29話 俺たちの夏はまだ終わらないらしい②
「――はいはい、騒がない騒がない。次は球技大会の参加種目を決めますよー」
中等部校舎。
月菜、陽菜のクラス担任の女性教師がチョークの背で黒板を軽く叩いていた。
二学期が始まったばかりの教室には、まだ夏休みの亡霊が漂っている。
窓際では旅行の思い出話。
後ろの席では、宿題を忘れた者同士の悲痛な答え合わせ。
九月だというのにセミは往生際悪く鳴き続け、開け放たれた窓からは、ぬるい熱気を含んだ風が流れ込んでいた。
「球技大会かぁ……!」
月菜は、配られたプリントを宝の地図みたいな顔で見つめていた。
「陽菜ちゃん陽菜ちゃん! 何出る!? やっぱバスケ!? シュババッてドリブルする!?」
「……まだ決めてない」
隣の席で、陽菜は頬杖をつきながら淡々と答える。
「でも月菜はバスケ似合いそう」
「えへへ、分かる? やっぱり私の溢れ出るスポーティ美少女オーラが――」
「なんとなく。ゴールデンレトリバーみたいに走り回ってそうだから」
「ワンコ扱いしないで!? せめて人間のカテゴリーで例えて!?」
すると、そのやり取りを聞いていた後ろの女子たちもクスクス笑いながら会話に混ざってきた。
『月菜ちゃん絶対バスケ似合うよねー!』
『分かるー! 元気系エースって感じ!』
『で、決定的な場面で盛大に転ぶまでがセット!』
「最後いる!? 私の活躍シーン返して!?」
月菜がむーっと頬を膨らませる。
しかし、陽菜は小さく首を傾げた。
「でも実際、月菜は運動神経いいよね」
「そ、そうかな?」
「……変身……じゃなくて、普段から動きのキレおかしいし」
「今すごく危ないこと言いかけたよね!? あとおかしくないから! ただの現役女子中等部生だから!」
「気のせい」
陽菜は真顔だった。
教室でうっかり魔法少女関連ワードを漏らすのは、社会的な意味で即ゲームオーバーである。
月菜は小さくため息を吐きながら、プリントへ視線を落とした。
バスケ。
バレー。
卓球。
どれも楽しそうで悩む。
「うーん……どうしよっかなぁ。お兄ちゃんなら何選ぶかな……」
ぽつりと漏れた呟きに、陽菜が反応する。
「タクローさん?」
「うん! お兄ちゃん、運動なら何でも器用にできそうだし!」
「……否定できない」
「この前も、買い物袋いっぱい持ったまま普通に走ってたもん」
「あれ普通じゃない。重力に喧嘩売ってた」
「でも本人、『普通だ』って言い張るんだよ?」
「タクローさんの普通は信用しない方がいい」
陽菜の冷静すぎる分析に、月菜は深く頷いた。
その時だった。
ガラッ。
教室後方の扉が静かに開く。
「失礼します」
ひょこっと顔を出したのは、別クラスの星菜だった。
『あ、星菜ちゃん!』
男子たちがざわつく。
『お、中等部のアイドル……』
『今日も顔面偏差値が高い……』
本人は慣れているのか、にこやかな笑みを浮かべたまま月菜たちへ歩み寄ってきた。
「月菜ちゃん、陽菜ちゃん、少しだけお時間いいかな?」
「……早く自分のクラスに帰って」
陽菜は怪訝そうな表情で星菜を見つめた。
「どうしたの?」
月菜はとりつくるように話をすすめた。
「球技大会、何に出るのかなと思いまして」
星菜はさらりと長い髪を揺らしながら微笑む。
「私はバスケに出る予定です」
「おおー! 星菜ちゃん絶対強いじゃん!」
「ふふ、こう見えて運動は得意なんです」
月菜の表情が少し引きつる。
知っている。
この少女、巨大ハンマーを軽々振り回し、ニブラ地面ごと粉砕するパワータイプの魔法少女である。
たぶん本気でシュートしたらゴールごと吹き飛ぶ。
「……佐々木星菜。加減を忘れないで」
陽菜がぼそっと呟く。
「大丈夫だよ♪ あくまで本気出すのは月菜ちゃんと陽菜ちゃんの時だけ」
「それでも危ないと思うよ!?」
月菜のツッコミが教室に響いた。
すると担任がちらりとこちらを見る。
『佐々木さん、早く自分のクラスに戻りなさい』
「はい、失礼しました」
ぺこり、と完璧なお辞儀。
優等生モードの完成度が高すぎる。
しかし、先生が視線を外した次の瞬間。
星菜はぐっと月菜へ顔を寄せた。
「それで、月菜ちゃん」
「ひゃっ!? な、なに!?」
「…タクロー先輩は何に出場するの?」
「お、お兄ちゃん?」
「うん」
目がキラキラしている。
いや、キラキラを通り越して若干ギラついている。
「い、いや…分かんないよ。多分ジョージさんは野球に出るって言っていたから野球なのかな?」
「野球……」
星菜が小さく呟く。
「タクロー先輩が白球を追いかける姿……絶対にカッコいい……しっかり記憶に焼き付けないと……」
「そこまで!?」
「タクローさんは野球似合いそう」
陽菜がぽつりと呟いた。
「お兄ちゃん、野球の経験全くないよ!?」
そんな風に騒いでいるうちに、教室はますます賑やかになっていく。
九月の風がカーテンをふわりと揺らした。
終わりかけの夏。
だけど、まだ少しだけ続いているみたいな――そんな午後だった。




