29話 俺たちの夏はまだ終わらないらしい
『――というわけで、来週の球技大会について決めていくぞー』
二学期が始まって数日。
教室には、まだ夏休みの残り香みたいな空気が漂っていた。
終わっていない宿題。
昼夜逆転しかけた生活リズム。
そして、妙に気の抜けた生徒たち。
九月だというのに窓の外ではセミが最後の意地みたいに鳴いていて、教室に入り込む風だけが少しだけ秋っぽい。
そんな気怠い午後だった。
「っしゃああああああああッ!!」
――鼓膜が揺れた。
「球技大会キターーーッ!! 青春! 汗! 友情!! そして揺れる女子の応援ッッ!!」
「最後で全部台無しだぞバカ」
俺が即座にツッコむと同時に、静かだった教室が一気に爆発した。
「サッカーだろ!」
「いやバスケ!」
「えー、どうするー?」
「バレー楽しそうじゃない?」
男子も女子も、現在お祭りモードだ。
「タクローォ!!」
「近い近い近い。耳元で叫ぶな。鼓膜が夏休みに入るだろうが」
机をバン! と叩きながらショージが身を乗り出してくる。
そのテンションのまま、こいつは俺の肩をガシッと掴んだ。
「男なら野球だろ!! 甲子園だよ甲子園!!」
「この時期に地方予選始める気か?」
詳しくは分からんが、夏の甲子園は終わったんだろ?
「安心しろ! 俺が四番でキャッチー、お前がエースだ!!」
「不安要素しかねぇ……。お前、そもそもバットに当たるのか?」
「心のバットは常にフルスイングだ!!」
「つまり空振りってことだろ」
すると。
「……野球、いいですね」
いつの間に現れたのか。
ぬるりと会話に混ざってきたのは田中さんだった。
紙パックの緑茶をストローで啜りながらニコニコしながらこちらを見る。
「タクローさんが白球を追いかける姿……。青春映画のワンシーンみたいです」
「急にポエム路線やめろ」
「最後、夕焼けの中でホームランを打って、そのまま校舎の向こうへ旅立つんですよね」
「なんで卒業みたいになってんだよ。俺まだ二学期始まったばっかだからな?」
「大丈夫です。私は最後まで見届けますので」
「何をだよ」
真顔で言うから怖い。
しかもいつの間にか俺の机に肘を置いてるし。
この人、距離感が猫なんだよな。
すると、窓際の席からミアがくすっと笑った。
「でも実際、タクローって野球できそうよね。肩強そうだし」
「普通だろ」
「お前の特技はどこからでも空き缶入れに空き缶を入れれるだろ?」
「そんな特技を披露したかな?」
俺が頭を抱えている横で、ショージがビシッと前を指差した。
「決めたぞタクロー!! 俺たち野球部隊だ!!」
「そんな特殊部隊みたいに言うな」
「必殺・友情甲子園アタックで敵を殲滅する!!」
「球技大会で何と戦う気だお前は」
「青春だ!!」
「たぶん一番青春から遠いぞその思想」
すると田中さんが、静かに緑茶を飲み干しながら呟いた。
「……ショージさんは見ていて飽きませんね」
「だろ!? もっと褒めろ!!」
「はい。動物園みたいで楽しいです」
「褒められてねぇ!!」
教室のあちこちで笑いが起きる。
窓の外では、まだセミが鳴いていた。
夏は終わりかけているはずなのに、教室の空気だけは妙に騒がしくて、熱っぽい。
『はいはい男子うるさいぞー。田中もそこ席戻れー』
担任が出席簿で机をパンパン叩く。
『競技決めるぞー。野球、バスケ、バレー……人数足りないとこは適当に調整なー』
その瞬間。
ショージが再び俺の肩を掴んだ。
「行くぞタクロー!! 俺たちの夏はまだ終わってねぇ!!」
「いや始業式終わった時点で終わってるんだよ」
「細けぇこと気にすんな!!」
「お前は少し気にしろ」
……まあ、こういう馬鹿騒ぎも嫌いじゃない。
「……分かったよ。野球でいい」
「よっしゃあああああああああッ!!」
教室に響くショージの絶叫。
その横で田中さんが、どこか満足そうに小さく頷いた。
「プレイボール、ですね」
「なんでそんなラスボス戦始まるみたいな言い方なんだよ……」
ミアは呆れ半分、笑い半分で肩をすくめる。
「ショージ、一人でクラスの騒音の九割くらい担当してるわね……」
――こうして。
俺たちの少し騒がしくて、かなり前途多難な球技大会が始まろうとしていた。




