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妹は魔法少女になりましたか?  作者: 吉本優
9月

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29話 俺たちの夏はまだ終わらないらしい③





―――――







『今日の体育から、競技ごとに分かれて軽く練習始めるぞー。いいかー、怪我だけはすんなよー』


 グラウンドに響き渡る、体育教師のやる気の抜けた野太い声。


『うぇーい』


 返ってきたのは、炭酸の抜けたコーラみたいな締まりのない返事だった。


 九月とは思えない暴力的な日差しが、校庭をじりじり焼いている。

 アスファルトは陽炎を揺らし、グラウンドの土からは熱気がむわっと立ち上っていた。


 ……暑い。


 今この瞬間、体育館競技を選ばなかった数十分前の自分を問い詰めたい。


「来たなタクロー!! 俺たちの甲子園への第一歩が、ついに刻まれる時が!!」


「……球技大会だっつってんだろ。あとその格好どうにかしろ」


 ショージは何故か頭に白タオルを巻き、完全に昭和の熱血球児みたいな姿になっていた。


 どこで調達したんだその気合い。

 お前一人で周囲の気温二度くらい上げてるだろ。


「見ろ! 俺はこの日のために夜な夜な枕をボールに見立ててイメトレを積んできた!!」


「その情熱を勉強に回せよ」


「安心しろ! 野球漫画は百冊単位で読破済みだ!!」


「知識だけの初心者が一番怖ぇんだよ……」


 俺が呆れている横で、ミアが肩を竦めた。


「ショージって、ルール曖昧なままノリと勢いで突っ走るタイプよね」


「細けぇルールなんて魂のフルスイングでカバーだ!!」


「野球に魂判定はねぇよ」


 そんな不毛な会話をしていると、体育教師がパンパンと手を叩いた。


『はい集合ー。とりあえず肩慣らしでキャッチボールなー』


 その瞬間。


 ショージがガシィッ!! と俺の肩を掴む。


「来たぞタクロー!! 俺たちの黄金プラチナバッテリー結成の時だ!!」


「絶対お前の送球捕れないから嫌なんだけど」


「信じろ!! 俺のグローブは友情という名の絆で出来ている!!」


「つまり隙間だらけってことか?」


「くっ……! お前の言葉が胸に刺さるぜ……!」


「水分補給だと思ってその涙飲んどけ」


 ショージは勝手に感動した顔をしながらグローブを構える。


「さぁ来いタクロー!! お前の全力をぶつけてみろ!!」


「嫌だ。普通に投げる」


 俺は軽くボールを握った。


 本気で投げたら危ない。

 色んな意味で。


 だから、かなり加減して軽く投げる。


 シュッ――。


「お、おぉっ!?」


 ショージのグローブが勢いよく弾かれそうになる。


 なんとか捕ったものの、本人は目を丸くしていた。


「す、すげぇ……! 今の聞いたか!? 捕球音が完全にプロの音だったぞ!!」


「どんな感想だよ」


「タクロー、お前絶対隠れて特訓してるだろ!?」


「してねぇよ」


「嘘つけ!! 今の絶対甲子園の音だった!!」


「甲子園に音の種類あんのか?」


 その騒ぎに釣られて、周囲の男子たちもざわつき始める。


『おい今の普通に速くなかったか?』

『京田って運動までできるのかよ……』

『可愛い妹いて運動神経まで良いとか設定盛りすぎだろ……』


「やめろ。勝手に人をラノベ主人公みたいに扱うな」


 俺は小さくため息を吐いた。


「よぉーし!! 次は俺のターンだな!!」


 ショージが大きく振りかぶる。


「見せてやるぜ!! これが俺の必殺魔球――!!」


 ブォォンッ!!


 勢いよく腕を振り抜く。


 が。


 ボールは真横にすっぽ抜けた。


「あ」


 ビシィッ!!


『アガッ!?』


 十数メートル後方。

 サッカー組の男子のケツに綺麗に直撃した。


 一瞬、グラウンドが静まり返る。


 そして。


『ショォォォォォォジィィィィィ!!』


「ご、ごめんなさぁぁぁぁぁい!!」


 鬼の形相で迫ってくる男子から、ショージが全力で逃走した。


「待て!! これには深い事情が――!!」


『お前にだけは事情聞きたくねぇんだよ!!』


 グラウンドに土煙が舞う。


 その光景に、あちこちから爆笑が起こった。


 ミアは額を押さえながら深々とため息を吐く。


「……あいつ、一人で騒がしすぎるでしょ」


「否定はしない。ところでミアは何でここにいるんだ?」


 確かミアはバレーだったはずだが。

 するとーー


「タクローさん、頑張ってくださいー」


 のんびりした声が飛んできた。


 視線を向けると、木陰のベンチで田中さんが小さく手を振っていた。


 麦茶片手に、ぱたぱたと扇子を動かしている。

 そして日傘を指しており明らかに観戦スタイルである。


「田中さん。何しに来たんだ?」


「応援です」


「普通に即答したな」


「はい。日本、白球を追う高校球児。んー、まさに日本の青春ですね!」


「俺たちは高校球児ではないぞ」

 

 因みにうちのクラスの野球部たちは何故か卓球に参加予定。


「今の投げ方、とても綺麗でした。青春の白球って感じです」


「ただ普通にボールを投げただけだろ」


 田中さんは満足そうに頷きながら麦茶を飲む。


 ――すると。


「あ、いたっ!」


 側に居たミアが田中さんに近づいて行った。


「由香里。あんた何サボってるのよ」


「サボりではありません。文化的応援活動です」


「初めて聞いたわよそんな活動」


 ミアは呆れたようにため息を吐くと、由香里さんの日傘をひょいっと持ち上げた。


「ほら、女子は体育館でバレー練習中なんだから戻るわよ」


「ですが、タクローさんの白球にはまだ物語が――」


「いいから行くの」


 ずるずる。


「あっ、あっ……タクローさん、頑張ってくださいー。青春に負けないでくださいー」


「青春に負けるって何だよ……」


 引きずられていく由香里さん。


 その後ろでは、ショージがまだ追い回されていた。


「青春に暴力反対ィィィ!!」

『黙れェェェ!!』


 ……。


 九月の日差しは、相変わらず容赦なく暑い。


 だけど。


 終わりかけの夏は、まだ少しだけ、この騒がしい温度のまま続くらしい。



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