27話 合宿最終日、なお騒がしい模様⑧
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別荘の前に停まっていたのは、見覚えのない大型バスだった。
「……なんで普通にバス来てんだよ」
俺が呆れたように呟くと、隣でユウゲンが誇らしげに腕を組む。
「ふっ……我が手配した帰還用移動要塞である」
「言い方やめろ。ただの貸し切りバスだろ」
「細かいことを気にするな。ロマンが減る」
減らしていいロマンだ。
「すごい……ユウゲンさん、こんなの用意できるんですね」
月菜が素直に感心した声を上げる。
「当然だ。我を誰だと思っている」
「ただのアホだろ」
「違う!! ちょっと金と権力を持ったアホだ!!」
よりタチが悪い。
「……早く乗りましょう。時間が押しています」
陽菜の一言で、俺たちはぞろぞろとバスに乗り込んだ。
車内は思ったよりも広くて、静かだった。
さっきまでの祭りの喧騒が嘘みたいに遠い。
エンジンが低く唸り、バスがゆっくりと動き出す。
窓の外で、提灯の明かりが一つ、また一つと後ろへ流れていった。
「……終わったな」
ぽつりと、誰に言うでもなく呟く。
合宿。
騒がしくて、面倒で、やたらとトラブルも多くて――
でも、悪くなかったな。
「お兄ちゃん」
隣に座った月菜が、少しだけ寄りかかってくる。
「楽しかったね」
「ああ」
短く答える。
「また来たいな」
「……そうだな」
そのまま、月菜の体重がゆっくりと預けられてくる。
どうやら、もう限界らしい。
「……寝たか」
規則正しい寝息。
さっきまであんなに騒いでたのに、切り替えが早い。
まぁ、疲れてるのは俺も同じか。
「……タクロー先輩」
反対側から、小さな声。
星菜ちゃんだった。
「どうしました?」
「いや、逆に聞きたいんだが……何だ?」
「ふふ……なんでもないです」
そう言って、少しだけこちらに寄ってくる。
……こっちもか。
「今日、すごく楽しかったです」
「そりゃよかったな」
「はい。……だから」
一瞬、言葉が止まる。
窓の外に視線を向けて、
「……ちょっとくらい、無茶してもいいかなって思っちゃいました」
「無茶はやめろ」
俺が冥夜に怒られる。
「えー、優しくないですねぇ」
いつもの調子。
……だけど、どこか、引っかかる。
「でも――」
小さく、続ける。
「タクロー先輩と一緒なら、大丈夫な気がするんです」
「……根拠ないだろ」
「ありますよ」
そう言って、こっちを見て笑う。
「先輩、無駄に強いですから♪」
「無駄言うな」
軽口で返す。
それで終わるはずだった。
なのに――
一瞬だけ。
星菜ちゃんが胸元に手を当てたのが見えた。
ペンダント。暗い車内でかすかに光っている。
……気のせい、か?
「……タクロー?」
前の席からミアが振り返る。
「何ぼーっとしてるのよ」
「いや、別に」
「ならいいけど」
それだけ言って、前を向く。
ショージはすでに爆睡してるし、ユウゲンはなぜか運転席の方を見ながら満足げに頷いている。
陽菜ちゃんは静かに目を閉じていており、田中さんは静かに外の風景を眺めていた。
バスは、一定のリズムで夜道を走り続ける。
揺れが、妙に心地いい。
気づけば、俺もまぶたが重くなっていた。
窓の外。
最後に見えたのは、遠ざかっていく祭りの灯り。
それが完全に闇に溶ける直前――
ほんの一瞬だけ。
何かが、こちらを見ていたような気がした。
「…………」
――いや、気のせいだな。
そう思うことにした。
そう自分に言い聞かせながら、俺はゆっくりと目を閉じた。
エンジン音が子守歌みたいに響く中で俺たちを乗せたバスは、静かに夜の中を進んでいく。
騒がしかった夏の一ページが、こうして静かに閉じられていった。
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『……はぁ、ついてないなぁ。この辺りを縄張りにしてるって噂、本当だったんだね』
祭りの喧騒は、まだ終わっていない。
笑い声。
屋台の呼び声。
遠くで上がる遅咲きの花火。
その中に―― 人の姿をした、ニブラの少年は紛れていた。
『ここじゃダメだね』
つまらなそうに、周囲を見渡す。
『人は多いけど……肝心の質が足りない。負の感情が薄いなぁ。これじゃ、腹の足しにもならないや』
誰にも聞こえない独り言。
だがその声音には、はっきりとした捕食者の色が滲んでいた。
くるり、と踵を返す。
『場所を変えよっか。もっと……濃いところに。……できれば、関わりたくないなぁ』
軽く肩をすくめる。
『あわよくば――もう出会わないことを願ってるよ……【ミシマ】』
静かに、その名を呼んだ。




