28話 二学期始動。③
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同じ頃――中等部、とある教室にて。
『おはようございます、星菜ちゃん!』
『おはよー! 星菜ちゃん、今日も今日とて最高に可愛いね!』
『夏休みの宿題、マジで助かったよぉ! あれがなかったら私の夏休み、未完のままバッドエンドを迎えるところだった!』
教室の扉を開けた瞬間、まるで打ち上げ花火でも上がったかのような熱狂が星菜を包む。
その中心に立つ星菜は、ほんの少し困ったように、それでいて誰一人として疎外感を与えない絶妙な笑みを唇に乗せた。
「みんな、おはよ。そんな、私は大したことしてないよ♪」
鈴を転がすような、透明感に満ちた声。
それだけで、教室に立ち込めていた夏休みの終わりがもたした絶望感を魔法のように霧散していく。
佐々木星菜。中等部でその名を知らぬ者はいない。成績優秀、品行方正、運動神経抜群で誰に対しても平等に接する優等生。
言うなれば、誰もが思い描く女の子を具現化したような存在だ。
席へ向かうわずか数歩の間にも、星菜を称える声は途切れない。
『星菜ちゃん、夏休みはどうだった?』
「充実してたよ♪ 家でゆっくりしたり、ちょっとだけ遠出したり」
にこり、と。鏡の前で数ミリ単位の調整を施したかのような、完璧な微笑みを返す。
言葉に嘘はない。
ただ――その遠出の中身が、およそ中学生の日常から逸脱しているというだけだ。
『いいなぁ……私なんて夏休みの宿題を終わらす為にお母さんに監禁されてたよ……』
「わかるなぁ。あたしも最後の方は、ちょっとだけ大変なことになってたし」
『えっ!? 星菜ちゃんでも宿題に追われたりするの!?』
「あはは。私、実は最後にまとめて片付けちゃうタイプなんだよね」
くすっと、悪戯っぽく笑ってみせる。
それだけでクラスの男子数名が尊死しかけて変な声を漏らしたが、星菜は慈悲深くそれをスルーした。
(……まとめてやるっていうか。ぶっちゃけ、ギリギリまで着火点が来ないだけなんだけどね)
内心でだけ、温度の低い補足を付け加える。
鞄を机に置き、羽毛が舞い降りるような軽やかさで椅子へ腰を下ろした。背筋をすっと伸ばしたそのシルエットには、一点の隙も存在しない。
『ねえねえ、星菜ちゃん。今年の運動会や球技大会は何に出るの?』
「まだ何も。これからクラスで話し合いだよね?」
『またまたぁ! どうせまた星菜ちゃんが出る競技が優勝に決まってるよ!』
「そんなことないよ。私はみんなのサポート側で十分かな」
柔らかく、控えめに、謙虚に。
だが、彼女の脳内にある超高性能シミュレーターは、すでに冷酷な解答を弾き出していた。
(……はぁ、陽菜ちゃんや月菜ちゃん以外は極力力抜かなきゃならないから面倒なんだよねぇ……)
星菜の運動神経は同級生の誰よりも上。
下手に本気を出すと怪我をさせてしまう恐れがある為、手加減が大変なのである。
(あ、でも陽菜ちゃんや月菜ちゃんが相手になった時に前みたいに賭けてみるのは面白いかも)
星菜は以前の陽菜の赤面を思い出し思わず顔がニヤけてしまった。
『? 星菜ちゃん。どうしたの?』
「あー、何でもないよ。ただの思い出し笑い♪」
『ねえ星菜ちゃん、この数学の問題……解説見ても分かんなくて』
「ん、どれ? ……ああ、ここは公式の解釈を少し変えるだけで――」
淀みなく、かつ相手の理解度に合わせて言葉を紡ぐ。
目の前の生徒が「なるほど!」「神すぎる……!」と目を輝かせる。
「ううん、全然。役に立ててよかった」
謙遜の言葉を口にしながらも、思考の隅では冷静に呟く。
(……教科書を一文字ずつ読み解けば、普通に理解できる範囲だと思うんだけど。もう少し頑張ろうよ)
ほんの少しだけ、ドライな本音である。
教室は相変わらず、新学期の浮ついた熱気に支配されている。
宿題の恨み節、誰かの恋バナ、次の行事への期待と不安。
どこにでもある、何の変哲もない日常の縮図。
――退屈ではあるが平和な日常である。
チャイムが鳴り響く。
「はーい、席につけー」
教師が教壇に立ち、波が引くようにざわめきが収まっていく。
星菜は背筋を正し、正面を見据えた。
一分の隙もない姿勢。
完璧にコーティングされた中等部のアイドル――佐々木星菜としての一日が、今、静かに幕を開ける




