第九十一話「超次元電神」
ダイタニアが、静かに震えている。
入り混じるすべての感情を決意に変えた今、新しいものが生まれようとしている息吹を確かに肌で感じる。
周りを見る。
四精霊みんなの目はまっすぐ、迫りくる天照の電神を見つめていた。
ダイタニアに何かしらの異変が起きているのは確かだと思う。
これが、天照と対等に対話できる状態になってくれたら――
あたしはそう願いながら、開いたコクピットハッチから覗く天照をまた見据えた。
天照の電神がダイタニアの前まで来て、止まる。見上げる首が痛い。
あたしはいつも通りひとつ深呼吸して気持ちを落ち着かせようとする。
が、この状態だ。
今、攻撃されれば一溜まりもない。
唾で渇いた口内を濡らすのがやっとだった。
シートから立ち上がり、ハッチから顔を出して、改めてその電神を見上げる。
「……側にいます」
アースがそっとあたしの横に立ってくれる。そして他の三人もあたしの周りに集まってくれた。
「大丈夫だよ。きっと、大丈夫。見てて……」
あたしは息を大きく吸い込み、天照に聴こえるよう、声を張り上げた。
「天照ーッ! ちゃんと、目を見て話したい。あたしは……あなたを解らないまま終わらせたくない!」
風の音とお互いの電神の低い駆動音だけの大地に、あたしの声はよく通った。
「もっとあなたと話がしたい! あたしのことも、知って欲しいの!」
天照の電神から敵をロックオンした時のSEが鳴る。
あたしが、照準固定された――
『……』
乾いた空気に乗り、あのざらつくノイズ音が確かに聴こえた。口が震える。
「ほら、何ならあたしのアバターまた使っていいからあ! ホログラムでも、あなたを見て話したいの!」
ダイタニアの前の空間が歪むと、あたしのアバター――《サニー》の姿をした立体映像が宙空に映し出された。
それと同時にロックオン解除のSEが聴こえ、あたしは胸を撫で下ろした。
『…………』
「……ありがとう、天照」
あたしは一人、コクピットハッチから降り、天照の前に向かい合った。
天照は尚も黙ったままだったが、その表情は面白くなさそうにそっぽを向いていた。
やっぱり、顔が見られてよかった。天照、今こんな顔してたんだ……。
「ありがとね天照、姿見せてくれて」
『……変わらないわ』
「え?」
天照は変わらず目を合わせようとせず、低く呟く。
『こんなことしても、あなたがこの世界にとって……《排除対象》であることは、覆らない……』
「……そう」
でも、天照はこうやって顔を見せてくれた。そこにはきっと、少なからず彼女の想いもあるはず。
「ねえ、聴いて天照? あなたはこの世界を救おうとしてる。あたしたちだって救いたい。協力、できるんじゃないかな?」
『前にも言ったけど、あなたたち人間に出来ることなんて無いわ』
天照は変わらず不機嫌な顔でそう吐き捨てる。
「どうして? 元はと言えば、この『ダイタニア』は風待さんたち、人の手によって作られた世界じゃない? その作った本人も来てるから、訊いてみたらいいよ」
あたしはなるべく、天照の機嫌を損ねないよう言葉を選ぶ。
『……そういうことじゃ、ないのよ……』
ホログラムの天照の顔が少し歪んだような気がした。
『……ねえ進一、この世界の崩壊を、あなたなら止められる?』
「…………ッ」
風待さんの纏う空気に重さが増す。彼は暫しの沈黙のあと、苦しげに答えた。
「……ゲーム『ダイタニア』のデータと、開発時に使っていたスパコン『天照』が融合して出来たのが、今のこの世界だ……。元通りには、出来ない……ッ」
その言葉に天照は目を瞑り頷く。
『そうなのよ。もうこの世界はヒトの手を離れ始めてしまった……。だから、SANYのような管理者は必須だったの。それを――』
天照の電神の目が黄色から冷めた青色に変わる。体で感じられるほど、電神の圧が増した。
『それをッ! SANYはヒトに興味を持ち、いなくなったっ! わたしだけ置いてねッ! 挙句の果てに陽子の残滓を受け継いだですって!? ふざけないでッ!』
天照の映像が消え、再び電神から多重ロックオンのSEが鳴りだす。
この音数ッ! 全員を標的にしたッ!?
電神の手があたしたちの頭上に翳される。
足が、動かなかった。
これで終わるのかもしれない。
それでも――目だけは、逸らさなかった。
「防御を――」
みんなに声を掛けようと振り向いたが、言い切る前にあたしたちは眩い光に呑み込まれた。
『……ひとり残らず、データになりなさい……!』
照射される光の中、あたしがみんなに伸ばした手が、何かを掴んだ気がした。
ガッチリと硬く、感じたことのない重量感だった。
すると、途端に光は遠ざかり、視力が回復していくと、みんなの驚いた顔がそこにあった。
あたしは天照の電神に振り返り、その奇妙な光景を目にした。
天照の電神の手から照射される光は空を指し、その腕を掴んで上に向けているものがいた。
大破し、片腕と胴体だけになりながらも、必死に電神の腕に縋りつくその黒い機体は――
「……ケンオー……?」
スクラップのはずの装甲が、軋みながら噛み合う。断線した回路が、火花を散らしながら――
……沈黙する。
誰も命じていない。操縦信号も、魔力供給も、無い。それでも――
次の瞬間、焼き切れたはずの導線が赤く灯り、噛み合った装甲が“自分の意思”で締まった。
黒い機体は、食らいついていた。
あたしはゆっくりとザコタ君に振り向く。が、彼もまた、あたしと同じような驚愕の顔でそれを見ていた。
「……ザコタ君、じゃ、ないの……?」
あたしが呟いた言葉にザコタ君が震える声で返す。
「……俺なもんか……動かせるなら、とっくにやっている……ッ!」
『……スクラップが、動いた?』
空にノイズ音が響き渡る。
あたしは自分の汗ばんだ右手を握りしめる。
すると、天照の腕にしがみついていたケンオーが更にブーストを吹かし始めた。
「ッ!? ……え?」
これは、違和感じゃない――確かな予感。
あたしは周囲に散らばっているみんなの電神を目を凝らして見た。
リーオベルグが、ほんのり熱い気がする……。
あの淡く光って見えるのは、ベルファーレ、だよね……?
あれは、喚んでも来なかった風待さんの電神? ケンオーへと、光が伸びてる……。
何が起きているのかは、わからない。
でも、怖くない。
胸の奥で、誰かの鼓動が確かに鳴った。
あたしは再びダイタニアのコクピットに戻り、座席に着く。
天照の右腕が振り払われ、ケンオーがまた地面に落ち、沈黙する。
沈黙したはずの機体から、赤い灯が走る。
一本。また一本。
それは地面に倒れた電神へ伸び、絡まり、重なり、そして――ダイタニアへ収束した。
地響きが聴こえる。
それも、このダイタニアに向かって響いてきている。
大きな音のはずなのに、少しも耳障りじゃない……。
みんなは!?
そう、大丈夫なのね?
ありがとう……。
心に直接響く感情の音と、あたしは自然に会話をしていた。
ダイタニアに光が集まり、消えた。
風も、駆動音も、天照の気配も。
代わりに、鼓動だけが響く。
ひとつじゃない。四つ。いや、もっと。
重なって、溶け合って、境界がなくなっていく。
あたしの指先が、誰かの意思と重なる。
音が、消えた。
世界が、ひとつ息を吸った。
そして――“統合”した。
耳に届く風切音がやけに近い。
目を開いた瞬間、あたしは“自分の視界じゃない景色”を見ていた。
空が近く、地面が遠い。
足の下には傷だらけの仲間たちの鼓動。それが痛みなのか、誇りなのか、わからない。
耳鳴りのように、誰かの呼吸が重なった。それが自分のものなのか、判別できない。
視界の端で、知らない角度からの景色が瞬く。背中に、誰かの決意が触れている。
怖くない。
でもこれは、あたしひとりじゃない。
そして――空気を通して伝わる、天照の、震え。
あたしの正面に、天照の電神の顔があった。
『……何よ……それ……? 何よ、あなたたち……!?』
その声の奥に、怒りとは違う震えが混じる。
ザコタ君が叫んだ。
「何度負けても関係ねぇ……!
負けるたびに強くなりゃいいだけだ!
俺たちは――自分で選んで、ここに立ってんだよッ!!」
飛鳥ちゃんが吼えた。
「願いは、削れない!
折れても、潰れても――また燃える!
それが“生きてる”ってことよッ!!」
流那ちゃんが啖呵を切る。
「世界が閉じる?
だったら蹴破るだけ!
私たち、最初からルールの外よッ!!」
風待さんが諭す。
「聞こえているはずだ、天照。
お前は演算だけの存在じゃない。
だから今、迷っているんだろう?」
そして、あたしは――
「……天照」
この視界が自分のものだと、確信した。
「あなたと同じ高さで、同じ景色を見るために、来たよ」
あたしたちは今、ひとつの電神に乗っていた。みんなの鼓動がこの電神の中で脈動している。
「想いを重ねて、願いをひとつにする力」
操縦桿をそっと握る。
ひとつ、大きな拍動。
それは、誰のものでもない。
「それが――」
鼓動が止まり、ひとつになる。
「超次元電神――」
全員の声が完全に揃った。
「「「「「ダイタニアっ!!」」」」」
『超次元電神ダイタニア』
第九十一話「超次元電神」
みんなの気合と想いで大気が震えた気がした。
今、白い大地の上に、二体の巨人が並び立つ。
白銀の体に蒼いエネルギーラインを走らせた《ツクヨミ》。
その足元で、白い大地がかすかに凍りつく。そして――
純白の装甲に橙の紋様を脈打たせた、我らが巨人。
その鼓動に合わせて、空気がわずかに震えた。
「アース、ウィンド、マリン、ファイア。みんなのフォローに回ってもらっていいかな?」
あたしは周りにいた四精霊にそうお願いする。
きっとここからは、人と精霊の力が必要になる。
四人は頷くと、それぞれダイタニア――いや、アウマフの各部位に飛んでいった。
「……アース」
アースだけが、まだあたしの隣にいた。その顔は口元を綻ばせ、まっすぐあたしを見ている。
「あなたを、フォローさせてください」
「ダメって言っても、聞かないのよね?」
「そうですね」
あたしは苦笑して小さなため息をついた。そして、同じく彼女の瞳を見つめ返す。
「わかった。ありがとね、アース」
「こちらこそ」
アースからだけじゃない。
体中からみんなの想いが伝わってくる。
体の奥に、鼓動が増えたような……。
ひとつ、ふたつ、みっつ――数えきれない。それでも、不思議と重くない。
“あたし”の輪郭が薄れる代わりに、“わたしたち”という感覚が、静かに広がっていく。
「よっと! 久し振り!」
ファイアが右腕にあるコクピットへと姿を現す。
その姿を見たザコタが驚き、そよが歓喜の声を上げる。
「ほむらちゃんッ! よかったですぅ〜ぅうぅぅ……」
そよがその目を潤ませてファイアに抱きついてきた。
「おっとと! ……そよちゃん。ごめん、心配かけて……」
ファイアはそっとそよの髪を撫で、ザコタに視線を向ける。
「……やってやろうぜ!」
「……ああ!」
拳がぶつかる。
余計な言葉は要らなかった。
「流那っ! 来たよ!」
「万理っ!?」
流那の位置を辿り、マリンがその場に姿を現した。空中に現れた彼女を流那は咄嗟に両腕でキャッチする。
「ナイスキャッチ、流那」
「あっぶな! てゆーか、あんた軽いわね。ちゃんと食べてんの!?」
「まひるの食事が恋しいよ。さて、ここは何処かな?」
「私が訊きたいわよ……」
流那がコクピットらしき周囲を見渡し、マリンが目を閉じ意識を研ぎ澄ます。
「……うん。この魔力の流れ……僕たちがいるのは左脚だね。丁度膝関節の下辺りかな」
「……ということは、やっぱりコレ、巨大電神の中なのね……」
流那は呆気にとられて目の前のモニターに視線を向ける。
「恐らく、僕たちはこの電神の各部位に配置されてる。見た所……」
「……操縦桿が、無いわね……」
流那も気づいたことを告げる。
「うん……。飽くまで僕たちは魔力制御要員と思っていいかもね。この電神を操縦するのは――」
「……まひるん……」
流那の沈んだ声が狭い室内に響いた。
(……あの子は、戦いなんて向いてないのに……)
「そう言うことみたいだから、僕は右脚の制御に向かうよ。多分向こうにも――」
「待ちなさい!」
右脚に転移しようとしたマリンを流那は咄嗟に呼び止めた。
「流那?」
「……ここに、いなさいよ」
流那は顔を見られないよう、モニターの明かりを眼鏡に反射させる。
「操縦しないのなら、こっちにいても同じでしょ? あんたなら魔力制御くらい離れてても出来るでしょ……?」
「そんな無茶な――ッ」
マリンは途中でその言葉を呑み込んだ。
流那の真剣な横顔を、見てしまったから……。
彼女は、今にも泣き出しそうに、モニターを睨んでいた。
「……あんたの姿を見ながら戦いたいの……。そのくらい、いいでしょ……?」
「……流那」
マリンは転移を解き、隣に立つ。
どちらからともなく、指先が絡まった。
(……ここは、相川さんの電神の中、なのか? それにしては……)
風待はその特異な室内を見ながら現状の把握に努めていた。
パイロットシートはあるが、肝心の操縦桿はなく、代わりにコンソールと幾つかのパネル、計器類が所狭しと壁に埋め込まれていた。
(皆は、無事……のようだな。何故だか、そう、感じられる……)
その時、空間から緑色の髪の少女が現れた。
「おっとぉ! お待たせ、風待さんっ!」
「ウィンド君っ!?」
ウィンドが室内に華麗に着地し、ポーズをきめる。
「えへへ、まひるちゃんに言われて来たんだ」
「相川さんに?」
風待はまだ状況が呑み込めずにウィンドのノリに押されてしまう。
「うん。ここからは、人と精霊、お互いの力が必要になるだろーって」
「……そう、か」
風待は黙り込んで思考を巡らしているようだった。
その姿を見て、ウィンドは黙って待つ。口元には弧を描き、眉間にはしわを寄せながら。
「……本来なら、飛鳥君の所に行きたかったろうに」
「大丈夫。飛鳥ちゃんにはレオンさんがいる。風待さんは今、ひとりだから」
風待は小さく笑った。
「……なら、頼む。俺を支えてくれ」
ウィンドは微笑みで返した。
(シルフィさんは、今アルコルといるから、来られないしねぇ)
「なんか言ったかい?」
つい自分の思考が口に出てしまっていたのではと思い、ウィンドは慌てて口を濁す。
「う、ううんッ! あー、レオンさん! 風子と風待さんはアウマフの腰の部分を担当するよ! 飛鳥ちゃんによろしく伝えてください!」
『心得た』
すぐさまレオンからの念話が届いた。
「俺たちは腰部か。踏ん張ろうな、ウィンド君!」
「――とのことだ、飛鳥」
「……風子ちゃんが、腰ね。ほむらさんが右腕、万理ちゃんが脚。そして、私たちが、左腕、ね……」
飛鳥はレオンからウィンドたちの現状と配置を聴き、安心と共に胸の奥から湧き上がる熱を感じていた。
「……心強い、わね」
「……ああ。お前の背中と同じくらいに、な」
飛鳥は酷くむせ込み、大袈裟に咳をしてみせた。
「そ、そういうの、いいからッ」
「? 飛鳥、目の前に集中しろ」
「〜〜〜ッ」
いくら亡くなった父親と同じ顔と言えど、未だにこの天然っぷりには慣れない。飛鳥は心のなかで独り言ちた。
「さあ! 気合入れなさいッ!」
「お前は気負いすぎるなよ?」
「わかってるわよッ!」
「むう……」
アウマフの左腕に、二人の生温かいやりとりが響いた。
『超次元電神……ダイタニア……?』
天照の声に激しいノイズ音が走り、頭部に位置するあたしとアースがいるコクピットに直に響いてきた。
「あ! ううん。みんなが揃った今の名前は――《アウマフ》」
『……アウマフ……』
天照の声が少しだけクリアになって聴こえた気がした。
アウマフの全体像が視覚ではなくイメージとして頭の中に浮かび上がる――
全身に橙色の紋様が脈打ち、装甲そのものが呼吸するように明滅している。
黒眼のようなメインカメラが、静かに天を射抜いていた。
「ねえ天照、あなたの電神はなんて名前?」
あたしはふと気になったことを訊いていた。
『……《ツクヨミ》』
その名を告げた瞬間、白い大地に青い光が走った。
「そう。ツクヨミ。……いい名前だね」
『…………』
静かな、だけど、一瞬たりとも気の抜けないプレッシャーを感じさせる間。
天照の言葉数が減るほど、彼女は考え、心を遠ざけようとしてしまう気がする。だから――
止めないよ。
離さない。
その沈黙の奥に、必ず届くまで。
「天照、あのさ――」
『しっ!』
「ッ!?」
あたしが話し掛けようとした途端、天照に止められ、反射的に口を閉じてしまった。
『…………』
「…………ッ」
天照の無言に釣られ、ついあたしも黙ってしまう。
ツクヨミの視線がアウマフの全身に注がれているのをひしひしと感じる。
その時、静寂を破るように空にノイズが走った。
『……どうして、消費が発生してないの……?』
天照がノイズ音と共にそっと呟く。
『これは…………まひる、何をしたの?』
天照の声から感じられるのは、戸惑いと――
あたしは彼女を安心させるように、できるだけ柔らかく返した。
「何も、してないよ。ただ、想いを重ねてるだけ」
一瞬、ピシャリと高いノイズが鳴り、顔をしかめてしまう。
『……そんな仕様、わたしは知らない……』
ツクヨミを伝わり響く天照の声は、迷子のように空へと溶けていく。
ツクヨミの演算光が、かすかに乱れた。
『……それじゃあ、わたしは……何を、削ってきたの……?』
あたしは、すぐには答えなかった。
その問いは、きっと――あたしに向けられたものじゃない。
【次回予告】
[まひる]
これが、“統合”……。
……ダイタニア、ありがとう。
アウマフ、また、よろしくね。
次回!『超次元電神ダイタニア』!
第九十ニ話「その拳にのせて」
時空を超えるんだ、あたしたちの想いはッ!
――――achievement[超次元電神]
※まひるたちが《アウマフ・ダイタニアフォーム》になった。




