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修羅と丹若  作者: ポン酢
14/16

それぞれの覚悟

「院瀬見!!」


傑は叫んだ。

振り向かないその背中に必死で呼びかける。


何がおかしい。


おかしい。

どう考えてもおかしい。


院瀬見らしくない。


餓鬼が無数にまとわりついているからと言って、あそこまで動きが鈍いのはおかしい。

まるで何かに心を囚われているような……。

あの鬼より怖い院瀬見が?

そんな軟な訳はないと思いつつ、傑は不穏さを取り除けずにいた。


『アイツはなぁ……俺と違って、色々訳ありな「修羅」なんだよ……。』


ふと昔、院瀬見が酷いと幼い傑が祖父である一作に泣きついた時に言われた言葉を思い出す。

だから何だ、だから自分に酷い事をするのを許せというのかと祖父に文句を言った。

その時は自分の辛さばかりでその言葉の意味をわかる事も知ろうとする事もなかったが、あれはどういう意味だったのだろう?



「院瀬見!!」



呼んでも反応がない。

傑の体は考えるよりも先に動いた。


あんな顔……見てられっか……!!


傑の中にあったのは激しい怒り。

その怒りがどうして湧くのか、それはわからなかった。


傑は自分を掴む椿の足の関節を銃で撃ち抜いた。

力が入らなくなったそこを懇親の力で捻じ曲げ外してしまうと、抜け出た体が地面に落ちた。

それを受け身と同時に回転してその場を離れると、すぐに走り出す。


「院瀬見!!」


院瀬見は聞こえていないのか、傑に気づかない。

いつもならこんな勝手な真似をしでかしたなら、すかさず実弾で撃たれる。

ナイフか拳が飛んでくる。


なのに、それがない。


傑は我を忘れるほど腹を立てた。

何やってんだ?!

いつも人の事をゴミのように扱う癖に?!

こんな大事な局面で俺が勝手な行動しているってのに、怒号の一つも出ないのか?!お前は?!


腹を立てている理由がめちゃくちゃなのだが、傑はそんな事を気にできるほど正気ではなかった。

ただ怒りだけが先行して我を忘れていた。


院瀬見とそれにまとわりつく魑魅魍魎に向け迷わず発砲する。

弾が切れマガジンを交換するその間に走り距離を縮める。

そしてまた進みながら撃ち続ける。


院瀬見に当たる?

上等だ。

蜂の巣にしてやる。


銃口を院瀬見に向けている事に躊躇いはない。

餓鬼から外れて院瀬見に当たったってどうでもいい。

むしろ当たってしまえぐらいに思っていた。


それぐらい、傑は怒りに狂っていた。


それに気づいた悪鬼が羽音を立てて傑に向かってくる。

傑は視界の端にそれを捉えながら院瀬見を撃ち続け、前に進んだ。


「……うっさいんだよっ!!今はテメェの相手なんかしてる暇はねぇっての!!」


真っ直ぐに傑に向けて飛んでくる悪鬼。

傑は十分それが近づいたところで、連絡用に持たされていた照明弾を悪鬼に撃ち込んだ。


傑は悪鬼が避けないとわかっていた。

悪鬼は初めから、傑の事はカスとしか思っていない。

だから院瀬見と戦うのとは違い舐めているのだ。


どんな戦いでも、驕りを持ては足元をすくわれる。


そう教えこまれた。

相手が自分に対し傲慢なら、そこに付け入る隙はあるのだと。


バッと周囲が眩い閃光に包まれる。


眼が良いというのは長所であり短所だ。

某有名アニメ映画で光によって巨大な相手を失神させるのと同じだ。

閃光から受けるダメージはその眼の良さ分増幅される。


傑は目を瞑ったまま、他の五感と感性で院瀬見とそれにまとわりつく魑魅魍魎への攻撃を続けた。

視野を奪われたぐらいで動けなくなるような鍛え方はされていない。

何しろ院瀬見がはじめに傑に叩き込んだのは、真っ暗で視野が使えない状況での戦い方なのだから。


そして感覚でわかった。

どうやら閃光弾でダメージを受けたのは悪鬼だけじゃない。

院瀬見に纏わりついていた餓鬼どもも、その光に恐怖して暗い闇の中に逃げている。

特に陰陽師に術をかけてもらった閃光弾ではないのだが、人工的なものとはいえ眩すぎる光は、闇の住人たちにとって恐怖の対象でしかなかったようだ。


魑魅魍魎はそれを恐れ動きが悪くなり、そこに勢いがないとはいえ院瀬見と傑から攻撃を受けている。

おかしな声を上げ闇の中に逃げ始めていた。

闇そのものも、光のせいなのか元々、長くは開いていられないものだったのか、その口を閉じ始める。


傑は走った。


そして小さなブラックホールのような闇の前で力強く地を蹴った。

跳躍しながら腰から破片手榴弾を取り、閉じかけている闇の口に放り込む。


そして……。



「院瀬見いぃぃっ!!」



ガッと眼を見開き、傑は懇親の力でその横っ面をぶん殴った。

それまで積もり積もった恨み辛み、たくさんの感情の全てをその拳に乗せ、今、傑にある全てをかけて院瀬見を殴りつけた。


その拳が院瀬見の頬に食い込み、吹っ飛んだ。


そしてその体が地面に打ち付けられる。

傑はそのまま院瀬見を蹴り飛ばそうと、闇を飛び越えて向かっていく。


「?!」


院瀬見は殴られた衝撃で我に返った。

だが反射的に蹴りがくる事がわかっていたので自然に体が動く。

ホルスターから銃を抜き、相手を確かめる事なく撃つ。


「うわっ!!」


その間抜けな声に再度、院瀬見は我に返った。

傑??何故、傑がここにいる??

椿に撤退させなかったか??

そう思いながらもおまけで数発撃ち続ける。


ボンッという破裂音。


閉じた地獄の口から少しばかりの衝撃が漏れていた。

それに目をやり、こちらに出てきていた餓鬼数匹を仕留める。


そこに傑が襲いかかってくる。

振り上げられた拳を片手で抑えるが、鋭さがいつもと違う。


殺気だ。


傑は院瀬見が幼い頃より戦う術を叩き込んだだけあって、戦う為の技術は信桜にだって引けを取らないレベルに仕上がっている。

しかし技術はあれども傑が信桜に簡単に負けるのは、その覚悟がないからだ。

相手を仕留める程の殺気を持っていないからだ。


しかし今、自分に向けられている傑の拳にはそれがあった。

相手を叩きのめして殺してやるのだという覚悟があった。


間近で傑と目が合った。

自分を殺す事を腹に括った目をしていた。


何だ、そんな眼ができるんじゃないか?お前。


院瀬見はなんだか拍子抜けしてしまった。

そしておかしくなって笑ってしまう。

そんな院瀬見の襟首を傑が乱暴に掴んだ。


「何がおかしい?!院瀬見!!」


「いや……。ククク……ッ。」


「ふざけんなよ?!クソジジイが!!腑抜けてんじゃねぇ!!」


「腑抜けてなど……。」


「はぁ?!俺に殴られてんだろ?!その程度で俺を逃してどうする気だったんだ?!お前は?!」


そう言われた院瀬見はもうおかしくておかしくて、声を上げてゲラゲラ笑ってしまった。

笑いすぎて息が吸えない。


全くだ。

全くその通りだ。


傑の拳をまともに食らうほど腑抜けていた。

その程度の心構えで、傑を逃して自分は何をしようとしていたのか……。


「笑ってんな!!クソジジイ!!」


「いや……少々、懐かしい友に会ったもので……。失礼しました。」


「友?!餓鬼どもがか?!」


「いや、地獄の方です。」


そう答えながらも院瀬見はおかしくて笑ってしまった。

確かに懐かしかったなぁと思いながらも、目の前の新しい「今」が眩しくて仕方がなかった。


「お前さ?!俺の命令に背くのか?!」


「背く?」


「俺の為に死ぬな!俺の為に生きろ!!」


「!!」


「次、命令に背いたら、クビにするからな!!」


何とも横暴な言い方だ。

社会ならパワハラと言ってもいい程だ。

しかしその言葉は重く院瀬見に響いた。


「……二人目です。」


「は??」


「私に死ねと命じるのではなく、生きろと命じたのは、傑様が二人目です。」


そう言って、笑った。

傑はその顔を見て、どうしていいのかわからなくなる。


え?二人??


混乱する。

院瀬見の歳から考えて、それまでどんな戦いをしてきたのかと思う。

その長い人生の中で、二人にしか生きろと言われた事がないというのか?

しかもその一人は自分。


「院瀬見……。」


何か言いかけた傑だったが、ズドン、と腹に衝撃が走った。

へ?!と思った時には意識が遠退き始める。


こほっと小さな咳が出る。

しかしそれは無駄な咳だ。


「……院瀬見??」


「少し休んでいて下さい。この先は貴方には刺激が強すぎるでしょう……。あまり見ない方がいい。」


ガクン、と崩れる傑を支え、丁寧に地面に寝かしつける。

そして冷めた無表情で顔を上げた。


そしてこれから相手をしなければならない、厄介な相手を見据えた。












「……不味いな?!」


信桜は焦っていた。

もう銃で対応している暇はない。

愛刀を手に取り、その刀身を鞘から抜き放つ。


蜘蛛たちが騒いでいる。


それは椿の身に何かあったからだ。

そしてこの怒り方の理由を信桜は理解していた。


ちらりと目をやると、風祭の周りに残っていたすねこすりたちが集まり団子になり、身を挺して風祭を守っている。


何から?


それは椿の眷属(子どもたち)からだ。

無数の子蜘蛛たちがすねこすりの団子に喰らいついている。


「よせ!風祭は関係ないだろう?!椿!!」


そう声をかけるが、あまり意味はない事はわかっていた。

チッと舌打ちし、とにかく目の前の「邪」を片付けていく。


不味い。


信桜はそう思った。

椿は信桜とは友好の契りを交わしているが、他の者とは交わしていない。


椿が五百雀に友好的なのは、信桜が五百雀に属しているからだ。

信桜に友好的に接する延長線で、五百雀にも友好的なだけだ。


つまり、他の者は椿の機嫌が良いから攻撃されないだけなのだ。


だから椿の機嫌を損ねれば敵対する。

椿に敵と認識される。


「……クソッ。何があった?!」


先程、閃光弾も光った。

ただあれは上に打ち上げられたものではない。

信桜への合図というより、何かしらの手段として使われた感じだった。

その前にも煙幕も少し見えていたので、武器として使っていた可能性が高い。


しかし……。


それよりも蜘蛛たちが騒いでいる。

苛立ち、攻撃色を強めている。


おそらく、椿が攻撃を受けたのだ。


しかもそれは味方から。

院瀬見か傑によって、その身が攻撃されたのだ。


協力的にしていてそれを裏切られた場合、妖魔は容赦しない。


これから信桜がその場に駆けつけたところで、椿の怒りを鎮められるかは五分五分といったところだろう。

だが、行かなくてはならない。


相手は院瀬見だ。

椿が敵う相手ではない。


傑だったとしたらもっと不味い。

もしも傑に椿が手出しした場合、椿は五百雀を敵に回す事になる。

そうなったらもう信桜ではどうにもできない。

できるとしたら、一緒に死んでやるぐらいだろう。


「クソッ。」


信桜はその白刃(はくじん)を振る。

一撃で「邪」が砕かれ、更にその切っ先は別の「邪」を切り裂く。


悠長にしている暇はない。


信桜は冷たく刃を夜闇に光らせた。

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