30話 妹たちがいる球技大会は落ち着かない。
「ほらほら、お兄ちゃん遅い! 置いてっちゃうよ!」
玄関を飛び出した月菜が、くるりと振り返って俺を急かす。
九月の朝の空気は、日中の暑さを予感させながらも、まだ少しだけ夜の涼しさを残していた。
「わかったから、そんな引っ張るなって。……お前、本当にこういう日だけ朝強いよな」
「当然ですー! 今日はお兄ちゃんが大活躍する日なんだから!」
何故か月菜がドヤ顔で胸を張る。
ポニーテールを揺らしながら歩くその姿は、完全に遠足前の小学生テンションだった。
街路樹の隙間から差し込む朝日が、短パンから伸びた健康的な脚を白く照らしている。
……朝から元気だな、本当に。
住宅街を抜ける頃には、同じ体操服姿の生徒たちもちらほら見え始めていた。
みんな普段より歩く速度が妙に速い。
自転車通学組なんか、今日ばかりは競輪選手みたいな勢いで坂道を駆け抜けていく。
「あ、見てお兄ちゃん! 自販機もう売り切れてる!」
「マジかよ……。まだ始まってすらないんだぞ」
通学路沿いの自販機には、既に『SOLD OUT』の赤いランプが並んでいた。
うちの学校の生徒がよく通る道だからってのもあるんだろうが、球技大会に向けて買い込みすぎだろ。
そんな話をしていると、少し先に見覚えのある背中が見えた。
「……あ、タクローさん。月菜」
角を曲がった先を歩いていた陽菜が、こちらに気づいて足を緩める。
肩に登校バッグを掛けた姿はいつも通り涼しげで、朝の喧騒の中でも妙に落ち着いて見えた。
「おはよ、陽菜! 一緒に行こ!」
「ん。……おはよう。二人とも、朝から元気だね」
そう言いながらも、陽菜は自然と俺たちの歩幅に合わせてくる。
陽菜の体操服姿は、月菜とはまた別方向に目立っていた。
すらりと伸びた脚。
余計な肉のない引き締まったスタイル。
モデルみたい、って言葉が妙にしっくり来る。
実際、すれ違う男子たちも露骨に二度見していた。
……おい、前見ろ前。
「陽菜も気合入ってる? バスケ、絶対優勝しようね!」
「……努力はする。でも、その前に月菜の暴走を止める方が先かも」
「暴走しないもん!」
「昨日、ドリブルしながら廊下走っておばさんに怒られてた」
「うっ……」
月菜が言葉に詰まる。
やっぱ暴走してるじゃねぇか。
そんなやり取りをしていると、後方からドドドドドッ! と地響きみたいな足音が近づいてきた。
「あれ、田中さんは?」
「由香里は先に学校行ってます。用事があるらしくて」
「どけどけどけぇぇぇーい!! 勝利の女神はこのショージ様に微笑んでいるのだぁぁぁ!!」
叫びながら全力疾走で横を駆け抜けていったのは、既に汗だくのショージだった。
……いや早すぎるだろ。
「……あいつ、学校着く前にガス欠になるんじゃないか?」
「確実になるわね」
呆れた声と共に、その後ろからミアが歩いてくる。
相変わらず落ち着いた様子だが、手首にはしっかりリストバンドまで装備済みだった。
「おはよう、三人とも。……今日だけで学校中のスポドリ消えそうね」
「もう半分くらい消えてそうだけどな」
「熱中症対策は大事」
陽菜が真面目に頷く。
その時だった。
校門の方から、わぁぁぁっ! という歓声が聞こえてきた。
「……もう始まってる?」
「開会式前だぞ?」
嫌な予感しかしない。
校門をくぐると、そこには既に“祭り”が出来上がっていた。
グラウンドでは運動部連中がアップを始め、校舎の窓には誰が作ったのか、
【打倒・野球部!!】
【今年こそバスケ部討伐!!】
なんて物騒な横断幕が並んでいる。
「いや討伐って何だよ……」
「戦争なんだよ、お兄ちゃん」
「球技大会をそんな殺伐としたイベントみたいに言うな」
だが周囲の熱気を見る限り、あながち間違ってもいないのが怖い。
普段は眠そうな顔してる連中まで、今日だけは妙にギラギラしていた。
――球技大会。
学生たちの無駄な青春エネルギーが、一年で最も爆発する日。
「よぉぉし!!」
いつの間にか復活していたショージが、校庭のど真ん中で拳を突き上げる。
「俺たちの夏! まだ終わってねぇぞぉぉぉ!!」
「お、おー……?」
周囲から微妙に温度差のある返事が飛ぶ。
それでも、空だけはやたら綺麗だった。
抜けるような青空。
まだ少し夏を残した九月の風。
その風が、これから始まる騒がしい一日へと、俺たちの背中を押していた。




