30話 妹たちがいる球技大会は落ち着かない。②
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開会式だの注意事項だの、教頭先生の長いだけで中身の薄い訓話が終わる頃には、校庭の空気はすっかり祭りの熱気に包まれていた。
グラウンドからは怒号みたいな歓声が飛び交い、体育館からはホイッスルが断続的に響く。
野球に出場するクラスは全部で十ほど。
三年のなかには、ほぼ野球部だけで構成されたそれもう公式戦だろとツッコミたくなるような反則クラスまで存在していた。
……なのに、だ。
「なぁショージ。なんでうちのクラスの野球部、揃いも揃って卓球に流れたんだ?」
俺は死んだ魚のような目で、スカスカのベンチを見つめて呟いた。
「いやぁ、球技大会って遊び心も大事じゃん? あえての別競技っていうね」
ショージが爽やかな笑顔で親指を立てる。
「その遊び心の結果、野球経験者が絶滅して、オカ研の俺がピッチャーやらされてるんだが?」
「安心しろタクロー! お前には俺が認めた『天然の豪腕』がある!」
「雑な理由でマウンドに放り出すな」
だいたい『天然の剛腕』って何だよ。野生動物の評価か。
集められたメンバーを見渡せば、サッカー部、バスケ部、陸上部。
確かに運動能力は高い。高いんだが、野球経験はほぼ皆無という、脳まで筋肉で出来ていそうなフィジカル集団だった。
ちなみに、キャッチャーはショージである。
こいつも当然、経験者ですらない。
なぜかキャッチャーミットだけ異様に似合っているのが、余計に腹立たしかった。
「よっしゃー! 一回戦は二年五組か! 俺たちの黄金バッテリー、見せつけてやろうぜぇ!!」
「その前に、一球でいいからまともに捕球できるようになってくれ」
「任せろ。今日の俺はキレてる」
「昨日も同じこと言って、腹にボール食らって悶絶してただろ」
ダメだコイツ。早くなんとかしないと。
「お兄ちゃーーんっ!!」
グラウンド脇から、やたらと鼓膜に響く元気な声が飛んできた。
振り向くと、月菜たちがこちらへ向かって大きく手を振っている。
「お兄ちゃん! 絶対勝ってねー!!」
「……怪我だけはしないでください」
「京田さん、ファイトですよー! 応援してます!」
「死なない程度には頑張りなさい。死んだら化けて出なさいよ」
月菜、陽菜、田中さん、ミア。
まさに四者四様の応援である。
「最後の一人だけ、応援のベクトルが物騒すぎるんだが?」
「あなたが暴投して自滅しなければ、万事解決よ」
「俺が歩く危険人物扱いされてる……」
「お兄ちゃん! 三振いっぱい取ってね! カッコいいところ見せて!」
「期待値が高すぎて、マウンドが重てぇなぁ……」
だが、悪い気はしなかった。
「……まぁ、適当に頑張るよ」
「適当じゃダメー! 真剣に、超真剣にやってっ!」
そんな賑やかなやり取りをしている間にも、周囲では次々と試合の火蓋が切られていく。
『一年三組ー! 準備しろー!』
先生の拡声器を通した声が飛んだ。
「来たな……俺たちの伝説が、今ここから始まる!」
ショージがキャッチャーミットを青空に掲げる。
「始まるのが黒歴史の第一章じゃなきゃいいけどな」
――プレイボール!!
うちの先攻。
「一番、ピッチャー。京田」
「はいはい……」
やる気のない返事をしながら、俺はバットを担いでバッターボックスへ向かう。
「お兄ちゃーん!! かっ飛ばせーっ!!」
月菜の声が校庭の端まで響く。
……正直、顔から火が出るほど恥ずかしいが、無視するわけにもいかない。
「タクロー!! お前ならシオンのリードオフマンなれるぞ!!」
「お前は静かに応援してろ」
ショージの騒音を背に受けながら、俺は打席に立つ。
ところで名前的に一番打者が似合うって言われたけど、どういう意味だったんだ?
相手ピッチャーは二年の野球部員らしく、しなやかなフォームから速球を投げ込んできた。
一球目。
ビシッ!!
「ストライーク!」
……流石に野球部だから速いな。
球技大会レベルを逸脱している気がする。
二球目。外角寄りのストレート。
――見える。
カキィィン!!
乾いた金属音が秋空にこだまする。
打球は一二塁間を弾丸のように引き裂き、ライト前へ。
「ナイスバッティング!!」
地鳴りのような歓声が上がるなか、俺は一塁へ到達した。
「お兄ちゃんすごーい!! 天才っ! よっ、世界一!」
「タクローお前、普通に打てるじゃねぇか!」
「……まぁ、来たボールを当てただけなんだけどな」
「それが出来れば苦労しないんだよ、このラノベ主人公め!」
その後、打線が奇跡的に繋がり、初回から三点を先制した。
そして守備。
俺は意を決して、真っ新なマウンドへと上がる。
「よぉし! 魅せろタクローエース!! 俺のミットを焦がしてみろ!」
後ろでショージが、気合だけは十分な構えでミットを広げる。
……正直、不安しかない。
相手打者がバットを構える。
審判が手を上げた。
「プレイ!」
第一球。
――シュッ!!
自分でも少し引くくらい、指先にボールが掛かった感覚があった。
ーー次の瞬間。
ズバァァァァンッ!!
ショージのミットが、爆発でもしたかのような音を立てる。
『『『ッッッ!?』』』
グラウンドから一斉に音が消えた。
『……は?』
バッターボックスの男子が石のように固まっている。
ショージもまた、自分のミットを二度見しながら小刻みに震えていた。
「お、おま……今の、何キロ出てた……?」
「知らん。計ってないだろ」
ただ、肩の力を抜いて放っただけなんだが。
『ストライーク!』
ワンテンポ遅れて響いた審判の声。
それを合図に、周囲が一気に沸騰した。
『今の、エグくね!?』
『アイツ本当に一年かよ!?』
『オカ研って嘘だろ! プロの偵察でも受けてんのか!?』
しまった。
ちょっと、力の加減をミスったかもしれない。
「タ、タクロー……」
ショージが滝のような冷や汗を流しながらサインを送ってくる。
「……もう少し手加減しろ。マジで俺の左手があの世に連れて行かれる」
「無茶を言うな、我慢しろ」
二球目。
再び空気を切り裂く剛速球。
ズバァン!!
『ストライークツー!』
三球目。
もはや打者の目は泳ぎ、腰が引けていた。
『う、うぉぉぉ!!』
ヤケクソ気味のフルスイング。
だが、俺の投げた白球は、その遥か上を通過していた。
ブンッ!!
『ストライーク! バッターアウト!!』
『『『よっしゃぁぁぁ!!』』』
ベンチが爆発したような歓喜に包まれる。
『すげぇぇ!!』
『タクロー、お前化け物か!?』
『いや今の、絶対百キロどころじゃないだろ……!』
……確かに。球技大会で出していい球速ではなかった気がする。
その後も、俺の放つ剛速球に、相手打線は完全沈黙を強いられた。
だが、問題は味方側――というか、捕手の方だった。
「うおおおお!! 来いタクロー! 魂で捕ってやるぜ!!」
ショージがテンションという名のバフだけで、命がけの捕球を続けている。
ズバァン!!
「ぎゃぁぁぁっ!!」
捕球の衝撃に耐えきれず、ショージがミットごと後ろへ吹っ飛んだ。
実際にこんな事って起きるんだな。
「ショージィ!! 生きてるか!?」
「だ、大丈夫だ……! まだ指が三本は感覚がある……!」
「それ、重傷っていうんだよ」
それでも何故か、泥まみれになりながら根性で立ち上がる。
どこのスポ根マンガの主人公だよ、お前は。
それでも試合は、完全にこちらの独壇場だった。
その後うちのクラスが圧倒し試合は終了。
結果は【一年三組 5-0 二年五組】
ベンチはもう優勝したかのようなお祭り騒ぎ。
『いける! 俺たちのクラス、優勝いけるぞこれ!!』
『タクローが強すぎる! 救世主だ!』
『一年の希望の星だぁ!!』
だが、その熱狂に冷水をぶっかけるような瞬間が訪れた。
「……あ」
応援席の月菜が、表情を氷のように固める。
その視線の先。
騒がしい人混みを割り、モーゼの十戒のように道を作りながら、一人の男子生徒が歩いてきていた。
漆黒の髪。氷を削り出したような鋭い目付き。
そこにいるだけで周囲の酸素が薄くなるような、圧倒的な威圧感。
――佐々木冥夜。
この学園の番長と恐れられる男が、なぜか真っ直ぐに、マウンド上の俺を見据えていた。
「……なんで番長様が俺たちの野球を見に来てんだよ」
嫌な予感。
心臓が不吉なドラムを叩き始めた




