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妹は魔法少女になりましたか?  作者: 吉本優
9月

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28話 二学期始動。⑤






――――――


『――エヴァンジェ。近況の報告をせよ』


 低く、ノイズ混じりのくぐもった声が、静まり返った室内に響いた。


 真昼だというのに、部屋は薄暗い。

 厚手のカーテンで閉め切られたワンルームの中央で、エヴァは小さく肩をすくめた。


「開口一番それですか? もう少しくらい『暑い中ご苦労様』とか、労いの言葉があってもいいと思うんですけど」


 テーブルの上に置かれているのは、一見すると古びた水晶。


 だが、その内部では淡い青白い魔力光が、生き物のようにゆらゆらと揺らめいている。


 北欧魔術学院製、《遠隔思念通信具テレパス・リンク》。


 魔力回線を通じて、距離を無視した思考通信を可能とする高位魔導具だ。


『貴様は現在、極秘任務の最中だ。雑談に割く通信魔力リソースなど存在しない』


「相変わらず堅いですねぇ、学院長代理。そんなだから部下に煙たがられるんですよ?」


 椅子へ深く腰掛けたまま、エヴァは指先で金髪をくるくると弄る。


 その仕草は年相応の少女らしいものだ。


 だが、青い瞳の奥には冷徹な観測者の光が宿っていた。


 通信相手の名は、グレイス・ロマック。


 北欧《エテルナ魔術学院》上層部に所属する高位魔道士であり、日本へ派遣されたエヴァの監督役でもある。


『……戯言はいい。それで、極東での調査状況はどうなっている』


「正直、予想以上に面倒ですね」


 エヴァは退屈そうに天井を見上げた。


「《ニブラ》の活動頻度が増えています。それに、妙な個体も確認しました」


『妙な個体?』


「ええ。以前の木偶デクどもより、明らかに知性が高い。連携行動を取るタイプまで出始めています」


 その瞬間だけ、エヴァの声から軽薄さが消える。


「特に最近接触した少年型は厄介でした。純粋な戦闘能力そのものは高くありませんが、撤退判断が異様に早い。……まるでこちらの戦力を測っているような動きでしたね」


『ふむ……』


 水晶の向こうから、羽ペンが紙を走るような音が微かに響いた。


『……奴らとの関与は』


「現段階では断定できません。ただ、無関係とも思えませんね」


 エヴァは足を組み替える。


「あと、現地協力者についてですが」


『――京田月菜、だったな』


「ええ。魔力量は事前予測を二段階以上上回っています。適性も高い。原石としては、かなりの上物ですね」


『精神面は』


「甘いです」


 即答だった。


「優しすぎる。あの子にとって、“敵を倒す”という行為は、まだ単純な暴力でしかない。迷いがあるんです」


『未熟、ということか』


「ですが、それが弱さとは限りません」


 エヴァはふっと笑う。


「むしろ、あの子の強みはそこです。自分を勘定に入れず、“誰かを助けたい”という感情だけで動けるタイプは、土壇場で驚くほどしぶとい」


『貴様にしては珍しい評価だな』


「私、弟子には割と甘いんですよ?」


『自覚がないのが恐ろしいな』


「ひどいですねぇ」


 エヴァは頬を膨らませる。


 だが次の瞬間、水晶越しの声色がわずかに低くなった。


『……では、もう一人の《因子》についてはどうだ』


 空気が変わった。


 エヴァの表情から、笑みが静かに消える。


「……佐々木星菜、ですか」


『報告によれば、《テラ・コア》の適合率が理論上の異常値イレギュラーを記録しているらしいな』


「ええ。正直、私でも驚いています」


 エヴァは椅子の背もたれへ身体を預けた。


「あの年齢で、《テラ・コア》をほぼ完璧に扱っている。驚くべきは出力よりも器用さですね。まるで最初から自分の手足だったみたいに使いこなしている」


『危険性は』


「高いです」


 再び即答。


「……ただし、“敵として”とは限りませんが」


 短い沈黙。


 水晶の向こう側で、グレイスが小さく息を吐いた気配がした。


『情が移ったか? エヴァンジェ』


「まさか」


 エヴァは肩をすくめる。


「仕事と私情を混同するほど、子供じゃありませんよ」


 そして、薄く笑った。


「ただ、“使えるか使えないか”で言えば、間違いなく前者。その筆頭候補ってだけです」


『……なるほど』


 水晶の光がゆっくりと明滅を始める。


 通信終了の合図だ。


『最後に確認する。任務継続に支障はあるか?』


「問題ありません」


 エヴァは獰猛な笑みを浮かべた。


「むしろ――ここからが本番です」


 青い瞳が、獲物を狙う獣のように細められる。


「最高の二学期にしてみせますよ」


 九月。


 二学期。


 平穏という薄皮一枚の裏側で。


 魔術師たちの思惑という名の歯車が、静かに動き始めていた。

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