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妹は魔法少女になりましたか?  作者: 吉本優
9月

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30話 妹たちがいる球技大会は落ち着かない。③






 嫌な予感しかしなかった。


 周囲のざわめきが、水面に落ちた雫みたいにじわじわ広がっていく。


『おい……佐々木だ……』

『番長じゃねぇか……』

『なんでこっち来てんの……?』


 さっきまで祭りみたいに騒がしかったグラウンドの空気が、一瞬で冷え切った。


 歓声は消え、代わりに妙な緊張感だけが残る。


 冥夜はそんな周囲の反応なんて気にも留めず、真っ直ぐこちらへ歩いてきた。


 黒髪。鋭い目付き。無駄に整った顔。

 立ってるだけで威圧感がおかしい。


 その姿はまるで、獲物を見つけた大型肉食獣だった。


「……お兄ちゃん?」


 月菜が不安そうに俺の方を見つめていた。


 そして、ショージは俺の横で遠い目をしていた。


「タクロー……あばよ。短い付き合いだったな」


「勝手に殺すな。まだ遺言も書いてねーよ」


「安心しろ。お前のキャッチボール相手だった事は墓まで持っていく」


「重ぇよ」


 だが冗談抜きで、周囲の空気は完全に“番長案件”だった。


 すれ違う生徒たちも、冥夜が通るだけで無意識に道を開けていく。


 お前はモーゼか。


 そして、冥夜が俺の目の前で足を止めた。


 ――重い沈黙。


 別にビビってるわけじゃない。

 だが、こいつは立ってるだけで空気の圧力がおかしくなるのだ。

 しかも目付きが怖い。

 完全に獲物を狩ろうとしている目である。


「……タク」


『ひっ!?』


 近くにいた男子が肩を跳ねさせた。


 いやお前呼ばれてないだろ。


「……なんだよ」


 俺がそう返すと、冥夜は静かに俺の右腕へ視線を向けた。


「君――」


 一拍。


「……野球、できるんだね」


「いや、日本人なら大体できるだろ」


「僕は苦手でね」


「お前そういうタイプに見えないんだけど」


「球技は合理性に欠ける」


「学校行事に合理性求めるな」


 冥夜は小さく息を吐く。


「今日は星菜の試合を見るために来ただけなんだが……たまたまタクが投げているのを見かけてね」


「それは光栄だな」


「……実に滑稽だった」


「勝手に他人の全力プレーを喜劇扱いするな」


 鼻で笑われた。

 地味に腹立つ。


 すると隣でショージが震えた声を漏らす。


「タクロー……」


「なんだ」


「俺、今人生三回分くらいの走馬灯見えた……」


「大袈裟だな」


「いや一回本当に花畑見えたんだって!! あと川!!」


「それはもう死にかけてるだろ」


 ショージが涙目で右手を押さえる。


 ちなみにキャッチャーミットをはめたままだった。


 執念がすごい。


 冥夜はそんなショージを一瞥した後、再び俺を見る。


「あまり本気を出さない事だね」


「……は?」


「怪我人が出る」


 その一言で、周囲が静まり返った。

 確かにショージは何回か吹っ飛んでたけど。


「全校生徒を震え上がらせてるお前にだけは言われたくねぇよ」


 ギロリ、と視線がぶつかる。


 空気が張り詰めた。


 一触即発。


 その瞬間――。


「ちょ、ちょっと待ったぁぁぁ!!」


 月菜がロケットみたいな勢いで俺たちの間へ飛び込んできた。


「お兄ちゃんは悪いことしてません!!」


「……誰もそんな話はしていない」


「じゃ、じゃあ何なんですか!?」


「ちょっと用があっただけだよ」


「気になるだけでそんな怖い顔しないでくださいよ! 寿命縮みますよ!?」


 月菜の全力ツッコミで、周囲の空気が少しだけ和らぐ。


 冥夜はそんな月菜を見て、わずかに目を細めた。


「……君は相変わらず騒がしいね」


「うぅ……なんかバカにされた気がする……」


「気のせいじゃないと思うぞ」


 すると冥夜は再び俺へ視線を戻した。


「タク」


「なんだよ」


「次の試合も出るんでしょ?」


「……まぁ、その予定だけど」


「なら見せてもらうよ」


「何を?」


「君の活躍するところ」


 一瞬、空気が変わった気がした。


 だが次の瞬間には、冥夜はいつもの無表情に戻っている。


「星菜の試合まで暇だからね。退屈しのぎには丁度いい」


「暇つぶし見にくんな」


「何か言った?」


「別に」


 そして冥夜は踵を返した。


 ざわっ、と周囲が一斉に息を吐く。


『はぁぁぁ……』

『し、死ぬかと思った……』

『番長こえぇ……』


 野次馬たちまでぐったりしていた。


 いやお前ら関係ないだろ。


 するとショージが真顔で俺の肩を掴む。


「タクロー」


「なんだよ」


「お前、絶対どっかの裏組織に追われてるだろ」


「なんでそうなる」


「普通、佐々木冥夜に目つけられねぇんだよ!!」


「失礼な。俺は善良な一般高校生だ」


「善良な一般高校生は豪速球投げねぇ!」


 その真っ当すぎるツッコミと同時にーー


「お兄ちゃぁぁん!!」


 再び月菜が勢いよく抱きついてきた。


「うおっ!? 汗つく!」


「いいもん! 勝利の汗だもん!」


「お前ほんと距離感近いな!?」


 ぐりぐりと頭を押し付けてくる月菜。

 完全に大型犬である。


 陽菜はそんな様子を見ながら、小さく苦笑していた。


「……仲良いね」


「いや、こいつが距離感おかしいだけだからな?」


「お兄ちゃん分不足は命に関わるもん」


「初めて聞いたぞその病気」


 ミアは呆れたように肩をすくめる。


「はぁ……。ほんと騒がしい連中ね」




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