全力で楽しんでいる――その姿は、痛々しいほどに強かった。
「……させない!」
陽菜が猛烈なプレッシャーで星菜の前に壁を作る。
「わあ、陽菜ちゃん本気だぁ。やっぱり下着の色、教えたくない?」
「……黙って」
陽菜の長い脚がコートを蹴る。星菜のフェイントを読み切り、鋭いスティールでボールを奪い返した。
そのまま自らゴール下まで持ち込み、華麗なレイアップシュート。
パサッ、と網を揺らす音。
「よしっ!」
一進一退の攻防。
月菜は、走りながら星菜の横顔を見た。
星菜は汗を拭いながら、本当に楽しそうに、少しだけ挑発的な笑みを浮かべてこちらを見ている。
(……そうだよね。過去は変えられないけど、今は変えられる)
月菜は強く拳を握り、自分の頬をパチンと叩いた。
「星菜ちゃん! 私、負けないからね!」
「いいよ! かかってきて!」
九月の熱気がこもる体育館。
下着の色とプライドを賭けた(?)、少女たちの熱い戦いが幕を開けた。




