29話 俺たちの夏はまだ終わらないらしい⑥
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部活も無事(?)に終わった放課後。
夕焼けに染まった校舎は、昼間までの喧騒が嘘みたいに静かだった。
グラウンドからは、野球部の最後のノック音が遠く響いている。
……あいつら、何時まで練習するんだろうな。
「……つっかれたぁ……」
校門へ向かう途中。
月菜が、ぐにゃりと俺の肩にもたれかかってきた。
どうやら日文研の時間終わりとこっちの部活終わりが偶然重なったらしい。
今は月菜と陽菜ちゃん、それからオカ研メンバーも一緒に帰路についている。
「重い」
「ひどっ!?」
「いや、実際寄りかかってんだろ」
「これは甘えですー。妹の正当な権利ですー」
「初めて聞いたわそんな権利」
月菜はむーっと頬を膨らませながらも、離れる気配はない。
……暑い。
練習終わりで体温が上がっているせいか、肩越しに伝わる熱が妙に生々しかった。
「月菜。汗」
「はうっ!?」
陽菜ちゃんの一言で、月菜がバッと飛び退いた。
「わ、忘れてたぁっ!?」
どうやら自販機前で気にしていた件を思い出したらしい。
月菜は慌てて髪をぱたぱたし始める。
「お兄ちゃん! 今のなし! ノーカン!」
「何がだよ」
「その……密着イベント的なの!」
「イベント扱いするな」
「だって汗かいてたしぃ……!」
「だから気にしすぎだって」
俺がそう言うと、月菜はちらっと上目遣いでこちらを見た。
「……ほんとに?」
「ああ」
「……臭くなかった?」
「お前、今日それ何回目だ」
「乙女には大問題なんですー!」
するとショージが勢いよく割り込んできた。
「安心しろ月菜ちゃん!! 青春の汗はむしろご褒――」
ゴッ。
「いっっっったぁ!?」
ミアのチョップが綺麗に後頭部へ炸裂した。
「セクハラ発言をナチュラルにすんな」
「な、なんで俺ばっかりぃ!?」
「日頃の行いが悪いせいよ」
即答だった。
そんな騒がしいやり取りをしながら、俺たちは帰路を歩いていく。
西日を浴びた道路はまだ熱を持っている。
だけど、吹き抜ける風だけは少しだけ涼しくて。
ああ、夏が終わりかけてるんだな――と、自然に思えた。
「……アイス食べたい」
ぽつりと月菜が呟く。
「買い食いはよくないぞー」
「でも無性に食べたいの!」
「その理論、絶対どっかで破綻してるだろ」
「してませんー」
月菜はえっへんと胸を張った。
「――はいはい。じゃあその破綻してない理論を、コンビニのレジ前で証明してみろ」
俺が呆れ半分で言うと、月菜はぱぁっと目を輝かせた。
「えっ、いいの!?」
「タクローさん、月菜を甘やかしすぎです」
陽菜ちゃんがジト目を向けてくる。
「いや、このまま「アイス……アイス……」って呪詛みたいに唱え続けられる方が面倒だろ」
「呪詛扱い!?」
「月菜、その理屈だと部活のたびにアイス必要になる」
陽菜ちゃんが淡々と追撃する。
だが月菜はむしろ感心したように目を見開いた。
「それだよ陽菜!」
「何が」
「名付けて! 【球技大会・全力応援のための糖分補給キャンペーン】!!」
「名前が長ぇし、ただの願望じゃねぇか」
そんなアホみたいな会話をしているうちに、俺たちは住宅街の入り口にあるコンビニへ入った。
自動ドアが開いた瞬間、冷房の風が全身を包み込む。
「……涼しい」
陽菜ちゃんが小さく呟いた。
何だかんだで陽菜ちゃんも暑かったらしい。
アイスコーナーへ向かった俺たちは、それぞれ好きなものを手に取っていく。
「私はこれ! チョコバニラバー!」
「私は……ソーダのガリガリしたやつ」
「俺は王道のバニラカップだな!!」
ショージが一人で掲げている。
「……じゃあ俺はこれでいいか」
俺が手に取ったのは、二つに割れるタイプのソーダアイスだった。
「あ、お兄ちゃん。それ半分こするやつ?」
月菜が期待に満ちた顔で覗き込んでくる。
「いや? 普通に一本ずつ食うつもりだけど」
「えー! そこは空気読んでよぉ!」
月菜がぶーぶー言い始める。
「ほら、陽菜も欲しそうな顔してるよ?」
急に振られた陽菜ちゃんは、一瞬だけ固まった。
「……別に」
「してるじゃん」
「……半分、なら」
「ほらー!」
月菜が勝ち誇ったように言う。
結局、俺は折れるしかなかった。
会計を済ませ、コンビニの軒先へ出る。
夕暮れの熱気はまだ残っていたが、アイスの冷たさが妙に気持ちいい。
「んん~っ、染みるぅ……!」
月菜が幸せそうに目を細めた。
その隣で陽菜ちゃんは、半分に割ったソーダアイスを小さく齧っている。
「……甘い」
「……そっか」
俺が言うと、陽菜ちゃんはほんの少しだけ口元を緩めた。
夕焼けのせいか、耳が少し赤く見える。
「おいタクロー!! アイス食ったら元気出たぞ!! 明日も特訓だ!!」
「お前はまずボールをまっすぐ投げる特訓しろ」
「うぐっ……! 明日こそ俺の魔球を……!」
「また誰かのケツに当てる気?」
ミアの冷静なツッコミに、ショージが崩れ落ちる。
九月の夕暮れ。
アイスが溶けるスピードを競うように、俺たちの影が長く伸びていた。
「お兄ちゃん」
ふいに、月菜が俺のシャツの裾をちょんと引っ張る。
「ん?」
「球技大会、絶対見に行くからね」
「おう」
「……だから、活躍しすぎちゃダメだよ?」
「どういう注文だそれ」
「だって絶対モテるもん」
「心配そこなのかよ」
月菜はむすっと頬を膨らませたあと、最後の一口をぱくりと食べた。
ヒグラシの鳴き声はまだ終わりそうにもないな。




