28話 二学期始動。④
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「諸君。今日、我は会議の予定があるのでな。本日の部活は自習である」
そう言い残し、我らがオカ研部長・ユウゲンはマント……ではなく、カーディガンを翻し、颯爽と部室を後にした。
残されたのは、やる気のない部員たちである。
「……自習って何するんだ?」
「んー、オカルトに関するものを各々で調べるとかか?」
「私はしばらく部室で涼んでから帰るわ。この灼熱地獄の中を歩くとか無理」
「同じくー。家でクーラーつけると電気代やばいんだよな……」
満場一致で自習しない方向に話がまとまった。
……知ってた。
「部活ないなら、さっさと帰れよ」
「タクローは自分で電気代払ってないから、夏場の恐ろしさを知らないのよ」
「そーだぞ。八月の請求書は現代の怪文書だからな」
「オカ研らしい話題になったな」
開き直りが実に清々しい。
ミアはソファに深く腰を沈め、持参したペットボトルの水をちびちび飲んでいる。
一方ショージは、いつの間にか床に寝転がっていた。
「……おい、ショージ。何してんだ」
「見て分からんか? 床の冷たさを全身で味わっている」
「味わうな。普通に汚いぞ」
部室の床はカーペットなど敷いていない、剥き出しのフローリングだ。
当然ながら、俺たちは上履きで歩き回っている。
「違う。これは文明の利器に対する感謝の姿勢だ」
「どんな理屈だよ」
アホらしいやり取りをしながら、俺は窓の外へ目を向けた。
九月だというのに、太陽はまるで本気を緩める気がない。
グラウンドの向こう側では、陽炎がゆらゆらと揺れている。
「……帰る気失せるな」
「でしょ?」
ミアが即座に同意した。
「こういう日はね、何もしないのが正解なのよ」
「部活全否定じゃねーか」
「いいのよ。どうせユウゲンも期待してないわ」
「それはそれで部長としてどうなんだ……」
ため息をひとつ。
とはいえ、この暑さの中を歩いて帰る気が起きないのも事実だった。
俺は適当な椅子に腰を下ろし、机に肘をつく。
「で、結局どうするんだ? 本当に何もしないのか?」
「せっかくだし、なんかダベるか?」
「オカ研っぽくない話題で?」
「そうだなぁ……お、いいこと思いついた」
ショージが床をごろりと転がりながら、ニヤリと笑う。
「恋バナするか」
「俺たちに広げられる話題じゃないだろ」
「いいじゃねぇか。せっかく青春してる年頃なんだし」
「お前が言うと妙に腹立つな」
「ひどっ」
呆れつつも、こういう他愛ない時間は嫌いじゃない。
そのときだった。
ガチャ、と部室の扉が開く。
「こんにちわ……」
聞き覚えのある声に振り返る。
「月菜?」
「お兄ちゃん、やっぱりここにいた」
少し汗を滲ませた月菜が、ひょこっと顔を覗かせていた。
「どうしたんだよ。中等部ももう終わったのか?」
「うん。今日は部活も休みだったし」
そう言いながら、月菜は部室の中をぐるりと見回す。
「……で、お兄ちゃんたちは何してるの?」
「……だらけてるな」
「だらけてるわね」
「だらけるぞー……」
月菜は呆れたように笑いながら部室へ入ってきた。
――そして、その後ろからもう一人。
「お邪魔します」
落ち着いた声と共に姿を見せたのは、
「陽菜ちゃん?」
「こんにちは、タクローさん」
陽菜ちゃんは軽く会釈しながら部室を見回した。
「……珍しいお客さんだな」
月菜が来ることはたまにあるが、陽菜ちゃんがここへ来るのは珍しい。
「そうですね。相変わらず、ユニークな部屋です」
どことなく遠回しな感想だった。
そして月菜は当然のように俺の隣へ座る。
……近い。いや、いつものことだけど。
「で、今何してたんですか?」
陽菜ちゃんが改めて部室を見渡す。
ソファでだらけるミア。
床に転がるショージ。
やる気ゼロで椅子に座る俺。
うん。改めて見ると酷い。
「見ての通り、自習だ」
「どこがです?」
「精神を休める自主学習だ」
「便利な言葉ですね」
ミアがくすくす笑う。
そう言うしかないだろ。
陽菜ちゃんは小さくため息を吐き、空いていた椅子へ静かに腰掛けた。
「……でも、冷房は快適です」
「でしょ〜……生き返るわぁ……」
「ここ天国〜……」
月菜が机に突っ伏す。
完全に駄目人間だった。
「さっきまで普通に元気だっただろ」
「だって外暑いんだもん……お兄ちゃん、溶ける……」
「アイスみたいに言うな」
そんなやり取りをしていると、床に転がっていたショージがむくりと起き上がる。
「……そうだ」
「なんだよ」
「せっかく女子が増えたんだし、さっきの話の続きをしようぜ」
嫌な予感しかしない。
「恋バナだ」
「帰れ」
「即答!?」
月菜がきょとんと瞬きをした。
「恋バナ?」
「青春の定番イベントだろ?」
「いや、イベントではないだろ」
「タクローは硬いなぁ」
ショージは気にした様子もなく、ニヤニヤしながら月菜へ視線を向ける。
「で? 月菜ちゃんは好きな人とか――」
「ぶっ!?」
月菜が盛大にむせた。
「ちょ、ショージさん!? 急すぎません!?」
「恋バナってそういうもんだろ」
「いやいやいやいや!」
顔を真っ赤にしてぶんぶん手を振る。
分かりやすすぎる。
「ちなみにタクローは?」
「いない」
「即答だったわね」
「食い気味だったな」
「躊躇う理由がないからな」
ミアとショージが面白そうに笑う。
そんな中、陽菜ちゃんは湯呑みに麦茶を注ぎながら静かに呟いた。
「タクローさんは、そっち方面には鈍そうですしね」
「地味に酷くないか?」
「事実かと」
否定できないのが悲しい。
「陽菜ちゃんはどうなんだよ」
軽い反撃のつもりで聞くと、陽菜ちゃんの動きがぴたりと止まった。
「……別に、そういうのには興味ありません」
「お、なんか今ちょっと反応が――」
「ショージさん」
「はい」
「次くだらないこと言ったら蹴ります」
「すみませんでした」
即座に謝るショージ。
強い。
そんな中、月菜はちらちらと俺の方を見ていた。
「……?」
「い、いや、その……」
何か言いたげだ。
だが結局、もじもじしたあと。
「な、なんでもない!」
顔を真っ赤にしたまま、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
「なんなんだよ……」
「青春ねぇ」
ミアがニヤニヤしている。
やめろ、その顔。
部室の中には、冷房の音とくだらない笑い声がゆるく混ざっていた。




