27話 合宿最終日、なお騒がしい模様⑦
――ドン――ッ!!
腹の底を直接揺さぶるような爆鳴が、夜の空気ごと震わせた。
「お、始まったな」
俺の独り言に応えるみたいに、夜空というキャンバスへ巨大な光の輪が描かれる。
赤、青、金――極彩色の火花が四散し、重力に逆らうようにゆっくりと枝垂れては、儚く消えていく。
「わぁ……っ!」
隣で月菜が、息を呑むような声を上げた。
弾けた光がその瞳に映り込み、宝石みたいにきらめいている。
「すごい……こんなに近くで見るの、初めてかも」
無意識なのか、月菜が俺の腕をぎゅっと抱きしめてくる。柔らかい感触と、じんわりとした体温が伝わってきた。
「おい、そんなに力入れるな。逃げねぇって」
「だ、だって……っ! なんか、圧倒されちゃって……」
顔を赤くしながらも、手は離さない。
……まぁ、いいか。
「……綺麗」
反対側では、陽菜ちゃんがぽつりと呟いた。
いつも通り静かな声。
けど、夜空を見上げる横顔は、どこか年相応の少女らしく見えた。
「だな。……いい場所取れて正解だったな」
そう返すと、陽菜ちゃんは言葉の代わりに小さく口角を上げた。
「おーいタクロー! 見ろよあれ、特大サイズだぞ! 景気いいなぁ!」
「うるせぇ、隣にいんだから叫ぶな」
ショージが騒ぎ、その横でミアが肩をすくめる。
「はしゃぎすぎよ。少しは落ち着きなさい」
「無理だろ! 祭りだぞ! 花火だぞ! つまり青春のど真ん中なんだぞ!?」
「単語並べただけで説得力が出ると思ったら大間違いよ」
容赦ねぇな。
そんなやり取りに苦笑していると――不意に、反対側の袖をくい、と引かれた。
「タクロー先輩」
振り向くと、そこには星菜ちゃん。
逆光で表情はよく見えないが、声のトーンがいつもより少しだけ低い。
「ん? どうした?」
「ちょっとだけ……いいですか?」
許可を待つより早く、距離を詰めてくる。
肩が触れるくらい近い。
浴衣からふわっと石鹸の匂いがした。
「……こういうの、いいですよね」
「花火か?」
「はい」
空を見上げたまま、どこか遠くを見る目で続ける。
「一瞬で消えちゃうけど、その一瞬のために全部出し切って、ちゃんと綺麗で」
「……まぁ、そうだな」
らしくない言い方だな、と思う。
こいつ、こういうしんみり系だったか?
「でも――」
一拍置いて。
「消えちゃうからこそ、いいのかも。……ずっと残るものって、ちょっと重いですから」
その言葉が、妙に引っかかった。
昼間から感じてる違和感。
今の落ち着きすぎた空気。
「タクロー先輩と見てるなら、なおさらですけどね♪」
――はい、いつものやつ来た。
「最後で軽くすんな」
「えー、ダメでした?」
「いや……まぁ、いいけど」
結局ペースを崩される。
ひゅるるるる――。
一条の光が天高く昇り、
次の瞬間、視界いっぱいに『錦冠』が咲いた。
「……っ!」
轟音に月菜がびくっとして、さらに腕にしがみついてくる。
「お、お兄ちゃん……今のはちょっと心臓に悪い……」
「花火なんだから当然だろ」
「そういう意味じゃないの! もうちょっと心の準備が……!」
しがみついたまま文句を言う妹。
……が、反対側からも圧を感じる。
気づけば、全員が自然と距離を詰めて、同じ空を見上げていた。
「タクロー先輩」
「ん?」
「また来年も見に行きましょうね♪」
「……多分な」
「約束ですよ? 私から目、離しちゃダメですから」
指に、自分の指を絡めてくる。
妙に力加減が絶妙だ。
「おい、何の約束だよ」
「……内緒です♪」
その言葉は、最後の連発花火にかき消された。
咲き乱れる光。
重なる音。
震える空気。
騒がしくて、面倒で――でも。
終わってほしくないと思うくらいには、悪くない時間だった。
やがて、夜空に静寂が戻る。
火薬の匂いと、目に焼き付いた残像だけが、ゆっくりと消えていく。
「さて、次どうするか。もういい時間だけど」
そう言った瞬間、
「締めは手持ち花火に決まってるだろ!!」
即答だった。
「俺、この日のために準備してきたんだ!」
どこから出したのか、大量の花火。
「……いや、帰ろうぜ。遅くなる」
「却下!!」
迷いゼロ。
「最終日だぞ!? ここで燃え尽きずにどうする!」
「お前は毎日燃え尽きてるだろ」
「今日は特別だ!!」
違いが分からん。
「まぁまぁ、いいじゃない」
ミアがため息混じりに言う。
「少しくらいなら」
「……時間、そんなにないぞ」
「問題ありません。片付けまで含めて計算済みです」
陽菜が淡々と補足。
……珍しくまともだな。
「お兄ちゃん、やろうよ」
月菜が少し期待した目で見てくる。
こういう顔に弱いのは、自覚してる。
「……分かったよ。少しだけな」
「よっしゃあああ!!」
ショージうるせぇ。
そのまま俺たちは、人の少ない川辺へ移動した。
夜の水面は静かで、さっきまでの騒ぎが嘘みたいだ。
「ほら、火つけろ!」
「焦るなって」
ライターで先端に火をつける。
――ジジッ。
小さな火花。
やがて、細い光が生まれる。
「わぁ……」
月菜が嬉しそうに身を乗り出す。
ぱちぱちと弾ける音。
派手な花火とは違う、小さな光。
「こういうのも、いいな」
「うん……落ち着くね」
さっきまでの騒ぎが嘘みたいだ。
「タクロー先輩、次貸してください♪」
「ほらよ」
渡すと、器用に火を移す。
その手つき、やけに慣れてるな。
「ふふ……」
火花に照らされた横顔。
やっぱり――少しだけ、落ち着きすぎている。
「……どうした?」
「え?」
「いや、静かだなって」
一瞬だけ、きょとんとして――
「そんなことないですよ?」
すぐにいつもの笑顔。
「ちょっとしんみりしてただけです。最後の夜ですし」
「……まぁな」
それ以上は追わない。
追わない方がいい気がした。
ぱちぱちと弾ける音だけが流れる。
ショージは一人で騒ぎ、ミアはそれを冷めた目で見て、陽菜は黙々と火を移し、月菜は楽しそうに笑っている。
――いつもの光景。
でも、少しだけ特別だった。
「……なぁ」
気づけば、口に出していた。
「また来年も、こうやって集まれたらいいな」
自分でも珍しい発言だと思う。
一瞬の間。
「当然です♪」
真っ先に返ってきたのは星菜ちゃんだった。
「約束ですから」
指先の感触が、まだ残っている気がした。
「お兄ちゃんがいるなら、どこでもいいよ」
月菜が肩を寄せてくる。
「……状況次第だな」
陽菜は相変わらずだが、
「ですが……悪くはありません」
ちゃんと付け足す。
「来年か……」
ミアが小さく呟く。
「また面倒ごとに巻き込まれてそうね」
「確定みたいに言うな」
「事実でしょ」
否定できない。
「来年は彼女と来るからな俺は!!」
「その前に現実見ろ」
ショージは放置。
やがて最後の一本が、じゅっと音を立てて消えた。
闇が戻る。
さっきまでの温もりだけが、妙に残る。
「……帰るか」
誰に言うでもなく呟く。
誰も反対しなかった。
合宿最後の夜は、こうして静かに幕を下ろした。




