27話 合宿最終日、なお騒がしい模様⑥
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「それで――相談とは、どのような内容ですか?」
祭りの喧騒から、ほんの少し離れた場所。
古い石垣に囲まれ、提灯の明かりも届かない神社の裏手。
湿った夜風が木々を揺らし、葉擦れの音が静かに響く。
その暗がりの中で、エヴァの瞳だけが淡く光を帯びていた。
「……こういうの、ほんっと不本意なんだけどさ」
星菜は、吐き捨てるように言う。
けれど、その声にはわずかな迷いと――縋るような色が混じっていた。
細い指が、浴衣の胸元へと伸びる。
引き出されたのは、銀の鎖に繋がれたペンダント――《テラ・コア》。
かつては星を閉じ込めたように澄んでいた結晶は、今や見る影もない。
中心から外へ。
幾筋もの亀裂が、痛々しく走っており、光が壊れかけた灯りのように、ちらついた。
「……これは」
エヴァの声音が、わずかに低くなる。
「派手なやられてしまったのですね……」
感情はない。
ただ事実を告げるだけの、冷たい分析。
「あのニブラにやられた。体の方はだいぶ良くなったけど、テラ・コアだけはどうしても治らなかった……」
星菜は小さく息を吐く。
「あたしの魔力じゃ、もう繋ぎ止めるだけで精一杯。……このままじゃ、近いうちに砕ける」
一瞬、言葉が止まる。
「――あたしごと、ね」
軽く言ったつもりだったのかもしれない。
だが、その言葉はやけに重く、夜に沈んだ。
「冗談じゃないわ」
ぎゅっと、ペンダントを握りしめる。
「……エヴァさん。あなたなら直せるでしょ」
視線がぶつかる。
「力、貸して」
――沈黙。
ほんの数秒。
だが、それがやけに長く感じられた。
「……可能です」
やがて、エヴァはゆっくりと口を開く。
「テラ・コアを修復する事は私なら可能です」
そこで、ほんの少しだけ。
唇の端が、吊り上がる。
「ですが、流石に無償で行う訳にはいきません」
逃げ場のない言葉だった。
「私の魔力は、安くはありませんよ?」
「……分かってる」
星菜は舌打ちをひとつ。
「だから不本意って言ってるの」
それでも――引かない。
ここで引けば、終わりだと分かっているから。
「いいでしょう」
エヴァが、すっと手をかざす。
「契約、成立ですね」
次の瞬間。
彼女の指先から、圧倒的な密度の魔力が溢れ出した。
それは星菜のそれとは、まるで別物。
静かで、深くて――底が見えない。
光の糸が、テラ・コアへと絡みつく。
亀裂のひとつひとつをなぞるように、ゆっくりと、確実に。
ピキ、ピキ、と。
硝子が繋がるような音が、夜の静寂に響いた。
「……っ、あ……」
星菜の喉から、かすかな声が漏れる。
砕けかけていた結晶が、再び形を取り戻していく。
濁りは消え、深い紫が、芯から輝きを取り戻す。
脈打つような光。
それが、星菜の全身へと流れ込んでいく。
失われかけていた何かが、確かに戻ってきていた。
「――修復完了です」
エヴァはあっさりと言った。
「星菜ちゃん、これで当面は問題ありません。けど、あまり無茶をしたらいけませんよ」
「……はぁ」
星菜は、どっと力が抜けたように肩を落とす。
「最悪。気分的には借金まみれ」
胸元のペンダントは、以前よりも重く感じた。
それが、そのまま借りの重さみたいで。
「ふふ」
エヴァが小さく笑う。
「返済期限は設けておりません。ご安心を」
――安心できる要素は一つもない。
「さて」
くるりと踵を返す。
「タクローさんたちがお待ちですよ。そろそろいつもの星菜ちゃんに戻られては?」
「……言われなくても」
星菜は一度、大きく息を吸って。
ゆっくり吐き出す。
そして――顔を上げた。
「よーし!」
一秒前までの脆さなど微塵も感じさせない、無敵の笑顔があった。
「待たせた分、倍返しで甘えてやるんだから! 覚悟しなさいよ、タクロー先輩!」
「はいはい」
エヴァが呆れたように肩をすくめる。
星菜は弾かれたように、光溢れる喧騒へと駆け出していった。
その背中を、エヴァはただ見送る。
「さて」
誰にも届かない声で、彼女は囁く。
「この大きな貸し――。ふふ、どう使わせてもらいましょうか?」
その瞳は、夜よりもなお深く、妖しく。
賑やかな提灯の光すら、彼女の心までは届かない。
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会場に戻ると――
「あ! 星菜ちゃん!」
真っ先に気づいたのはタクローだった。
心配そうな顔のまま、駆け寄ってくる。
「どこ行ってたんだ?」
「ごめんごめん♪」
星菜は、何の迷いもなくその腕に飛び込んだ。
「ちょっと秘密のメンテナンスしてただけ♪」
「メンテナンスって……」
「気にしない気にしない!」
いつも通りの笑顔。
いつも通りの距離感。
――その胸元で輝くペンダントに、気づく者はいない。
「……タクロー先輩」
くい、と袖を引く。
「あたし、お腹空いちゃいました」
「ああ、何か食べるか」
「じゃあ――」
にやりと笑って。
「全部!」
「は?」
「気になるやつ、全部です♪」
「無茶言うな」
「えー、ケチ」
いつものやり取り。
いつもの空気。
遠くで、太鼓の音が鳴り始める。
ドン、ドン、と。
花火の合図。
夜は、いよいよクライマックスへ。




