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修羅と丹若  作者: ポン酢
15/16

紗沙禍丹の女王

『……よぉ、やりおうたな……。』


低い声が響く。

悪鬼はダメージからか姿を消している。

つまり、この声はあの悪鬼ではないのだ。


院瀬見は冷淡にその声の主を見つめていた。

闇の中、その何かはキシギシと脚の関節を鳴らして近づいてくる。

その脚の数、計八本。

つまり、昆虫ではない。

そのうちの一つを他の脚で持ち、外れた部分に押し当てている。

糸の中、止めどなく流れる大地の気を利用してそれを修復した。


巨大な体。

それは二つの部分で構成されている。

大きな腹、そして人間の女の上半身。

その接合部付近から四対の脚が伸びている。


『聖が頼む故、仕方なく力添えしてやっていたと言うのに……。覚悟はよいな……院瀬見……。』


「椿……。」


そう、闇からぬっと現れたのは椿。


信桜についている妖魔だ。

先程までの協力的だった姿とは打って変わり、禍々しい姿をした彼女を院瀬見は淡々と見据える。


わかっていた事だ。

椿は信桜についてはいるが自分たちの味方ではない。

気が変われば敵と見なす。


女郎蜘蛛。

もしくは絡新婦。


古来より存在する妖魔であり各地に存在していた。

しかし時代と共にその数は減り、それらはやがて集まり一つとなった。

そして頂たる女王が生まれる。


紗沙禍丹の椿姫。

それが本来の椿の名前だ。


数多くいた絡新婦たちの力と無念。

生き残っていた絡新婦たちの力と憎悪。


その全てを引き継ぎ生まれた唯一無二の女王。


その後、自然発生的な絡新婦の報告は何度かあるが、女王はただ一人、椿だけ。

故に椿の力は強い。あの悪鬼も迂闊に手出しはしない。


それでも一度は封じられた存在なのだ。


それがいつ目覚めたのか、何故、信桜についているのかはわからない。

信桜もそれは友好の契に関わる事として語らないからだ。


だが信桜についている以上、基本的には五百雀に害はない。

むしろその力が大いに役立っているくらいだ。


そう、そこが問題なのだ。


五百雀は椿の力を借りている。

彼女の力で封じてある妖も少なくない。


故に椿を敵に回せば面倒な事になる。

完全に敵対してしまえば、椿を消そうと消すまいと、いくつかの封が解ける事になってしまうのだ。


厄介だなと院瀬見は思った。


潰してしまえと言われればできる。

だが、椿を潰す事は大きな痛手となる。


だから交渉に持ち込むしかない。


「……だがまずは、憤怒から目覚めてもらわぬとな……。」


怒りに我を忘れている状態では交渉もできない。

院瀬見は椿をじっと見据えていた。


一瞬の事。


椿の巨体が消えた。

飛んだのだ。


素早く飛んだ椿が院瀬見目掛けて飛びかかる。

しかしほぼ同時に院瀬見も地を蹴り飛び上がった。

その瞬間、ガガガッと立っていた地面に塊となった糸が針の様に突き刺さる。


よく見ている。

そう思った。


椿は人間が様々な銃火器を使う様を普段から見ている。

そこから応用したのだろう。


椿の怖い所はそういう所だ。


頭の硬い昔ながらの妖魔たちと違い、柔軟に現代文化を受け入れている。

TVやPC、携帯端末を見ているのは、流行りのスイーツやコスメをチェックしているだけという訳ではない。

彼女は現代の技術を見て、それを学習し、自分に応用して行く。


柔軟かつ頭が良い。


なのに妖魔としての残忍性も失ってはいない。

椿は時より、濃厚な血の匂いを纏っている。

その意味がわからない院瀬見ではない。



動きを封じる為に放たれる糸。

それはどこをどういう目的で封じるかによって形を変えている。


あまり時間をかけてはいられない。


本来の目的は悪鬼とそれが守る「呪」だ。

椿ではない。


院瀬見は手短に済まそうと人離れ足した動きで糸を避け、襲い来る幾本もの脚を掻い潜り、銃口を椿の眉間に向ける。

しかし手にしていたはずの拳銃は椿の糸に奪い去られた。

そして腕も糸で絡めとられる。

それに動じる事なく、院瀬見は握った拳を椿めがけて振り下ろした。


ズドン……ッと、椿の巨体が地面に叩きつけられる。

追撃を考えた院瀬見だったが、すぐ様、距離を取った。


『……何ぞ?引っかからぬか……。つまらぬ……。』


椿はそう言って体を起こす。

ニヤリと赤い唇が歪む。


彼女の周りには無数の糸。

気づかず勢いづいて突っ込めば、その強靭な糸に身を斬られていたであろう。

攻撃を受けたのも誘い込む為の罠に過ぎない。


一筋縄では行かないか……。

院瀬見は冷静に考えを練った。


しばしの間、無言で睨み合う。


『……おなごを殴るとは……全く。そちは聖とは大違いだ。』


そんな中、先に口を開いたのは椿だった。

暴れて少しは冷静さを取り戻したのか妖艶に笑う。


『だがこの我を殴ったのじゃ。少しは胸が傷もう?』


「……いや全く?俺は好みの女にしか優しくないんでね。誰にでも紳士的な訳じゃない。」


『我は好みではないと申すか?!この我が?!』


「人間以外は遠慮する。……後、煙草が駄目な女もな。」


『……なるほど。我は煙草は好きではない。ならば致し方なかろう。』


「おかしな納得の仕方をするな。お前は好みじゃない。」


『ふん。強がりをっ。』


好みでないと言われた椿はツンケンと顔を背ける。

どうやら自分を相当いい女だと思い込んでいるようだ。

この仕事が終わったら甘やかし過ぎだと信桜に言わなければと思う。


『……だが考えてみれば、そちに直接何かされた訳でもないのぅ、院瀬見。あまり揉めるのも聖が哀しむ……。うむ……。そこの礼儀知らずを渡せば全て水に流し手打ちとしようぞ?』


しかし少し暴れた事で満足し冷静になったのだろう。

自分の美しさを重んじる故、椿の方からそう交渉してきた。

院瀬見とやり合うのは割に合わないと読んだ椿は、どこからか出してきた櫛で乱れた髪を梳き出す。

こんな時にまで身だしなみに気を配るというのは全く理解できない。

院瀬見は無表情にそれを見つめ答えた。


「……悪いがそれはできん。わかっておるだろう。」


院瀬見の返答に髪を梳く椿の手が止まる。

そして小馬鹿にしたように鼻で笑った。


『はっ。そちにしては珍しい……。使えぬ未熟者一人で済むなら、いつもなら当然我に渡すであろう?違うか?』


「……さて、な。」


表情を変えない院瀬見。

それを椿は薄ら笑う。


『ふふふ……っ。今更綺麗に繕っても無駄じゃ、院瀬見。そちは我らと同じ。』


「……黙れ。」


『いつまで人の皮を被っておる?人として生きるのはそちには辛かろう?』


クツクツと喉を鳴らして笑う椿。

その妖魔としての顔に院瀬見は嫌悪を感じた。

だからと言ってそれに流される程院瀬見も馬鹿ではない。

椿を一瞥し、呆れた様に息を吐き捨てた。


「……挑発しても無駄だ。俺は人間だ。その事を忘れた事など今も昔も一度たりとてない。……この先もずっとな。」


『それはつまらぬのぉ……。人を捨てればこの先も長く生きられようて……。』


「長生きする気はない。さっさと終わって欲しいくらいだ。」


『呆れた。そちなら強い妖魔になろうに……。』


「そんなモノに興味はない。」


冷たくあしらわれ、今度は椿がため息をついた。

己の魂の求めに贖う院瀬見が彼女には理解できなかった。


『義理堅し。さりとてそれもいつまで持つやら……。』


「…………。」


『誰に対して義理立てしておるのだ?院瀬見?……五百雀、ましてや人間という事もあるまい?』


「人聞きの悪い……。」


『誰ぞ?まさかその小僧ではなかろうな?』


「さぁな……。」


『跡取りだの言っても、結局は影に別の後継者もいよう。……特にその小僧では、な?』


「口が過ぎるぞ……椿。」


妖魔の顔をした椿は月を見上げると声を上げて笑った。

その狂ったような笑い声を聞きながらも、院瀬見は眉一つ動かさない。


そして言った。


「……何が欲しい?」


『ほう?意地でも小僧は渡さぬか……。』


「事情があったとはいえ、お前の身を傷つけた事はこちらの失態だ。そこは認める。」


『……はて?やけに素直じゃな?院瀬見?気味が悪いぞ?』


「面倒を避けたいだけだ。お前とやり合った後であの悪鬼の相手をするのも面倒だし、お前を無き者にしてはこちらの損失が大きすぎる。」


『ふふっ。我が価値を認めるか?あの院瀬見が?』


「どうとでも好きに取ればいい。で?どうする?取引するか?俺と?」


『……良かろう。交渉には応じようぞ。』


自分の力を院瀬見に認めさせた事で椿は上機嫌だった。

女性らしく身体をくねらせ狡猾な笑みを浮かべる。


『ならば、金鵄の尾羽を寄こせ。』


「……何?」


『金鵄の尾羽じゃ。……持っておろう?』


「…………。」


院瀬見は一瞬、苦い顔をした。取り引きを持ちかけたが、まさかそれを要求されるとは思わなかった。

信桜に聞いていたのは、椿は流行り物が好きだと言う話だった。やれあの化粧品が欲しい、やれあの美顔器が欲しい。そんな話ばかり聞いていたので、多少値は張れど金で解決できると思っていたのだ。

椿は顔を顰めた院瀬見を見つめ、ニヤニヤと笑う。


『我を侮るなよ?院瀬見?』


「……そんなモノは持っていない。」


『ふふっ。嘘が下手よのぉ、院瀬見?ちゃんと顔に書いてある。明かしておらぬ故、誰にも知られておらぬと思うたか?』


「……チッ。」


『忌々しい五百雀の跡取りの身代わりなら、それぐらい要求してもおかしくはなかろう?違うか?』


「…………。」


『何、今、この場で寄越せとは言わぬ。暫くぶりに地獄に入って、流石のそちもそれがなければ動けまい。』


「……直ぐには無理だ。」


『だろうな?背骨に入れておれば、抜くのも文字通り骨が折れよう。』


「………………。」


『時間は与えてやろう。だが忘れるな。聖が死なぬ限り常に側に我は居るのだからな……。』


椿はにこりと微笑んだ。

いつの間にかいつもの美しい顔で。


その理由はすぐに解った。


「……椿!院瀬見さん!!」


建物の向こうから必死の形相で信桜が走ってくる。

どうやら駆けつける為に珍しく本気になったようだ。

手には鞘に収まった愛刀が握られている。


『……約束を違えるなよ?院瀬見?』


「ああ……。」


椿は一瞬だけ妖魔の顔に戻り、そう言った。

そしてくるりと信桜に振り返るといつもの調子で懐いた。


「……騙されてるぞ、信桜。そいつはかなり狡賢い女だ……。」


怪我がないか苛立っていないかを心配する信桜。

それに椿は大袈裟に痛がったりして心配をかけようとする。

風祭が無尽蔵に垂れ流す龍脈の気と繋がっている今、おいそれと椿がダメージを負う事はないし、回復できない傷もなかろう。

だというのにあれだ……。


「……え?!新作のブレスレット?!ネックレスもセットの?!……表参道のパンケーキは無理だろう?!俺が食いに行ったら店内がパニックになるぞ?!」


ちゃっかり信桜にも交渉を持ちかける椿。

駄目駄目言っていても、いずれ信桜が折れる事は椿だけでなく院瀬見も知っていた。


「……やはり女は怖い。」


遠目にそれを見つめながら、院瀬見はポツリと呟いた。

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