第九十二話「その拳にのせて」
世界は、まだ壊れていなかった。
だが、地平の中央で向き合う二つの光は、その未来を決めようとしていた。
ツクヨミの拳が空を割った。
音はなかった。
ただ、世界の表面に亀裂のような光が走る。
白い大地が一瞬だけ沈み込み、その中心で、アウマフが静かに拳を受け止めていた。
天照は、もう何も聞かなかった。
だから――
あたしは拳を握った。
言葉が届かないなら、ぶつけるしかない。
体ごと。
「……いいよ」
あたしは、拳を繰り出した。
神様相手に。
『超次元電神ダイタニア』
第九十二話「その拳にのせて」
アウマフの拳がツクヨミの頭部を弾き飛ばした。ツクヨミはバランスを大きく崩しながらも、またすぐに元の体勢に戻る。
だが、今度は両手を胸の前でしっかりと構えた。
「……そう。ファイア、振り抜いちゃったけど、そっちは大丈夫!?」
「大丈夫!」
ファイアの声に続き、ザコタ君の声が届く。
「コクピットが《自動水平維持構造》になっている。俺たちに伝わるのは軽い振動くらいだ」
「そう。よかった……」
あたしはホッとして少しだけ気を緩める。それが彼に伝わってしまったのか――
「少しでも遠慮なんかしてみろ? すぐにそこまで行って操縦桿を奪ってやるからな!」
相変わらずの口調に苦笑いする。
「まひるさん! 進一くんは“頑張って!”って言ってます」
そよちゃんのフォローという名の翻訳がすぐに入った。
「うん。ありがとう」
あたしはゆっくりとアウマフの両腕を持ち上げ、ツクヨミと同じように胸の前で構える。
ツクヨミの演算光が一瞬、宙に走るが、今はノイズ音の方が目立つ。
『…………ッ』
今日は、つくづく――人を殴る日だ……。
こんな日、人生で何度も来てほしくない。
「天照、あたしもさっきアースとやったから解る。感情が溢れて、言葉も通じなくて……でも、通じて欲しくて……」
お互いの電神の拳を握りしめる音が鈍く空に溶ける。
「手が、出ちゃうよね。普段なら絶対にしないようなこと、しちゃうよね……」
ツクヨミは勢いに任せ、拳を振り上げた。
今度は、避けない!
あたしはアウマフの顔面でそのパンチを受ける。吸収しきれない衝撃が慣性となってあたしとアースを激しく揺さぶった。
装甲が削れ、破片が飛び散っていくのがスローモーションのように目の端に映る。
そして、あたしの横で揺れる金髪と、それに結われた蒼いリボンに、何より視線と心を持っていかれる――
「あたしはッ、しちゃったよッ! 大切な人にッ!」
その左腕にあたしは右拳を合わせた。再度ツクヨミの頭部が軋みながら横に飛ぶ。
『ッ!』
そのまま、二発、三発と、ツクヨミに拳を叩き込む。
「こんなことッ! 絶対にッ! したくないのにッ!」
ツクヨミの膝が落ち、そこへアウマフの拳を振り下ろした次の瞬間――
アウマフの屈んだ懐に潜り込むようにツクヨミが脚に力を入れ、体全体でアウマフの顎を打ち上げた。
アウマフは後ろへ大きく仰け反り、倒れる寸先で背部のブーストを噴かし、激しい土埃と共に体勢を立て直す。
踏ん張る地面に亀裂が入る。
『……あなた、やっぱり変よ……』
天照のいつもの低い声。
でも、いつもの声じゃない……!
『あなたのこと、全ッ然、解らないわッ、まひるッ!』
ツクヨミの膝が腹部装甲に突き刺さる。内部フレームが軋み、次の瞬間――右フック。
火花を散らしながらアウマフの巨体が横へ弾かれた。
両足で地を削り、何とか倒れるのを堪える。
「ふーッ、ふーッ」
『あなたから伝わる感情がおかしいッ! これは何ッ!? 怒りじゃない、恐怖でもない……ましてや、敵意なんて……ッ』
天照の声はノイズにまみれてほとんど聴き取れなかった。
でも、彼女が揺れていることは、その声色で解る。
「……なんだ。伝わってるじゃない」
あたしは口元に弧を描き、天照の変化に一筋の希望を見た気がした。
『その波形よッ! まひるッ、どうしてそんなに、“穏やか”なのよッ!?』
ツクヨミの重い拳をアウマフは腕を十字にクロスさせ受け止める。
「穏やか……?」
思わず笑ってしまった。
「あたしが!? そんなの、わからないけどッ!」
大きなハンマーででも殴られているかのような打撃が次々と打ち込まれる。
奥歯を噛み締め、右腕と左腕の仲間たちを、ただ信じる。
「あなたが今ッ、悩んでるってのは、わかるよッ!」
『くうぅッ!』
避けるな! 受け止めろ!
「あなたにとって、あたしは理解できない他人かも知れないッ! でも、解り合えないわけじゃないッ!」
『ぅるさいッ!』
「……そうだねッ、うるさいと思う……! あなた、あたしを穏やかだって言ったわね……?」
「言ったわ! あなたには、何というか、欲が感じられないッ!」
今までで一番重く、直線的な一撃。
アウマフは全身を後退させられながらも、それも両腕のガードで受け止める。
正面のメインモニターから射し込む朝陽に目を細める。
朝の澄んだ空気を外気ダクトから取り込み、あたしはアウマフと一緒に深呼吸をした。
そして、天照がいるツクヨミをまっすぐ見て言う。
「だって、あたしはもう、ゴールしちゃったから」
自分でも心からの笑顔が、今それを言葉にしてようやく出せた気がした。
『……?』
朝陽の暖かさを肌に感じながら、あたしはゆっくりと口を開き、今の想いを天照に告げる。
「あたしはさ、もう、みんなと再会できたから。それが、ここまで来た目的だったから――」
『……それって……』
「だからもう、これ以上は、ないんだ」
自然と笑みが溢れた。
『……波形が、笑顔……幸福……充足……?』
「そうだよッ! あたしは今、これ以上ないくらい満たされてる!」
『ッ!』
アウマフがツクヨミの拳を掻い潜って、そのボディに重い一撃をめり込ませる。
「だから今度は、あなたの番だよ」
削らなくてもいい世界を、あなたも見ていいんだよ、天照。
『う、くッ!』
アウマフの拳が腹部にめり込んだまま、ツクヨミはまた頭部に鋭い一撃を叩き込んできた。
あたしはそれを首がねじ切れそうになりながらも、アウマフの頬で受ける。
「…………」
『……あなたは、喪失が怖くないの?』
声が震えている。
アウマフの頬にある、ツクヨミの拳も――
あたしはゆっくりとアウマフの両腕をツクヨミの両肩にかける。
「……怖いよ。だからここまで来たの」
そのまま両腕に魔力を集中し、ツクヨミに全体重を乗せる。
ツクヨミは大地に亀裂を走らせ、両足が地面に埋没した。
「天照。あなたは、優しすぎる……!」
力を込めるアウマフの両肩に、同じくツクヨミの両手が添えられた。
次の瞬間、アウマフの両足も地面に埋没する。
『……優しいのは、あなたの方でしょうッ!』
二機を中心に、クモの巣を張ったように大地に亀裂が刻まれていく。
アウマフの腕が軋み、大腿部の装甲の隙間からも火花が迸る。対するツクヨミも、同じく各部位から火花を散らしていた。
「……あなた、前にあたしに言ったよね? “優しさだけでは世界は救えない”って……」
『……言ったわよッ』
あたしの目とアウマフのメインカメラがリンクしたかのように、ツクヨミを見据える。
ツクヨミと、目が合った気がした。
「あなたの、言う通りだった。結局あたしは、ここの人たちに何もできなかったし、アースだって一人じゃ救けられなかった……!」
『…………ッ』
右肩を落とし、そのままツクヨミに体当たりしてツクヨミの背を地響と共に地に着けた。
アウマフはそのままツクヨミに馬乗りになり、両腕を押さえ込む。
「この電神だってそう。みんながいたから、あたしは今ここにいる!」
『ッ! そういうこと……!』
ツクヨミの膝がしこたまアウマフの背中を蹴り上げ、そのまま前のめりに吹き飛び、ツクヨミが拘束から逃れる。
『あなたたちの欲望は、既に……。だから、これ程までに、強い』
吹き飛ばされた衝撃でシートに後頭部をぶつけた時に切ったのだろう。口の中に血の味が広がる。
体を支えてくれたアースを横目で見る。彼女はあたしと目が合うと優しく微笑んで、またキッと正面の天照を見据えた。
あたしもまた、天照を見る。
「天照。“願い”を削らなくても、世界は回るんじゃないかな? でもそれは――」
あたしは操縦桿を両手で握りしめ、アウマフ全身に魔力と意志を伝達させる想いを込める。
それに呼応するかのようにアウマフの全身に漲るエネルギーラインが一際オレンジ色に輝いた。
伝われ! みんなの、天照の心に!
「……いいんだな? 本気を出して?」
ザコタ君、そよちゃんを最優先に――
「……まひるさん、いつでもいけます」
レオンさん、飛鳥ちゃんのフォローお願いします――
「大丈夫よ! いつも通りいきましょう?」
流那ちゃん、心強いよ――
「相川さん、俺ももう、大丈夫だ」
風待さん、頼りにしてます――
「いくよッ! みんなッ!」
アウマフの背部スラスターを全開に噴かす。
その瞬間、音を後ろに置き去りにし、アウマフがツクヨミに向け爆発的に飛び出した。
この出力と推進力は――《内燃機関爆走》ッ!?
「へへ、ギアはまだまだ上げられるよ? まひるちゃん!」
ファイアの声が心に直接届く。
ファイアだけじゃない。
みんなの、熱い生命の声が――
『散々綺麗事言っておいて、やっぱり最後は暴力?』
彼女が軽く嘲笑する。
そうだ。これはどう足掻いても“暴力”以外の何物でもない……。
でも――
「綺麗事で済むならそれに越したことない! でも、あなたには――」
体勢を立て直したツクヨミにアウマフが地面を抉り急加速で迫る。
「ちゃんと届く!」
背部のブーストの勢いでアウマフの腕と脚が後ろに反れる。この体勢のまま、繰り出せるものは――
「まかせてまひるん! 万理、いくわよッ!」
「いっつもぶっつけ本番なんだから流那は……うんッ!」
流那ちゃんとマリンがいる脚部に魔力が集まっていくのが分かる。
あたしは二人の意志に従い、操縦桿に想いを乗せるだけだ。
ガードの構えを見せたツクヨミにぶつかろうとした直前で、アウマフの両腕を地面から伸びた《光鎖拘束》が捉える。
『ッ!?』
その一瞬のタイムラグは天照の処理を遅らせるには十分だった。
瞬時に《拘束》は解かれ、アウマフの両膝が慣性を伴い前に迫り出す。
流那ちゃんとマリンの声が重なった。
「「《小悪魔的悪戯》っ!!」」
ツクヨミはガードの緩んだ胴体に、その爆速の両膝蹴りをまともに受け、上半身を思い切りかち上げられた。
『くッ!』
すかさず間合いを詰める。
「どう、天照? 今のは効いたでしょう!?」
『この機転と狡猾さ……ルナね!?』
「当たりぃ! ねえ、ちょっとは耳を貸す気になった? あんたの言い分は分かったつもりよ。だからさ――」
『ふんッ!』
ツクヨミが右手にロングソードを生成し、横薙ぎに一閃する。
アウマフは左手に握られていたロングソードでそれを受け、鍔迫り合いに持ち込む。
『……その剣捌き、アスカでしょう?』
「…………」
あたしは仲間を信じて操縦桿を握り、アースと共に各部の魔力の増大を気に留めながら左腕の意志に従う。
「……何を畏れてるの?」
『え?』
「何を後悔してるの?」
『何も、してない!』
飛鳥の問いかけに天照のノイズが走る。
「――あなたはただ私の怒りに触れただけなのに――」
飛鳥ちゃんの淡々とした言葉の中には、確かな熱が込められていた。
「はっ! あなたまたッ!」
天照の驚きと共に、飛鳥ちゃんの言葉が早口になった。
これは、いつもの――
「――怒りは天へ、悔いは地へ、瀧が上から下へ落ちる様に! 《広域爆破》!」
アウマフの握るロングソードから爆炎が上がりツクヨミを業火が包み込む。
『どうも口数が少ないと思っていたら……相変わらず、やってくれるわね……!』
「そう? 少しは私たちのこと、認めてもらえたかしら?」
ツクヨミが炎を振り払い、燃え盛る炎の中からその顔を出した。
だが、ツクヨミが次に目にしたのは眼前にあるアウマフの右拳だった。
「ぶっ飛べ……ッ! 《ダイタニアナックル》っ!!」
ザコタ君が照準を合わせてくれたアウマフの右前腕は勢いよく射出され、ツクヨミの顔面を捉えながらそのまま遠くまで吹き飛ばした。
『……この執念、ザコタ……!』
遠くでツクヨミがゆっくりと立ち上がり、こちらを睨む。
「ちっ! 浅かったか……」
射出して戻ってきた前腕を再装着し、ザコタ君が不機嫌そうに零す。
『……いいわよ。一斉に消去にしてあげる……』
ツクヨミの胸部中央にあるダクトが光り、魔力が集積されていく。
『この《陽子光線》、受けきれるかしら?』
ツクヨミの胸部が激しく発光したかと思うと、アウマフに向け一直線に極太のレーザーが放射された。
コクピット内にアラートが鳴り、モニターが赤く明滅する。
これは――ウィンドっ!
「《天使の雨傘》!」
アウマフがエメラルドグリーンのバリアに包まれ、弾かれた粒子が大気を斬り裂きながらレーザーを宙に拡散させていく。
『……な、に?』
「さすがだなウィンド君。俺の出る幕が無いな」
「あ、でも、今のでさっきの技は最後だよ? 魔力かなり使っちゃったから、次は風待さんが護ってね?」
ウィンドが可愛く風待さんにウィンクを向けている。
「だそうだ、天照。……次は俺が相手になるぞ」
『風待ぃ……ッ!』
ノイズ音がするからじゃない。
今のあなたの顔、どんな顔してるか、ハッキリ浮かぶようだよ……。
あたしは目を閉じ、アウマフの胸部のダクトにツクヨミと同じように魔力を集積させていく。
「……天照、知ってる? 昔ね、お兄ちゃんに教えてもらったことなんだけど」
隣りのアースの鼓動、脚の下に感じるみんなの鼓動を、胸にひとつに重ねるイメージ――
『……何よ?』
「必殺技を打つときはね、技名を叫んだ方が威力が倍増するんだって……」
『ふふ、何を言うかと思えば。馬鹿馬鹿しい』
「そう思う? あたしは、そうは思わないよ――」
心が、温かい……。
あたしの中でみんなの願いが力になっていくのを実感できる。
胸に臨界まで高めた魔力を、あたしは咆哮と共に天照に向け解放した。
「《陽子光線》ーーーッ!!」
『ッ!?』
さっきの天照のより太いレーザーが地面を蒸発させながらツクヨミの影ごと光の中に掻き消した。
「どう?」
次第に晴れてきた煙の中に佇む、天照にあたしは問いかけた。
『………』
「まんざら嘘でもないでしょ?」
そのツクヨミの装甲は焼け焦げ、初めて傷と言える亀裂が走っていた。
天照は思考をどう連鎖させても、まひるたちの強さを証明できないでいることに激しい苛立ちを感じていた。
『…………ッ』
気づけば天照はツクヨミのコクピットに立体映像のまま自らを投影し、親指の爪を噛んでいた。
(何なのよ、あの電神……!?
ツクヨミと同等の力を持つとでも言うの?
……いえ、それよりも不可解なのはあのまひるの落ち着きようだわ……。
彼女はもう満たされていると言った。
実際、彼女からの“願い”の消費は微量……。
……もしかしたら、あの時の、陽子も……)
悲しみを避けるために不死を選んだ天照にとって、そのノイズは聴くに耐えなかった。
実体のない体に、まひるの言葉が電神の拳より重く突き刺さっている気さえする。
『……わたしは、間違ってない……』
ツクヨミの肘が軋む。
天照はまるで自らの頭を抱えるように、ツクヨミの右手がその顔を覆った。
『どうしよう……どうしよう、陽子……ッ』
アウマフは追撃してこない。
まひるたちに殺意が無いことはその波形からも読み取れる。
このまま彼女たちの話を聴くのは容易い。
けど――
『わたしは、この世界を護る者……わたしは、陽子の望んだ世界を創る者……』
ツクヨミの瞳が再度温度を失くし、手の隙間から蒼い光が漏れる。
『――だから、この世界にノイズを撒き散らす者は、排除すべきよね!?』
天照は玉座のようなコクピットからツクヨミに電子信号を送ると、背部のスラスターに一気に火が点った。
『そうでしょッ!?』
ツクヨミが地を蹴り、大気を震わせながらアウマフ目掛けて突っ込んできた。
その天照の顔はホログラムが崩れ、瞳の辺りの映像は薄っすらと乱れていた。
【次回予告】
[まひる]
あたしは、戦うよ、天照。
この想いを忘れず、
胸に抱いて……!
次回!『超次元電神ダイタニア』!
第九十三話「星になく」
あなたはひとりで、これを護ろうとしてたんだね……




