『ゴーレムマスター』
「リーデル、マリアーノちゃんを抱えて先に行け! 早く早く早く!」
「はい!」
「きゃっ!」
リーデルがマリアーノちゃんを脇に抱え、地下に続く階段を下りていく。
すぐにオレも続く。
狭い入口に向かい、頭を低くして潜り込む。
入口で右肩をこすり、左肩を壁で引きずり、四苦八苦して全身を地下階段へと滑り込ませた、次の瞬間。
「ガウッ!」
「うおっ、あぶなっ!」
クリスティーナの口が真後ろで閉じられた! まさに間一髪。ケツをかじられる所だった。
「坊ちゃん、大丈夫ですか!?」
「かなりヤバかった! まだケツは二つのままだ!」
「もうっ! そんな汚い言葉! 子供の前ですよ!」
オレは背後に向かって、なだめるように声をかける。
「クリスティーナ、お前の相手は追加のエサを持ってきた後だ。本当のお前は優しい子なんだ。きっと腹が減ってるだけだよな?」
そうあって欲しい。
満腹になってもコレだったら、あのお嬢からは追加報酬マシマシにしてもらわんと割が合わん。
今も頭だけしか入らない地下入り口に首まで突っ込んで、ガウガウとオレを見ている。
「よし、リーデル。このまま先に進むぞ」
「どこにつながっているのでしょうか?」
「クリスティーナの胃袋よりマシな行き先だろ?」
後ろで吠え続けるクリスティーナを置いて、オレたちは先に……あれ? なんか唸り声がさっきから近いような?
振り返ると。
「ガウッッ!」
「うおおっ!?」
首しか入らないはずのクリスティーナが、少しずつだが階段通路に潜り込んでいた!
その白い巨躯を天井と壁にすりつけながらも、ジワジワと迫ってきている。
猫は頭が入れば体も通ると聞いた事があるが、虎もネコの親戚みたいなものだった!
「リーデル! オレのケツがまたもピンチだ、急げ!」
「もうまた……って! マリアーノちゃん、急いで!」
オレの肩越し、背後からクリスティーナのデカい顔と牙が迫っているのを見て、リーデルが声をあげた。
「虎さん! パパ! なでなでしてみたい!」
「あーとーでー!」
オレは先頭のマリアーノちゃんを声で急かす。
「くっ、ぬっ、いててっ!」
二人を追いかけるオレも頭を低くし、中腰のまま急ぎ足になるが、とにかく狭いし低いしツライ。
何度も頭をぶつながらも、後ろからゴリゴリと土壁を削って迫ってくるクリスティーナから逃げる。
最初に少しばかり階段を降りた後、あとは一直線の道が先まで続いていた。
地下の暗闇には、ところどころに埋め込まれた光る石が道しるべになっている。
「へぇ、こりゃまたスゴい。師匠……いや、エリー先生が興味を持ちそうだな」
ほんのわずかだが魔力を吸われている感覚がある。
魔力を持った者が通れば、それを吸収した魔石が反応して光るって仕掛けか。
「フランソワが作ったのか。石の扱いが得意って言ってたもんな」
仕掛け像や勝手に開く石碑も全て石製だったな。たいしたもんだ。
「坊ちゃん、これはすごいですよ! マナ吸収の仕組みはダンジョンコアの研究が進む今も解明されていません! それを人為的に再現なんて!」
魔道具技師の卵のリーデルが興奮している。よほどの技術なのだろう。
だが、今はそれよりなにより。
魔石の輝きに照らされ、背後から迫ってくるクリスティーナの顔が近い近い近い!
「話はあとだ! この先はどうなってる!?」
「ええと……うっすら明かりが見えます! 出口が近いかと!」
必死で走り続けたオレたちは、ついにその光の元へたどり着く。
「い、行き止まり!?」
「何だと!?」
確かにそこには壁があった。
だが、うっすらと光が透けている壁だ。
「二人とも、場所を開けろ!」
オレは二人の後ろからなんとか足を蹴りだす。
光が漏れる壁に渾身の力で蹴り込むと。
「うおっ!?」
予想よりはるかに柔らかい壁を蹴破った。
派手な音とともに壁だった破片が向こう側に散乱する。
「坊ちゃん、ここは地下の酒蔵です!」
空いた穴から向こうを覗き込んだリーデルが叫ぶ。
「……抜け道か!」
有事の際の脱出口だったか。実に貴族の家っぽい。
と、なるとさっきの壁は例の偉そうなオッサンの肖像画だろう。
確か、あそこだけ陽が当たっていたから光が漏れていたのか。
オレが最初に地下室でこの絵を見た時の違和感、その答え合わせができた。
偉い人っぽい肖像画なのに地下室に飾られていたのは、破ってもいいような相手だからか?
フランソワの過去から憎い相手の一人や二人もいそうだし、その中のお偉いさんと言ったところか。
「よし、全員ケガはないな?」
最初にリーデルが降り立ち、飛び降りるマリアーノちゃんを受け止める。
最後にオレが飛び降りて二人の姿を確認する。二人とも土埃にまみれているが、ケガをしてる様子はない。
屋敷には戻ってこられたが、それはそれで問題が一つ。
このままだと、今度は屋内でクリスティーナと鬼ごっこの再開だ。
どこに逃げる? 応接室に立てこもる?
いや、あの巨体だ。薄いドアなんて簡単に破られる。コアで扉を強化するのが手っ取り早いが……。
「ガゥウウ!」
穴の向こうのすぐそこまでクリスティーナは迫っている。
この場は逃げおおせたとしても、屋敷の中に潜まれたら厄介だ。
……くそっ! やるか!
「リーデル! マリアーノちゃんを抱えて玄関ホールに向かえ!」
「は、はい!」
二人が地上への階段に向けて走りだす。
オレは近くにあった酒樽を肖像画があった穴へ投げ込む。
「遠慮するな、良い酒らしいぞ!」
手近にあった樽を手当たり次第に穴に向かって投げ込み、少しでもクリスティーナの足止めをして二人を追う。
「坊ちゃん、虎は!?」
「一杯ひっかけてる所だ! 今のうちに距離を離すぞ!」
リーデルたちを追い抜き、オレが先頭になって階段を駆け上がり、重い扉を下から勢いよく開けて道を拓く。
「先に行って玄関扉を開けてくれ!」
「は、はい、坊ちゃんは!?」
「ヤツを誘導する! いいから行け! 扉を開けたら庭に出ていろ!」
駆けだしたリーデルの背中を見送りつつ、そぉっと地下の様子をうかがう。
ドコンバコンと威勢のいい音が響いている。
木製のタルが壊れる音だろう。
それが止めば、次にやって来るのは。
「ガルルルッ!」
酒蔵に降り立ったクリスティーナはオレたちの姿がないと知るやいなや、すぐに地上につながる階段を見つけて駆け上がってきた。
「お転婆なお嬢様だな。追いかけっこが好きなんだろ? もう少しつきあってやるよ!」
オレは入口で何度もかじられそうになった尻を見せつけ、クリスティーナを誘う。
六本の足は伊達ではない。あっという間に階段を駆け上がってくる。
自分の足でからまってコケればいいのに、という願いはやはり届かなかった。
「速い速い速い!」
予想以上のスピードに、尻と余裕を見せていたオレは身をひるがえして玄関へ向かう。
ロビー大階段の陰にある出口から飛び出し、玄関ホールへ走り込む。
「ガゥゥウッ!」
すぐ後ろから激しい足音と唸り声。
「リーデルは……よし!」
大きく開かれた扉とリーデルたちの姿がない事を確認し、オレは全力疾走して外を目指す。
「ガウッ! グルルッ!」
背後から荒い息をかけられているような中、必死で懸命に足を動かす。
玄関から出れば! とにかくあそこにたどり着けば!
オレは開かれた玄関まであと三歩という距離で踏切り、空中を泳ぐようにして文字通り玄関から外へ飛び出した。
「ガウウウッ!」
オレを追って飛びかかって来るクリスティーナ。
中空で、その口、その爪がオレに届く寸前。
「はい、オレの勝ち」
「ガウッ!?」
巨大な腕が伸び、クリスティーナを空中でわしづかみにした。
玄関横で日干し待機していたシャーリーンだ。
「さすがシャーリーン。やっぱりゴーレムはパワーとウエイトだよな」
決して栄光号が決して劣っているわけじゃない。
だがオレのゴーレムに対する原風景は、やっぱり大きくてゴツいシルエットだ。
「ガウッ! ゴォオオ!」
もがくクリスティーナだが、捕まえているシャーリーンの腕はビクともしない。
「よし、シャーリーン。あまり乱暴にはせず、押さえておいてくれ。首輪をつける」
シャーリーンはその太い指で器用にシャーリーンの動きを抑え込む。
「ガウッ! ガウ、グルルッ……」
どうあっても力では勝てないと悟ったのか、次第におとなしくなるクリスティーナ。
「ジッとしてろ……良し」
オレは巻いた首輪の留め金を何度も確認してから、首輪から手を放す。
そして。
「クリスティーナ……お手」
「グルル……」
六本のうちの一本の腕に向かって、オレは手を差し出した。
すると、あっけないほど素直にクリスティーナが手を乗せてくる。
従属の首輪の効果もあるだろうが、シャーリーンに対して頭を垂れるという雰囲気だ。
そしてシャーリーンの上にいるのがオレと本能で悟ったのだろうか。
動物は力による上下関係に絶対だ。
さきほどまでと違い、歯をむき出す事すらしなくなった。
とはいえ、用心するに越したことはない。
「リーデル、追加のエサを頼む。腹がふくれれば可愛げも出るだろう」
その後、リーデルが追加のエサを持ってきた所、ガッツガッツと食い続けた。
肉食系は燃費悪いもんな。よくわかるぞ。
数日食わなきゃそうなるのも仕方ない。
ようやく腹が満ちたのか、ゴロゴロと鳴き出したと思ったら昼寝を始めてしまった。
「パパ、虎さん撫でていい?」
ずっとおあずけをさけていたマリアーノちゃんが、辛抱たまらずと言った顔でたずねてくる。
アレだけ凶暴な姿を見て、よく撫でたいと思えるな。
「起さないようにそっとな、そっと」
「はーい!」
クリスティーナが目覚めそうな元気いっぱいのお返事とともに、横たわった巨体に駆け寄る。
毛皮だけは見事なその背中を、おずおずと撫でるマリアーノちゃん。
するとクリスティーナの目がパチッと開く。起きてやがった。
「……」
「……」
オレとリーデルの保護者組は、何が起きても対処できるように身構える。
シャーリーンもそばで待機中だ。
しかしクリスティーナはマリアーノちゃんに対し。
「ニャア」
と眠たげな声を上げて、再び眠り始めた。
「大丈夫そう、だな?」
「大丈夫そう、ですね」
オレたちは顔を見合わせ、ようやく安堵のため息をついた。
これで三匹目、いや三頭目か?
残りは黒猫のみとなった。




