29話 俺たちの夏はまだ終わらないらしい⑦
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「はぁ、はぁ……っ、まだ……まだぁ!!」
夜の山中に、少女の叫びが響き渡った。
木々の隙間から差し込む月明かり。
湿った土の匂い。
耳を刺す虫の鳴き声。
その静寂を叩き壊すように、星菜は巨大なハンマーを振るい続けていた。
魔装状態。
藍色の長髪を揺らしながら、少女の細腕とは思えない膂力でハンマーを叩き込む。
「――はああああああっ!!」
轟音。
振り下ろされた一撃が地面を砕き、岩盤を爆散させる。
衝撃波めいた震動が周囲の木々を揺らし、土煙が夜気へと舞い上がった。
だが。
それでも星菜は止まらない。
肩を激しく上下させ、汗に濡れた前髪を乱しながら、再びハンマーを構える。
「まだ……足りない……っ」
震える声。
それでも、その瞳だけは燃えるような執念を宿していた。
「こんなんじゃ……お兄ちゃんを支えられない……!」
脳裏に浮かぶのは、ただ一人。
佐々木冥夜。
その背中を知っているからこそ、星菜は止まれない。
「お兄ちゃんのために……私は、もっと……もっと強く……」
掠れた呟きが木々へ溶ける。
その姿をーー
数メートル離れた巨木の陰から、静かに見つめる視線があった。
「――お兄様のため、ですか……」
エヴァだ。
魔術によって完全に気配を遮断した彼女は闇へ溶け込むように星菜を観察していた。
金色の瞳が少女の状態を冷静に分析していく。
「(……明らかなオーバーワークです)」
魔力回路は既に熱を持ち始めている。
筋肉繊維の損耗率も危険域。
呼吸は乱れ、動作にも僅かな遅延が見え始めていた。
それでも。
星菜は止まろうとしない。
「(精神が、肉体を追い越しすぎている……)」
エヴァは小さく目を細めた。
強さを求める理由。
それは復讐ではない。
憎悪でもない。
もっと単純で、もっと厄介な感情。
「(……兄に対する愛、ですか)」
ーーその瞬間だった。
「っ――!!」
星菜が再び地面を蹴った。
重いはずのハンマーを軽々と振り回し、連続で地面へ叩き込む。
轟ッ!!
轟轟ッ!!
土が爆ぜる。
木々が揺れる。
まるで怪物じみた破壊力。
だが、その代償のように星菜の膝が僅かに揺らいだ。
「っ……!」
それでも倒れない。
歯を食いしばり、無理やり体を立たせる。
「まだ……私は……」
その姿を見つめながら、エヴァは静かに息を吐いた。
「(ササキの一族……。彼らもまた、魔術師側の都合に振り回された被害者の一つ)」
エヴァに与えられた本来の任務。
それは《星核リリック》の回収。
そして現在、その所有者は目の前の少女――星菜だ。
本来ならば。
感情など挟まず、淡々と観察し、必要なら回収すればいい。
グレイグにもそう報告した。
公私混同はしない、と。
冷徹に任務を遂行すると。
……だというのに。
「(困りましたね……)」
エヴァは、ほんの少しだけ苦笑する。
共に過ごした時間。
交わした会話。
笑顔。
怒った顔。
くだらない日常。
そういうものが、エヴァの中に少しずつ蓄積してしまっているのだ。
「(私は、あまり優秀な魔術師ではないのかもしれません)」
汗だくになりながら、それでも前へ進もうとする少女がいる。
その瞳に宿るのは、憎しみではなく。
誰かを支えたいという、あまりにも真っ直ぐな願いだった。
「(……星菜ちゃん)」
エヴァは静かに目を伏せる。
「(貴女のその想いがいつか貴女自身を壊してしまわないことを――願っています)」
答えのない祈りだけが、森に静かに溶けていった。




