29話 俺たちの夏はまだ終わらないらしい⑤
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「いやー、やっぱ俺たちのバッテリーは最高だな!」
練習を終えた俺たちは、校舎脇の自販機スペースへと避難していた。
コンクリートの照り返しは未だ凶悪。
スポーツ後の火照った身体に、九月の日差しがじりじりと刺さってくる。
「そうだな。ショージが剛速球を顔面でレシーブした瞬間、別の意味で胸が熱くなったわ」
「んなことで感動すんな!! 俺の尊厳と鼻腔を代償にした青春だったんだぞ!?」
ショージが涙目で叫ぶ。
ちなみに額には、ボールの縫い目が綺麗に刻印されていた。
……地味に痛そうとかいうレベルじゃない。
「あれっ? お兄ちゃん?」
ふいに、聞き慣れた明るい声が飛んできた。
振り向くと、スポドリを抱えた月菜と、その隣に立つ陽菜の姿があった。
二人とも練習終わりらしく、髪は少し乱れ、額や首筋には汗がきらきらと浮かんでいる。
「お、月菜。そっちも今終わりか?」
「うん……っ、めちゃくちゃ暑かったぁ……」
月菜はへにゃっとした顔で自販機にもたれかかった。
体操服の襟元をぱたぱたと引っ張るたび、熱気を含んだ空気がふわっと流れてくる。
「体育館って外よりマシだと思ってたのに……。服が張り付いて気持ち悪いよぉ……」
「月菜。……訓練不足」
陽菜が淡々と言う。
とはいえ、その陽菜も少しだけ息が上がっていた。
白い首筋を汗がすっと流れ落ち、鎖骨のあたりへ消えていく。
……いや、見るな俺。
なんか兄としてダメな気がする。
俺は慌てて視線を逸らした。
すると月菜が、飲み物を買おうとして――ぴたり、と動きを止めた。
「……あ」
「ん?」
なぜか急に、俺から半歩距離を取る。
そのまま、おそるおそる自分の体操服の袖を摘まみ――脇の辺りへ顔を寄せて、くん、と匂いを確認した。
数秒後。
月菜の顔が、みるみる赤くなる。
「ど、どうした?」
「な、なんでもないっ!!」
ぶんぶんと首を振る月菜。
だが視線は完全に泳いでいた。
しかも体操服を必死にぱたぱたしている。
「月菜?」
陽菜が首を傾げる。
「……あの、ね。……汗」
「汗?」
「ちょっと……汗臭い、かも……」
消え入りそうな声だった。
月菜はさらに一歩下がり、胸元を隠すように腕を抱える。
「いっぱい動いたし……。べたべただし……その……女の子として、変な匂いしてないかなって……」
「いや、運動後なんだから普通だろ」
「で、でもお兄ちゃん鼻いいし……!」
「犬扱いすんな」
するとショージが、ここぞとばかりにビシッと指を立てた。
「安心しろ月菜ちゃん!! 青春の汗は勲章だ!!」
「お前は黙ってろ」
「ぐはぁっ!?」
一秒で処理した。
月菜は恥ずかしそうに自分の髪をいじる。
「だ、だってぇ……。汗臭い女の子とか、嫌じゃない……?」
「別に嫌じゃねぇよ」
「……ほんと?」
「ああ。不自然に無臭な方が逆に怖い」
「……お兄ちゃん」
月菜がぱちぱちと目を瞬かせる。
「なんか今、自然にときめくこと言った」
「何にだよ。兄貴としての一般論だ」
「タクローさん、今のは反則です」
陽菜ちゃんがぼそっと呟いた。
「何が?」
「……鈍感ですね。減点されました」
……俺は何故減点されたのだろうか?
てか、何を減点された?
月菜がさらに赤くなってるし……
陽菜はそんな月菜を見ながら、小さく肩を竦めた。
「でも実際、変な匂いはしない。……少し汗の匂いが混じってるだけ」
「うぅ……」
「私は嫌いじゃない」
「陽菜ぁ!! それフォローなのか分かんないよぉ!!」
月菜は逃げるように自販機のボタンを押した。
ガコン、と落ちてきたスポドリを受け取ると、一気に喉へ流し込む。
「ぷはぁっ……生き返ったぁ……!」
「今ので一気に色気消えたな。風呂上がりのおかんか?」
「だ、だって暑いんだもんっ!」
月菜が頬を膨らませる。
そんなやり取りに、思わず笑いが漏れた。
「ところで球技大会、お兄ちゃんは何に出るの?」
「俺は――」
「俺たちは黄金バッテリーとして、甲子園に殴り込みをかけるんだよ!!」
今まで空気みたいに静かだったショージが、急に割り込んできた。
「ショージさん」
陽菜が真顔で口を開く。
「球技大会の結果だけでは甲子園には行けません。まずは地方大会を勝ち抜き、その後――」
「いや比喩だよ!? 陽菜ちゃん!?」
ショージが慌ててツッコむ。
あまりにも真っ直ぐな正論だったな。
「あ、あはは……。お兄ちゃん、野球なんだね!」
凍りつきかけた空気を、月菜が慌てて軌道修正する。
「そ、そうだ! 俺とタクローでクラスを優勝へ導くんだよ!!」
「さっきまで甲子園目指してなかった?」
「……俺たちの夏は終わったんだ」
「切り替え早いな」
その瞬発力を野球に活かしてほしいぞ。
「お兄ちゃん凄いっ! 私、絶対応援行くね!」
「っ!! なら是非ともミニスカチア姿で――」
ぺちん。
「ぎゃあああっ!?」
俺は冷えた緑茶のボトルを、ショージの額の縫い目跡へ押し付けた。
「冷たっ!? 痛っ!? 青春の暴力反対ィィ!!」
「うるせぇ。うちの妹にコスプレ要求すんな変態野郎」




