『首輪の付け方』
「ガゥゥゥウ! グルルルルッ……」
目の前には半身を氷漬けにされてなお、お転婆アピールをしているクリスティーナがいる。
マジで? この状態でアレに首輪をつけるの? いくら四肢……六肢が氷漬けになっていても上半身は動いてるんだぞ。
後ろから首輪をつけようとしても、振り向いたクリスティーナにガブリとやられたらオーガの腕でも持っていかれる。
オレは首輪を取り出し、すがるような目でフランソワを見る。
「なんだ、その目は? まさか私に付けろというつもりか?」
「助かる!」
「助からんぞ。その首輪、見た所魔道具だろう? 付けた者に服従する類の効果だと推察する。それが正しければ私がそれをつけたとして、この屋敷からそれらを連れ去る時にどうするつもりだ?」
この首輪、リーデルは依頼人の魔力が込められていると言っていたが、誰が付けてもいいってわけじゃないのか。
リーデルを見ると「依頼人の魔力を媒介にして、首輪を取り付けた者を一次的に主人同様とする道具です」と補足説明してくれた。
今それを言うか? と思ったが、もともとオレが首輪をつけるつもりだったし、細かい説明を省略してくれたんだろう。専門知識の説明って門外漢相手には難しいからね。
リーデルは自分の説明不足を申し訳ないと思ってしまったのか、今も「魔道具に縫い込められた依頼人の髪を触媒にして、坊ちゃんの魔力の波長を依頼人の魔力と一時的に同一化させ、従属の術式を発動させるもので」と、うんぬんかん説明を続けてくれている。
そのへんでいいぞ。最初の方の説明はとっくに頭から抜けていっちまった。
「リーデル嬢の説明からして、首輪をつけるのは坊主かリーデル嬢となったわけだが。さてさて、坊主は自分が尻込みする仕事を女にさせるのか?」
クックックッと笑うフランソワ。
「答えがわかってて聞くなよ。イジメか? 泣くぞ?」
「男が泣いていいのは、財布を落とした時と犬のクソを踏んだ時だけだ。それ以外の悲しみや苦しみなんぞたかが知れている。虎に首輪をつける程度、失敗したとてせいぜい命を落とすぐらいだ。女を泣かすよりマシだろう?」
「お前の男らしさ、嫌いじゃないぞ。慰めにはなってないけどな」
オレは覚悟を決めて一歩を踏み出す。
後ろから、お気をつけて! とリーデルの声が聞こえる。
うなずいたオレは果敢に。
「栄光号、おさえろ」
と命じた。
オレ自身がやるつもりはないぞ。当たり前だ。
というか、ゴーレムを使ってこそゴーレムマスターだろうが。
栄光号が駆け寄り、クリスティーナの頭を上から押さえつけ……ようとして腕を食われた。
正面から行けばそーなるよな。
栄光号の細い腕は肩近くまで、クリスティーナの口の中だ。
このリーデルボディは要人警護のテストの試供品として師匠が作ってくれたもの。
仮想要人としてリーデルとそっくりに作られている為、本人と同じく腕も足も細い。
だがその華奢な見た目とは裏腹に、相当の硬度を持っている。
腕と一緒にいただきますされているメイド服の袖はボロボロに引き裂かれているが、下からのぞく白いボディが砕ける様子はない。
さすが師匠謹製の禁制品。絶対にまっとうな素材と加工方法じゃないな!
しかしいくら強固で頑丈でも、ウエイトの差はいかんともしがたい。
「ダメか」
かみ砕けないと悟ったクリスティーナは、栄光号の腕をくわえたまま激しく頭を振る。
ブンブンと振り回された栄光号は、そのままの勢いでポーンと放り投げられた。
栄光号がくるくると体を丸めて回転し、軽やかに片足から着地する。
「おお、かっこいい」
オレが賞賛していると、背後から怨嗟の声が飛んできた。
振り返ると栄光号を指してプルプルしているリーデルがいた。
「坊ちゃん! 私のお仕着せが! あれ、高いんですよ!」
クリスティーナの口には、ズタズタに食い裂かれたメイド服の切れ端がある。
「あー、また新しいの買ってくれ。ちゃんと領収書もらってといて」
「坊ちゃんが無茶な命令をするから……って、あっ! ちょ、ちょっと待って! ゴーレム! やめなさい!」
ぶつくさ言っていたリーデルが急に血相を変える。
何か栄光号を止めようとしているが、当然、マスターであるオレの言う事以外を聞くことはない。
「坊ちゃん、止めて!」
「なにをだよ」
と思って、再び栄光号を見ると。
「あー……」
「あー、じゃないですよ! 早くなんとか……あっ、やっぱりダメです、見ないで!」
やぶれかけたメイド服が動きの邪魔になるのか、栄光号が引き裂くように脱ごうとしている。
別に自分が裸になるわけでもないのだが、師匠が完璧に作りすぎてしまった為、本人と同様の造形をしている。
最初、師匠からすっぽんぽんで送られてきた時はビックリした。
「坊ちゃん! 見ないで! 見てないで止めて!」
オレを目隠ししようと背後からピョンピョンしている。
いや、届かんからやめろ。
それにリーデルには申し訳ないが、定期的なメンテナンスで外殻や外装は普通に見ている。
自分の命を預けるゴーレムの保守作業は必須だ。
オレも男だし気にならんとは言わないが、頭を切り替えられる程度にはゴーレムマスターとしての自負がある。
というか、今はそんなことをしている場合じゃない。
「リーデル、後にしろ。今はコレが先だ」
オレは首輪をリーデルに見せ、攻防を繰り返す栄光号とクリスティーナに近づこうとするが。
「ああっ!」
「な、なんだよ!」
「し、下着が! 坊ちゃん絶対に見ないで!」
「お前、なんでそんなもんまで着せてんだよ!」
栄光号のボディはともかく、さすがに下着は直視できん。
バッと後ろを向き、視線をそらすとその先には顔を真っ赤にしたリーデルがいる。
「み、見ましたか?」
「……ピンクっぽいのがチラっと」
「忘れてください!」
「だから、なんでそんなもの着せてるんだよ!」
栄光号にメイド服を着せてたのはリーデルだ。
普段はジャージを着せているが、それは今本人が着ているから交換したんだろう。
だが下着まで着せる意味がない。
すでにメイド服は体にかけられたボロキレ状態で、下からピンクの上下が見えていた。
オレがゴーレムと割り切れるのは、肝心な部分が作られていないからだ。
だが、その肝心な部分を本人の下着で隠した状態は、逆にあるはずのないものが存在するような錯覚を引き起こす。
本来、何もやましい事のない『ゴーレムの素体』状態から、見えそうで見えない『女体のラッキースケベ』状態となってしまう。
そして、そんなシチュエーションにさらされた無垢な男心は、激しい化学変化を起こしてしまう。
「見ないで!」
「わ、悪い!」
引力に惹かれてつい栄光号をチラ見していたオレは、体ごとリーデル(本物)の方を向いて視線を外す。
現状を整理しよう。
噴水の中、氷漬けになっている捕獲対象クリスティーナ。今も激しく咆哮している。
その近くで不可抗力ながらセクシーな恰好になっている栄光号。こちらはクリスティーナから距離をとって待機状態。
自分の下着を栄光号に着せていたリーデルはオレを引き止めている。
そうして顔を真っ赤にしたリーデルに手をつかまれているオレ、だ。
くそ、詰んだ。何もできねぇ!
「何をしているのだ、お前達は」
そんなオレ達の横に歩いてきたフランソワ。手の上で氷の結晶を転がしている。
「確かに夫婦ごっこを頼んだのは私だがな。痴話喧嘩までする必要はないぞ。とっととアレをなんとしろ」
「いや、リーデルがさぁ」
「坊ちゃんが!」
「痴話喧嘩は犬も食わぬし、そこのデカい猫も同様だと吠えている。早くしろ」
フランソワがオレのスネをコツコツと蹴る。地味に痛い。
この状況を打破するのは別に難しい話じゃない。昨日、濡れネズミになったリーデルと同じようにすればいい。
「わかったわかった。蹴るな、痛いから。栄光号、こっちに来い」
オレは自分のジャージの上を脱ぐと、駆け寄ってきた栄光号にそれを投げ渡す。
「ちょいとデカいが羽織っておけ。昨日は本物が着ていたし、腕をまくればお前でも着られるだろう」
「あ、ずるい、それ私の……」
「なんか言ったかリーデル」
「いえ、なんでも」
「なら手伝ってやってくれ」
「はい」
ズタボロになっていたメイド服を手早く剥いで、オレのジャージを着せるリーデル。
何重も腕まくりをして、なんとか腕を出している。
「良し、続きだ。栄光号、今度は正面からじゃなくて、後ろから首根っこをつかむカンジでいこう。これでダメなら別の方法を考える」
そう意気込んだところで。
「坊主」
フランソワが眉をしかめていた。
「なんだよ。今から捕まえるって」
「まずい」
「何が?」
いつも傍若無人な態度のフランソワが眉をしかめている。
「どうした? 腹でも痛いか?」
「マリアが起きる。今まで無理に寝かしつけていたが、もう止められん」
「……起きるとアレはどうなる?」
オレは噴水の中で氷漬けになっているクリスティーナを指す。
「私とマリアが入れ替わった瞬間、氷が水に戻る」
「フランソワ! あとどれくらい起きていられる!?」
「三十秒あるかないか。坊主、決めろ。首輪をつけるか、一時撤退か」
三十秒!?
考える時間もないし、考えるまでもない!
「撤退だ!」
「よくできた、正解だ。下がって失うものはない。だがあと二十六秒で解放される虎には、すぐに追いつかれるぞ」
ならその二十五秒を無駄にしない!
「よし、走るぞリーデル!」
「待て、坊主。この危機を乗り越える手がある」
「先に言えよ! あと二十一秒しかないぞ!」
フランソワが噴水を囲む四つの彫像のうち、杖を持った像を指した。
「杖を持った腕に魔力を込めて押し下げろ。そうすれば――」
珍しく真面目な顔のフランソワだったが、不意にうっすら蒼く光っていた瞳からその輝きが消えた。
そして、二度、三度と、まばたきをすると。
「ふわぁ……」
あくびとともに、柔らかな表情でこう言った。
「あっ、パパ、ママ、おはよう。マリア寝ちゃってた?」
「ウッソだろ、おい! 話の途中だぞ! リーデル走れ、あの像だ!」
「はい!」
「きゃあ!」
オレは目を覚ましたマリアーノちゃんを肩にかつぎ、杖を持った像へ走る。
同時に氷の束縛から解放されたクリスティーナが噴水から巨体を躍らせた。
「栄光号、そいつを止めろ!」
オレが命ずるまでもなく、クリスティーナはその巨体を迷うことなく栄光号に向けて飛びかかっていた。
どうやらクリスティーナもダンスの相手に栄光号を選んだらしい。さんざん蹴られてたからな。
栄光号がクリスティーナの相手をしている隙に、オレたちは彫像にたどりつく。
「杖を持った腕に魔力を込めて下げる、と」
杖を持っている腕に魔力を込めると、ガコン、という音とともに杖を持った腕が下がる。
すると。
「おお、すごい!」
像の足元にあった石碑がバカッと開き、地下に続く階段が現れた!
その中は壁も天井も土壁だが、階段だけは石作りになっている。崩れる事はなさそうだ。
「けど、ちょっと狭くないか。特に幅」
リーデルやマリアーノちゃんであれば問題ないが、オレだとかなりギリギリっぽい。
かがめば進める程度の高さはあるが、横幅はなんとも窮屈そうだ。
「いや、ぜいたく言ってる場合じゃない。行くぞ! 栄光号はそのままバカ虎を……」
引き付けておいてくれ、と命じようとした時。
栄光号はまたも空を飛んでいた。
ポーンと美しい放物線を描き、噴水の中へ盛大な水しぶきをあげて落下した。
「おおう、なんてこった」
「グルルル……」
栄光号への留飲が下がったのか、今度はオレたちに向かって唸りだした。




