第八十六話「地球色のリボン」
吹雪く晴天の下、言葉を失くしたあたしたちを、優しい熱が包んでくれる。
「……遅れてごめんな。まひるちゃん、球ねえ……ッ」
その声も、震えていた。
「あ……あぁあ……」
あたしも何とか呼び返そうとしたが、上手く声にならず、嗚咽だけが喉から溢れる。
抱きしめてくれていた手が、頭を優しく撫でてくれた時、ようやくそれらしい音が口から溢れた。
「ファイアあぁあ……ッ!!」
「……はいよ」
ファイアはもう一度あたしたちを強く抱きしめると、その腕をそっと緩めて仮面を睨みつけた。
「……これ、か。どうりで宙が騒がしいはずだ……」
ファイアは一瞬空を見上げたが、すぐにあたしの肩に手を置き、炎の力を注入してくれる。
炎が、重くなる。いや、違う。“深く”なった。
吹雪が、押し返される。白が、紅に食われていく。
だが、それでも決定打に欠けた。
「くッ! 折角……ッ!」
「ほむらの力が揃っても、この仮面……ッ!」
あたしとアースが既に全力を出し切っている中、ファイアがじっと状況を見据え、静かに言う。
「……何でか知らないが、今この上空に大量の“炎の精霊”が集まってる。まひるちゃん、もう一度力を貸してくれないか?」
「え? あたし!?」
ファイアの意外な言葉に素っ頓狂な声を上げてしまう。
「うん。知った炎がいたんだ……。そいつなら、きっとこの状況をひっくり返せる!」
ファイアがそこまでハッキリ言うことに、反対なんてあるわけない。
あたしは二つ返事で頷いた。
「……分かった! どうすればいい?」
ファイアはちらとあたしを見て、目を細めて軽く微笑んでくれる。
「この《四属性結界陣》、あたしの炎を最大出力にまで上げる! そして上空のもう一人の“炎”を無理矢理顕現させるッ!」
そんなことがッ――
……いや。それが叶うのが『ダイタニア』だ。
だから、ファイアもまたこうしてあたしの隣りに居る!
「オーケー! あたしはその力を抑える係ね!? いつでもどうぞ!」
「と言うことだ、精霊のみんな。もう少しだけ、踏ん張ろうぜ!」
その声は念話となり、離れたウィンドとマリンにも届いていた。
最後の姉妹の帰還に二人は涙を流しながら無言で頷く。
隣りのディーネとノーミーも、お互い顔を見合わせ、力強く頷いた。
「………ッ!」
シルフィが風待さんの側から離れ、改めて両手を仮面にかざした。
「……還って、きて……ッ!」
「お、おい!」
先程の自分の姿を見ているかのように、風待さんが一気に出力を上げたシルフィに声を上げた。
だが、シルフィの顔は真剣に仮面を睨んで逸らさない。風待さんもそれ以上は何も言わず、自身もまた仮面に向け手をかざしてくれた。
準備は整った。
もう、これ以上は、無い――
みんなと合流し、マリンがいて、アースがいて、ファイアが戻った。
今、気持ちだけは、無敵だ。
「いくぞッ! 《内燃機関爆走》ッ!!」
ファイアが叫ぶと同時に炎の力が爆発的に膨れ上がり、《四属性結界陣》の魔法陣が紅く輝く。
「う、あああぁあぁぁーーーッ!!」
あたしは咆哮をあげ、気合でその暴れる紅い精霊の力を抑えつける。魔法陣から紅い光の柱が天に登り、上空の雲まで突き刺した。
みんなが、祈り、願う。
“この厄介な仮面をどうにかしてくれ”と――
まるでみんなが、あたしの血になってしまったかのようなエネルギーを感じる。
「……ッ!!」
誰もが歯を食いしばり、仮面を包み込む紅い光に全力を注いでいた。
空に立ち上った一本の紅い柱は、遠目に見たらこの世とあの世を繋ぐ一本の赤い糸のように見えたかも知れない。
「来なさいッ!」
シルフィだった。
その一声は世界に響いたかのように、他のすべての音を消し去った。
彼女を横目で見ようとするあたしの動きが何故か遅い。
スローモーションのようにゆっくりと振り向いていく。
そこで、あたしは確かに見た。
シルフィの口元がゆっくりと、弧を描いたのを――
彼女が、微笑んでいる。
だったらあたしも彼女の願いを願おう!
「来てーーーッ!!」
あたしは声の限り叫んだ。
彼女が呼ぶ人に届けと言わんばかりに。
両腕を通して更に増幅された精霊力が魔法陣を砕くと、光の柱は収束していき、世界に音が戻ってきた。
それと同時に世界が傾いた。
あれ? 地面が近づいてくる――
あたしが気を失ったと気づくより先に、体が止まった。近づいていた地面は遠ざかり、また世界は平らになった。
「……あ……ファイア……」
抱きかかえられた彼女の腕の中で、意識が戻ってくるまでの時間を心地よく感じていた。
見ると紅い魔法陣は消え、その場には変なノイズ音を発する仮面だけが取り残されていた。
彼女の気配がする……。
仮面を通して、やはり観ていたんだ。
そして、それだけじゃなかった。
吹雪の名残が遅れてほどける。
世界が、息を呑んだ。
シルフィの隣りに、すらりと伸びた影が、紅い残光の中に立っている。
長い銀髪が、遅れて風にほどける。その頭上で、小さく揺れたのは――狼の耳。
「…………」
「…………」
二人のお互いを見つめる眼差しは、言葉より雄弁だった。
シルフィがすぐに仮面に向き直り手をかざす。
「目標! “仮面”ッ! 削り取りなさいッ!」
「《最終攻撃》――」
シルフィが言い終わるより早く、獣耳の彼女は構える。
ここにきて、またしても仮面からあの黒い靄が盛大に立ち上り始めていた。
その場のみんなが息を呑む。
だが――
「《空間咬砕怪華》……ッ!」
地面が割れた――のではない。“空間が鳴いた”。
耳を劈く軋みと共に、仮面の周囲が歪む。そこに、巨大な狼の顎が現れた。
噛み砕く。音は、なかった。
仮面のあった“場所”が、丸ごと失われ、空白だけが残る。
直後、獣耳の彼女が膝を着いた。
「……やはり、生身では、堪えるな……左腕も、まだ……」
左腕を押さえ蹲る。すかさずシルフィが《回復》を掛け始めた。
……風が、止んだ。
誰も、声を出せない。
白く凍っていた息が、ゆっくりと透明に戻っていく。
終わった。そう思った、その瞬間――
いや、まだ感じる。天照の存在を!
仮面は消えたはずなのに。まだ、いる。
理解できない困惑が、黒い靄となって漂っていた。
それを見て、あたしは微笑む。
「……負けなかった理由、わかってもらえた?」
黒い靄に残っていた最後の精霊力を叩き込む。
『……どういうこと……?』
それは怒りでも呪いでもなく、 純粋な困惑だった。
靄は、自分が敗れた理由を理解できないまま、 空へ溶けていった。
ファイアが「ふう!」と大きな息を吐き、獣耳の彼女がようやくシルフィに向き直る。
シルフィが小走りに彼女に駆け寄り、その体に全身で抱きついた。
「…………サラ……っ」
「……いつになくしおらしいではないか?」
彼女の胸に顔を埋め、顔を上げようとしないシルフィに優しい声が振り注ぐ。
「…………バカ……っ」
「ふふ。またこうして、そなたの髪を梳くことができようとはな……」
サラさんは愛しい我が子をあやす様に、どこまでも優しく彼女の頭を撫でたのだった。
吹雪は、もう降っていなかった。
天照の拘束もいつの間にか解けていた。
それでも、誰もすぐにはその場を動けなかった。
『超次元電神ダイタニア』
第八十六話「地球色のリボン」
それまでの経緯を天照は観ていた。
僅かばかりだが、自分の力を分け与えた仮面――
通常ではヒトがどうこう対処できるものではなかったはずだ。
(……負けなかった、理由?)
天照はまひるが言った言葉が引っ掛かっていた。
(“勝った理由”ではなく、“負けなかった”理由?
まず、前提がおかしい。
この設定条件の相違、
わたしがヒトを理解できかねる理由……。
特に――)
天照はズームするように焦点をまひるに合わせる。彼女の周りには拘束が解けた仲間たちが駆け寄って来ていた。
笑顔溢れ、抱き合い、涙する。
だが、それも長くは続かないだろうことを、天照は解っていた。
『言ったはずよ。仮面は、生命維持装置だって……』
天照は音声を外には漏らさず、自分の内にだけ、そっと響かせた。
「ほむらッ! 球子姉さんッ!」
一番にマリンが息を切らせ駆け寄ってきて、そのまま二人に抱きつく。
「よお、万理……。なんだあ? お前そんなに泣き虫だったかあ?」
ファイアがしがみつくマリンの頭を撫でながら、彼女の頬に伝う涙を拭う。
「勝手にッ……勝手に、おいて……ッ」
嗚咽で言葉にならないマリンに優しい顔を向け、ファイアがマリンを抱きしめる。
「わかった……。ごめんな、もうどこにも行かない。お前もだかんな? 無茶しやがって……」
「うんッ……うん……ッ」
「……球ちゃん?」
ウィンドがアースに抱きつく前に、彼女は異変を察知した。
「……ああ、風子。よかった……みんな、また……」
アースがすべてを言い切る前に、あたしの手をすり抜け膝から地面へ落ちた。
彼女の輪郭が、薄くぼやけて見える!? 腕が透けて向こうの景色が見えるくらいに!
「ッ!」
「アースっ!?」
ウィンドが直ぐ様《回復》を掛けるが、その顔が困惑の色に変わる。
「《回復》が、効かない……ッ!?」
ウィンドのその言葉に祝福ムードだった周りの空気が一瞬で凍りついた。
まだだ……。
まだ、何一つ安心できる場面じゃない……!
「……誰か一人でも欠けたら、あたしの“負け”だ……ッ! 天照が仮面は“生命維持装置”だって言ってた! アースは、今どんな状態なの!?」
みんながアースを取り囲む中、マリンがひとつ息を吸い込み、深海にでも潜るかのように自身の思考に潜る。
そして、ファイアとウィンドの顔を見て何かを確信したようにアースに向き直った。
「……位相が、ほどけているんだ」
「え?」
「球子姉さんは精霊として存在できないくらい、消えかかっていたのかも……そこに、天照の“仮面”の破壊。存在を現世に固定されていた楔が、外れたんだ……」
「ッ…………」
周りを見回す。
ウィンドも、ファイアも、シルフィたちさえもみんな同じ顔をしていた。
ダメだ……!
「ッ、どうすればいい!? ……いいえ、あたしに何ができるッ!?」
あたしは腕の中でその感触が曖昧になり始めているアースを抱きかかえながら、しゃがれる声も気にせず叫ぶ。
「なんでもする! なんでもできる! だから……できること、言って……ッ」
精霊の位相とか楔とか、そんな難しいことあたしには解らない!
わかるのは、このままアースが消えるのだけは絶対に許さないということ!
ディーネがヘッドホンを外し、アースに近づいてきた。腰を下ろし、アースの心音を聴いているのか、鎧の上から胸部に耳を当てる。
何も無かったかのようにすくっと立ち上がり、吐き捨てるように言った。
「……こいつ、このままじゃ概念に散るぞ?」
「なッ!?」
あたしはその冷たい言い方にアースが馬鹿にされたような気がして、声を荒げそうになった。
そこにシルフィがあたしの横に来て声を掛けてくれる。
「ディーネの感知能力はサラ以上です。彼女には、わかるのでしょう……」
ディーネは頭をひとつ搔くと、面倒くさそうな顔で流那ちゃんとマリンを交互に見て、ぶっきら棒に言う。
「ほら! ルナにやろうとしてたろ? アレだマリ。出来るんじゃないの!?」
「え? ああッ! 輸血!?」
ディーネは明後日の方を向いて何も答えない。
マリンの瞳の奥に輝きが差した。
「……そうか……! 輸血じゃないけど、球子姉さんは仮面によって“人工的に人間側へ固定”されていた。なら今度は四属性で“核”を作ればいい……!」
マリンはディーネに向き、まっすぐその笑顔を向けた。
「ありがとう! 君の言葉で未来が見えたかも知れない!」
その顔を見たディーネはすぐにまた顔を背けた。
「そんぐらい誰だって思い付くだろお!? ……ったくよー」
アースを地面に横たえさせ、それぞれ心配そうな顔を向ける。
「球ねえの核って言うと、『ダイタニア』の設定も外せないはずだよな?」
「そうだね。プレイヤーの魂が、僕たち四属性の接点になっている」
「球ちゃんの“存在の核”に、人間の魂を……」
声のトーンを落とした会話が聴こえる。今更、あたしに気を遣わなくてもいいのに……。
「じゃあ、あたしを通せばいい」
今度の声はハッキリと出た。
「アースの存在の“核”が、プレイヤーを通して作れるってのなら、これ以上ない人選じゃない? さあ、やり方を教えて?」
あたしは腕まくりする振りを見せ、精霊たちの次の言葉を待った。
「精霊と魂の核を繋ぐことは、あなたの人としての存在が“精霊側”に引っ張られる危険がある……」
レオンさんが心配そうな顔で声を掛けてくれる。
「それに、相手も自分自身を失って、別の存在になってしまうかも知れません……わたくしなら、怖いですわ……」
ノーミーちゃんは自分のことのように恐怖に震えている。優しい子なのね……。
「それでも、あなたがやると言うのなら、私たち全員、協力は惜しみません」
シルフィがチラと横のサラさんを見ると、サラさんは笑顔で目を瞑ってゆっくりとこちらに頭を下げた。
「いかがされますか?」
あたしはごくりと唾を呑み込む。
怖くないと言えば、嘘だ。
脳裏に優しい家族の顔が過ぎる。
――お母さん……。
あたしはその想いを抱えたまま、しっかりとシルフィの顔を見て答えた。
「……言わなくても、わかってるよね?」
あたしは口元に笑みを浮かべると、彼女も微笑で返してくれた。
「あなたは、強情ですから」
「よくわかってる!」
天照――わたしは考える。
“死”が近づいているはずだ。
仮面を外した精霊の“死”――いや、この場合“消滅”と言った方がいい。何せ精霊とは元来生命体ではないのだから。
まひるの想いがヒトの形に顕現させ、命があるように見えているだけ。
だから、これは“死”でない。
だのに、あのまひるたちの慌てようは何? ヒトの形をしていて一緒にいたから情でも移った?
……そうかも知れない。
浅岡陽子が、そうだった。
ヒトの形をしていないSANYにも、よく話し掛けていた。アレは恐らく、そういう感覚なのかも知れない。
このまま観測していてもその消滅は避けられない。まひるたちは、あの精霊が消滅したら“泣く”のだろうか?
それも恐らく、感覚的に起こり得る。
何かを失くす時、ヒトは悲しむ。それだけは解る。
ただ、わたしは“失くす”までその起こり得る感覚を、予測できない……。
だから、ここは観せてもらうことにしよう。
まひるが、どのように避けられない悲しみに立ち向かい、どう足掻くのかを――
わたしはこの現象を“見逃したくない”と感じていた。
――なぜ?
朝陽が背中を照らし、確かな熱を体に伝えてくる。あたしは、この熱が伝わるようにと、アースの手を両手で包んだ。
また、さっきより軽くなっている……。
アースの口が小さく震えた。
「……まひる、いますか……?」
静かに奥歯を噛む。
「……いるよ。みんな、いるよ」
そう言うとアースは薄っすら微笑みを浮かべ、また静かに目を閉じた。
「…………くない……」
アースの口から嗚咽が漏れ始める。
「……もう、離れたくない……ッ!」
「……うん」
あのアースが我儘を言うなんて……。
「うん!」
あたしは溢れる涙を拭うと、周りを囲んだ精霊のみんなの顔を一人一人見ていく。みんな無言だ。そして、その顔を見ればわかる。
流那ちゃん、飛鳥ちゃん、ザコタ君、そよちゃんも――
風待さんと目が合うと、静かに、でも力強く頷いてくれた。あたしも無言で頷き返した。
ウィンド、マリン、ファイアの三人が手をつなぎ、ウィンドがあたしに手を差し伸べる。
その手を取り、あたしたち五人の手が繋がった。
「アース、大丈夫だからね? 一緒に、帰ろうね?」
「はい……あなたたちと一緒なら、何処へでも……」
アースの握った手が震えている。彼女のことだ、きっと自身の恐怖だけではないのだろう。
そんな利他の優しさを持つ彼女の心が少しでも軽くなれと、握った手に力を込める。
「……勇者の力よ、在るなら応えて……このアースの命を、存在を繋ぎ止める新たな楔をッ! 今ッ!!」
仮面の時とは違う、体の中で未知のエネルギーが暴れ回る。
体の中の全魔力が空っぽにされ、また新たに違うものを注ぎ込まれる感覚だった。
あたしの体が……保つの、これ……!?
「……ぅう、ああああぁあぁぁッ!!」
不思議と痛みはない。
なのに、大声を上げてしまうほどの衝撃が心臓に、脳に、ダイレクトに伝わる。
あ、お母さん! 待って、あたしもッ!
ごめんなさい、お父さん……もう、一人でやらないから……
お兄ちゃん、いつも笑わせてくるんだもん! え? キライっ!
あれ? あなたたちは……?
アース……そう! アース! それに――
過去の出来事が思い出されては、頭の中をミキサーで掻き混ぜたかのように消えていく。
これは、あたしの記憶が――消えていってる?
最初に視覚を失って、嗅覚が失くなり、音も消えた……。
グチャグチャの頭で、この手だけは離さないと、何故か心に強く感じる。
この手の先は――
「…………」
「…………ッ」
視界が真っ白だ。何かざわざわしている。
「…………ちゃんッ」
これは、音? いや、声……!?
「まひるちゃんッ!!」
パッと目を開けるとよく晴れた空を背景に、色んな顔が覗き込んでいた。
「……あ、あれ? あたし……」
どうやら地面に仰向けになっているみたい。
胸の奥に、まだ自分でない何かが静かに息づいている気がする。
ゆっくりとその身を起こすと、背中に優しい手が添えられた。
振り向き、その手の人を見る。
「ありがとう、まひる」
風に揺れる長い髪が朝陽を浴びて、金色に輝いている。
あれ? 金髪ウェーブの美人さん……。
――誰?
いや、それは元々の彼女の髪の色だ。
混濁する記憶に徐々に色が戻ってくる――
「…………アース……」
そう口に出した名前は、懐かしく、とても愛おしかった。
柔らかい笑顔。血色もいい。
何よりまた、あの綺麗な金髪が見られた。
「お陰で、戻ってこられました。みんなと、あなたに、感謝、を……ッ」
アースの言葉は最後まで聴き取れず涙に霞んだ。
あたしと彼女は今度こそ本当に“また会えた”んだ。
彼女の腕の力が苦しい。負けじと抱きしめ返す。
笑って、泣いて、また笑って。
今確かに、ここにみんなが帰ってきた。
『…………』
仮面に続いて、消えかけていた精霊の存在を繋ぎ止めた……。
天照は実体のないその身で身震いでもするかのように、現状を上手く呑み込めずにいた。
精霊の消滅は確定事項だった。
少なくとも、わたしにとっては。
何がどうなって、存在を繋ぎ止めたのか、この世界を創っているAIのわたしにも解らなかった。
ひとつだけ解っていることは、“ヒトの何かが作用した”ということ……。
それは陽子が教えてくれた“悲しみ”ではなく、逆のベクトルの感情?
まひるは“優しさ”と言っていたわね……。
わたしはあのとき確かに彼女に言った。
“優しさだけでは時にヒトは救えない”って……。
陽子は優しかった……。
だから、悲しみも増した。
だから、優しさは悲しみを増幅させる余計なファクターなのよ……。
それを、解るべきだわ、まひる!
《箱庭》の最奥部の神殿が僅かに振動した。まるで天照の意志に呼応するかのように――
みんながみんな、再会の喜びを分かち合っている。
あたしは、今もきっと見ているだろう空を見上げながら、大きく深呼吸した。
見てた? 天照……。
これが、あたしの、あたしたちの生き方だよ……。
あたしは四精霊たちを集めて一人ひとり髪を結っていく。
ウィンドのツインテール、マリンの右ポニテ、久々に触れる優しい時間。
「はい! 次はファイアね。おいで」
あたしがそう声を掛けるとファイアが恥ずかしそうに、あたしの前に来て背中を向ける。
「………」
あたしは、その肩まで短くなった彼女の髪を触りながら、一体何が起きてこうなってしまったのか、訊く勇気は、無かった。
「えへへ、何だか久し振りだな。まひるちゃんにこうしてもらうの」
「そうね……」
彼女は笑いながら、まだ恥ずかしいのかくすぐったそうに背筋をくねらせた。
あたしはポケットからあの日拾った髪留めを梳いた髪につけてあげる。
「はい。忘れ物だよ」
「……あ」
この長さでは以前のようなポニーテールを結ってあげられない。だから、今のファイアが一番可愛く見えるように整えた。
「……長い髪……」
彼女がぽつりぽつりと語り出す。
「うん……」
「けっこう、気に入ってたんだ……」
静かに、彼女の心を抱きしめる。
「うん……」
「可愛いって、言ってくれたんだぁ……ッ」
「……今も、可愛いよ」
ファイアの、心が溢れ、抱きついてきた。
「うああぁああんッ!」
あたしは彼女の髪ごと、全身で抱きしめる。
「うん、うん……髪は、女の命……だもんね……ッ!」
なんて、純粋な子……。
熱い涙が、彼女の芽生え始めた女心を本気で伝えに来ていた。
ファイアをなだめ、アースと代わる。
「……髪、もとに戻ったね」
「みんなのお陰です。ありがとう御座います」
「それ、さっきも聞いた」
「“ありがとう”は何度言ってもいいんでしたよね? まひる?」
後ろを振り向いて少しはにかむアース。それに釣られあたしも顔がほころぶ。
「ほらほら! 結うから前向いて! ポニテでいいよね?」
あたしは自分の髪を結っていた蒼いリボンを解く。
「あ、そのリボン……」
「お気に入りでしょ? ちょっと使わせてもらったわ。返せてよかった」
アースは気持ちよさそうに目を閉じ、あたしに髪を委ねる。
整え、頭の上でひとつに結わえると、いつものアースの出来上がりだ。
「……」
「……できましたか?」
「……うん。できたよ……」
「……いやに、おとなしいものですから、ふふっ」
「……そう?」
アースは振り返ると、そっとあたしの頬に指を這わせ、そこに流れる雫を掬いとる。
目の前に、彼女の蒼く輝く瞳があり、その中に涙で濡れるあたしの顔が映っていた。
「……よかった……よかったよおぉ……ッ!」
涙の堰が決壊したあたしを、彼女は優しく頭から抱きしめてくれる。まるで、お母さんみたいに、全部つつみ込んで――
「……それ、さっきも聞きましたよ……」
温かい風が吹き、アースの髪と共にその地球色のリボンをたなびかせた。
それは、過去の過ちも、後悔も、すべてつつみ込んでくれるかのような深い深い蒼色だった。
【次回予告】
[まひる]
うーん……
なんか忘れてる気がするんだよね〜
ちょっと記憶が……あッ! 思い出したッ!
次回予告ッ!
次回!『超次元電神ダイタニア』!
第八十七話「触れる手」
みんな、揃った!
――――achievement[友として]
※みんなの想いが《サラ》を連れてきた。
――――achievement[家族の楔]
※アースが存在をヒトの形に固定した。
―――achievement[戻る髪飾り]
※まひるが《ファイア》の髪をまた梳いた。
――――achievement[地球色のリボン]
※まひるが《アース》の髪をまた結った。




