第八十八話「激突」
風も、音もなかった。
白い電神――《ツクヨミ》は、そこに“存在している”だけだった。
距離はまだある。
だが、その姿は既に、空よりも近く感じられた。
逃げ場のない観測。
隠れる意味すら持たない、絶対的な視線。
『……確認したわ』
声にしては抑揚がなく、まるで
直接意識に書き込まれる音声信号のようだった。
『個体識別完了。《例外因子》、相川まひる』
コクピットの空気が凍りつく。
けれど、あたしは目を逸らさなかった。
ダイタニアはその青光りする白い電神を見上げるように相対する。
大きい――流那ちゃんのベルファーレよりも、更に……。
あたしは乾いた喉を湿らせるように唾をひとつ呑み込むと声を張った。
「来たよ天照! 話そうよ!」
『……話? 排除対象と話すことなんて…………無いわ』
「あるよ! あたしたち、お互いにこの世界を護りたいと思ってる!」
『思うだけなら、簡単よね……』
「……そうかも知れない。だから、あたしたちにもあなたの責任を分けてよ!」
わずかな沈黙。ノイズもない風の音だけが微かに耳に触れる。
『……責任? 責任って言ったかしら?』
嘲笑するでもなく、威圧するでもない、静かな声。
「ええ。あたしたち人間と、この子たち精霊……そして、あなた。きっと協力できるんじゃないかな!?」
天照の電神を中心に重力が倍増したかのような圧力を感じた。
一歩、動いた?
――違う。
あたしが下がったんだ……!
『そんなことで、この世界が救えるとでも言うの? 責任って言葉を容易く使って欲しくないわね』
大気が鋭く震え、重い天照の声を運んできた。
反射で笑う膝を、あたしは咄嗟に手で押さえる。大丈夫……!
「簡単になんて言ってない。今まではSANYとあなたに任せっきりだった。だから、これからは人にも精霊にも役割分担できたら、あなたの負担も少しは減るんじゃないかと思ったの」
『……甘い。甘いわまひる。世界を維持、構成するってね、そんな簡単なことじゃあないの……』
「あなたがそう言うならそうなんでしょう。だからさ、あたしたちにも背負わせて欲しいの!」
『あなたの言っていることに、何一つ根拠も論理もないわ』
「あたしはあなたみたいに頭よくないから、難しいことは分かんない。けど、このままじゃ“悲しみのない世界”は来ない気がする!」
『ッ!』
宙にわずかなノイズ音が走った。
「あなたは今も陽子さんの願いを叶えようとしてる……。それって、あなたの“優しさ”なんじゃないかな? あなたは優しさを知らないんじゃない。だって――」
『――黙りなさい……』
天照のあまりの圧につい口を噤んでしまった。もたれ掛かったシートに汗が滲む。
『まひる、あなたの言う事やる事には、理解できない所が多いの。だから、あなたを《例外因子》として排除しなければいけない……』
「……あたしは、あなたの敵じゃないよ?」
『それでもよッ』
次の瞬間、ダイタニアの右腕は宙に跳んでいた――
斬られたわけでも、撃たれたわけでもない。ただ、“分離”させられた。
「右腕への魔力供給、切るね!」
「漏れは……無しッ!」
「まひる、《勇者力》で右腕の再構築を――」
そのマリンの言葉をアースが手を挙げ遮る。
「少し、待とう……」
アースの視線は正面モニターではなく、まひるへと向いていた。
そして、まひるの意識は跳ばされた腕ではなく、変わらず目の前の天照に向けられていた。
『超次元電神ダイタニア』
第八十八話「激突」
サラは空を仰ぐ。
もう再び見ることはないと思っていた故郷の空――そして、仲間たち。
かつての主人は健在どころか、更に情緒豊かになり、いま自分の隣りに居てくれている。
幸せを、噛み締めたかった――
だが、状況がそうも行かない。
地球人と、その仲間の精霊たちが今まさに《世界》を相手に立ち回ろうとしている。
呑気に友と憩いに興じているわけには行かなかった。
だから、サラは天を仰いだ。
地球で大破した電神は、未だ喚べない。だが、彼女の電神はどうだろう……。
サラは地球の星空とは違うこの惑星の空を、目を凝らして見つめてみる。
やはり、視えない。
だが、それはそもそも、誰の目にも見えるものではなかったはずだ。
「シルフィよ……」
サラは視線を隣りの最愛の友に移し、ゆっくりと口を開く。
「どうしました、サラ?」
「北斗七星は視えずとも、その星は必ず、そこに在るものだ」
「……?」
「そなた、我ら全員集うてから、未だ喚んでいないのだろう?」
「……あ」
シルフィはサラの含んだいつもの言い回しに、次第にその意図を掴みかける。
「我らが再びこうして集えたのだ。きっと《死兆星》も、そこに在る……」
朝陽を背にして立つダイタニアは、自らが作り出した影に呑まれてはいたが、そこに在る魂は誰一人として光を失ってはいなかった。
あたしは深呼吸をしてから、また話し掛ける。
「……天照、あたしを、壊したいの? それとも、世界を護りたいの……?」
自分でもズルい訊き方だと思う。
彼女は本当はあたしを壊したいんじゃない。彼女の世界にとって解らない“あたし”という存在を排除したいだけなんだ。
でも、その“あたし”も、世界の一部……。
だから、天照は今、自分の中の矛盾に理解が追い付いてないんじゃないかな……。
『…………』
やっぱり、すぐに返事が返ってこない。こういう時は必ず変なノイズ音が聴こえてくるだけ。
多分この音は、彼女が悩んでいる時の音――そして、この音が流れ続ける限り、あたしはあなたと話すのをやめる気はないよ!
「ねえ天照、あなたが本当にやりたい事って、なに? 世界を護ること? 世界を創ること?」
『わたしが、やりたいこと……』
「うん! あなたの本当の望みを、聞かせてよ!」
『……わたしは……』
天照の電神から、再びノイズ音が流れる。
『……わたしの望みは、陽子の願いだった“悲しみのない世界”を創る、こと……?』
「そう……。それが、あなたの願いなのね?」
『…………』
あたしは今初めて彼女の声を聞いた気がした。彼女は“揺れている”。
そして、気づいて来ている。
悲しみのない世界が、ただ人が死なないだけの世界ではないことに。
恐らく彼女は、そこにある“矛盾”を処理できないでいるだけなのかも知れない。
そして、その処理できなかった“矛盾”が、あたしたちに今、牙を剥くんだ!
「魔力充填! 対ショック防御!」
「《風の衣》!」
あたしの声に直ぐ様ウィンドが反応してダイタニアに防御壁を張ってくれる。
次の瞬間、ダイタニアの足元の地面が半球状に陥没した。
《風の衣》が剥がれ落ちたのを見るに、やはり天照の攻撃が放たれていたようだ。
「天照ッ! 自分の理解できない存在に出会った時、怖いのは解る! 攻撃をやめて、もっと話そう!?」
『わたしが、“恐怖”を感じている? ……馬鹿なこと――』
「あなた、似てるのよ。自分がしたい事があるのに、それをどうしたら出来るのか分からない、小さな子供にッ」
『……馬鹿にしてッ』
《ツクヨミ》が遂にその脚を上げ、物理的に大地を踏みしめた。地面に足跡が確かに残っている。
「もっと話したいけどッ! みんな! 来るよッ! 防御に専念ッ!」
四精霊が各自で防御スキルを展開しだしてくれる。あたしはコンソール画面を高速でタップし、使えそうな防具を顕現させていく。
四精霊が生成した防御壁も、あたしが顕現させた盾や装甲も、天照の視えない攻撃の前に一撃で吹き飛ばされ、消滅していく。
「くッそ!」
「ファイア! 防御に集中しすぎないで、 あなたは得意な回避を重視ッ!」
「わかった!」
「マリン! 有効なら《拘束》やデバフも試してみて!?」
「既にやってみたけど、駄目だった。拘束しようにも、まだ完全に三次元領域に相手がいないんだ!」
『ふんっ……』
《ツクヨミ》が腰を落とし、脚部の推進ユニットから光を放ち始める。
いよいよ、すごいのが来そう……!
「何かくるよッ!」
ウインドの声に反応し、マリンたち精霊組も身構える。あたしも操縦桿を握る手に力が籠る。
そんなあたしたちの心配を余所に、 天照が動いた。
「…………え?」
音が後からやって来て、気づいた時にはもう、ダイタニアは空を仰いでいた。
機体に外傷は無さそう。だけど、全く動かない……。
いくら神様みたいな存在でも、“何でもあり”はズルいなあ……。
攻撃はノーモーション、本体には当たり判定も無い、そんなのどうやって――
どうやって?
――違う。忘れるな。
あたしは天照を倒すためにここにいるんじゃない!
彼女と話すために来たんだ!
鈍い音が斬撃と共に地面にめり込む。
ダイタニアは、間一髪のところで、その身を躱していた。
『魔力炉は止めたはずよ!? どうして……ッ!?』
ようやく聴けた、天照の動揺する声……。やっぱり、感情、あるじゃん……!
「ふふ……あたしが新しく、“創った”」
『ッ!』
またあのノイズ音……。
そうよ、そうやってもっと知っていって。
「マリン! 今よッ!」
「《光鎖拘束》ッ!」
地面から射出された光の鎖が、今度こそ天照の電神を捕らえた。
『なッ!?』
さっきより音が大きくなってる。
「スキルを、あなたに触れられるようにした。天照、これで少しはあたしの声に聞く耳を持ってくれる?」
『……この……ッ』
かと言って、この体格差だ。《拘束》だってそう長くは――
『しつこいわね、本気で消去されたいのッ!?』
彼女の電神が一歩動いただけで光の鎖は容易く解れた。
「あららッ! って、何? あたしを本気で消すつもりじゃなかったの!?」
詰まる息に顔を歪ませ、あたしは機体を後退させ次の攻撃に備える。
魔力炉の再構築と天照の電神の三次元への定着に《勇者力》を使い過ぎた。もうこれ以上は――
『いちいち煩いのよッ』
巨大な右腕が迫る。
だけど今回は見えている。
天照が初めて見せる、“物理攻撃”!
だったら――
「《地殻障壁》、三重ッ!」
あたしの声に瞬時にアースがスキルを展開してくれる。
ダイタニアの目の前に巨大な大地の壁が縦に三枚――その腕は一枚目を簡単に粉砕し、二枚目もそのまま、三枚目でようやく勢いを失くし、ダイタニアの顔面に触れる直前で――止まった。
「天照、あたしはね? 多分一人だったら今まで生きて来られなかったと思う……。家族が……みんながいるから、今もこうして楽しく生きていられるんだ」
返す刀で反対の腕が遠心力を伴い、更なる威力で撃ち込まれる。
「風子! あたしの《炎の壁》に合わせろッ!」
「うんッ! 《風の衣》!」
風と炎が混じり合い、業火となった炎の壁がその攻撃を吹き流した。
『……魔法を、混ぜた? まひる……これだから、あなたは……!』
天照の動きが一瞬止まり、ノイズ音とダイタニアの駆動音だけが空に響く。
「あなたは、一人だった……ううん、陽子さんしか知らなかった……だから――」
『知ったふうな口をッ!』
次の瞬間、打ち下ろされた右腕とダイタニアの左腕が激突した。
「だからッ! あたしも知って欲しいのッ!! うわああああぁあああーーーッ!!」
ダイタニアの左腕がバラバラに粉砕されていく。
自分の腕が引き千切られるかのような幻痛に顔をしかめる。
けど、あたしは雄叫びをあげながらそのまま体ごと天照に突っ込んだ。
機体の大きさが違う。ビクともしない。でも、この想いだけは――
「……触れたよ、天照……」
電神同士の胴体が触れた瞬間、天照より発せられた衝撃波で、両腕を失ったダイタニアは遥か後ろへ吹き飛ばされた。
地面に大きく長い跡を刻みながら、土埃の中に横たわる。
『…………なんなの、あなた……』
天照の声に確かな震えが混じる。
「へへ……。ただのゲーム好きなOLだよ」
背部スラスターを蒸し、上体を起こす。土埃にまみれ、両腕の無いダイタニアが毅然と立ち上がった。
天照は思考を連鎖させる。
だが、どう回路を走らせても天照が処理できる回答に行き着かない。
処理できない波形だけがやけに揺れる。
『理解は、不要よね……』
天照の思考がたどり着いた先は――
『理解は、誤差を生む。誤差は、世界を壊す……』
“まひるを理解しない”という、至極短絡な回答だった。
そのノイズまみれの声を聴きながら、あたしはみんなの顔を見渡す。四人がそれぞれ必死の状況の中で、笑顔を返してくれた。
それだけで、あたしはまだまだやれる気がした。
その時、目の前の天照の電神からレーザーのような緑色の光がダイタニアに照射された。
「ッ!?」
コクピットに緊張が走る。
眉間にしわを寄せたマリンが真っ先に口を開いた。
「これは、スキャンされている!?」
「ッ!」
とうとう知ってくれる気になったの? 天照、あなたのことも、もっと知ってやるんだから!
『確認。例外因子の増殖を検出』
その声は、酷く冷めていた。
落ち着きを取り戻したんじゃない……!
天照は――
『精霊個体群――排除対象に再分類』
「天照ッ! 心を閉ざしちゃダメっ!! 折角――」
『排除開始』
「うわッ!?」
前触れもなくコクピット内のウィンドの体が宙にふわりと浮いた。
「ウィンドっ!!」
ウィンドは顔を強張らせながらも正面の電神から視線を逸らそうとはしなかった。
『データに書き換えた後に消去する』
彼女の声はもうほとんどノイズ音の方が大きくなっていた。
「……やめて……?」
薄っすらと、ウィンドの輪郭がぼやけていく。
「風子おッ!」
マリンとファイアがウィンドの隣りに来て手を取る。
「やめて、天照……ッ!」
声が、掠れる。
「まひるちゃん、天照は中々に手強いね……」
当の本人が一番落ち着いているかのように、ウィンドは気丈に振る舞う。
この子は、人前では絶対に弱さを見せないから……!
「まひる! もう限界だ! 一旦引いて両腕を――」
「まひるちゃん! このままじゃ風子がッ! いやだあぁ……ッ!」
「…………ッ」
アースだけが無言で歯を食いしばり、その場を微動だにしなかった。
「やめてッ! この子は、誤差なんかじゃない!」
ようやく、声になった。
「あなたは間違ってない! ただ、他のやり方があるのをまだ知らないだけ! だから、ウィンドを、離して……? もう、誰も――」
理解が思考に追い付かない。
口が震え、呂律が回らなくなる。
ただ、この子たちを再び失うことだけは、どうしても――
『例外因子を放置すれば、世界の安定性は保証できない』
ぐちゃぐちゃの頭であたしは考える。
まだ、天照に文句言うのは早かったのかな?
自分のことだってしっかり出来てないくせに、棚に上げてさ。
気の置けない同僚たちとストレスなく働けて、週末には好きなことやって、それでいいと思ってた。
恋も結婚も、考えないようにしてきたけど、結局それは“逃げ”で……。
だから、こんな形で現実が襲い掛かって来た時、あたしは急に動けないんだろうな……。
天照は優しい。
天照は正しい。
天照は世界を護ろうとしている。
でも――
その正しさは、みんなを消してしまう。
それは、どうなの……?
それは、あたしの《世界》の中で、どうなの――
「それは違う」
あたしはウィンドの手を取り自分の元に手繰り寄せ、消えそうな体をそのまま抱きしめる。
この“温度”が、あたしを“あたし”のままでいさせてくれる!
あたしは目の前の白銀の電神をまっすぐ射貫くように見据えた。
「天照――あたしは、あなたを否定する」
「魔力、全スラスターに集中! 戦術機動ッ!」
アースの掛け声と共にダイタニアが軽やかにバックステップをする。
先程までいた場所に天照の重い一撃が降ってきて地面を陥没させた。
距離を取ったからか、天照の集中が切れたからか知らないが、ウィンドがまたハッキリと輪郭を取り戻し始めた。
コクピットの中に瞬時に歓喜の声が湧く。
あたしはもう一度ウィンドを抱きしめてから、苦しげにする彼女を解放した。
両腕は、直さなくていい……。
天照を倒したいわけじゃない。
天照を憎んでいるわけでもない。
それでも拳を向けるのは――
「あなたの世界に、あたしたちがいないことを否定するために、あたしは……ッ!」
『相変わらず、理由のわからないことを言うッ!』
天照の拳がダイタニア目掛けて振り下ろされた。
この拳は天照が投げ掛けた問い!
なら、避けてなんかやるもんかッ!
「脚部硬質化! 魔力潤滑よし!」
「ブースト、任されたッ! 来いッ!」
「対ショック防御も、大丈夫だよ!」
天照の拳を、ダイタニアは飛び膝蹴りで迎え撃つ。その膝に、巨大なドリルを生成して――
あたしとアースの声が重なった!
「「《ドリルクローラー》!!」」
押し込んでくるパンチと、削り取ろうとするドリル――周囲の空間が一瞬歪むほどのエネルギーが火花を散らしてぶつかり合う。
「消させないッ!! この世界も……あたしの世界もッ!!」
【次回予告】
[まひる]
あなたがこの世界を護りたいように、
あたしにも護りたいものがある。
だから、
いえ――それは多分……
次回!『超次元電神ダイタニア』!
第八十九話「死兆星は視えない」
あたしは、失敗した……
――――achievement[初撃]
※まひるが《天照》へ触れた。




