『お風呂タイム』
「クリスティーナちゃん、すごいすごーい!」
「ガウ」
すっかりリビングと化した応接室。
晩飯を終えた後、デカい猫と少女が微笑ましくジャレていた。
あれだけ凶暴だったクリスティーナだが、まるで人(?)が変わったようにおとなしい。
今もマリアーノちゃんを背中に乗せたまま、部屋の中を歩きまわって遊んでいる。
これには納得の経緯がある。
捕獲後、応接室に入ってすぐの事だ。
クリスティーナは先輩虜囚の二匹、ヘビとネズミを見つけて近寄ったものの、無下なく鼻っ柱をひっかかれて追い払われていた。
様子を見るに、フェレット、ヘビ、トラ、という序列っぽい。
体の大きさが地位の高さを決めるものでもないようだ。ペットにはペットの世界があるんだろう。
結局、相手をしてくれるのが一方的に自分を撫でまわしているマリアーノちゃんだけと悟り、ずっと一緒にいるようになった。
マリアーノちゃんは大きなペットを飼ってみたかったという願いを叶えられるし、寂しがり屋のクリスティーナも構ってもらえる。
さらにオレとリーデルは子守りとペットの世話、どちらも負担が軽くなる。
実に素晴らしい互助関係だ。
「さて、残りは一匹。親玉の黒猫か。居場所ってわかる?」
「はい、お待ちください」
コアテーブルを占有していた空き皿を端で重ね、リーデルがコアを操作し始める。
マップが現れ『黒猫』とマーキングされた印が屋敷の中で光っている。
「ええと……今は二階より高い場所をあちこちと移動しているようです」
「二階より上?」
この屋敷は二階建てだ。それより高い場所となると?
「はい、梁や屋根裏を行ったり来たりしているようですね」
「猫だしなぁ。不思議じゃない」
不思議じゃないが、どうやっておびき出すか。
「本来はエサを持って名前を呼べば寄ってくるって話だったか」
最初の双頭蛇、アグネスとは散歩中のエンカウント。
次のフェレット、グロリアは見つけた時、すでに酔っ払って寝ていた。
今日、大変な目に合わせてくれた虎のクリスティーナは、飢えすぎてオレたちがエサになる所だった。
最後ぐらい、想定される安全な手順で穏便かつ平穏に捕獲したい。
「どうせ簡単にはいかないよなぁ。幻惑魔法を使う猫だろ?」
資料には幻覚魔法を使うと注意書きがある。その便利さはよく知っているが、敵に回した時の厄介さも想像かつく。
「リーデル。この猫の魔法ってお前なら防げる?」
「……」
「ママ、聞いてる?」
「はい、なんですか?」
目の前でコアをいじっていたリーデルがようやく返事をする。
マリアーノちゃんはクリスティーナと遊んでいるし、そういう時ぐらい融通きかせろと思うが、こういう真面目な所もリーデルのいい所だからな。
「このタマとやらの魔法だ。幻惑系はご同業だろ? お前なら防げるか?」
「どうでしょう。心得があるので耐性はあると思いますが……相性や状況次第で幻惑魔法は非常にかかりやすくなります。時には実力差を覆すほど呆気なく」
どっちの幻惑魔法が強いとか、そう簡単な話でもないようだ。
「相手が望む事ような幻覚であれば特にかかりやすくなります。サキュバスやインキュバスは獲物の喜ぶ快楽を与えて目的のマナを頂戴します。普段の抑圧から解放されたいと思う者ならイチコロですね。厳しい修行を積んだ聖職者すら堕ちるのはそういう事ですよ」
なるほどね。オレも大金持ちにしてくれる夢なら喜んで見るだろうからなー。
なんなら、そのまま夢から覚めたくない。
親父の命をカタにとられた借金生活より、うまいものを腹いっぱい食える夢の中のほうが幸せだ。
いや、うまいモンは毎日食わせてもらってる。
端に寄せてあった食器類の片づけを始めたリーデルを見る。
「なんですか、坊ちゃん?」
「今日もメシうまかった。いつもありがとな、ママ」
「ッ!? お、お粗末様です、その、お仕事ですし!」
「明日はタマのエサを持って屋根裏で名前を呼び掛けてまわろう。幻惑魔法って言っても、直接危害を与える事はしてこないだろう。他にいい手段も思いつかないしな」
ざっと作戦を伝えたオレは、解散とばかりにマリアーノちゃんへ声をかける。
「んじゃあ、風呂入って寝ましょうかね。マリアーノちゃーん、ママとお風呂に入ってきてくれるかい?」
いつもなら晩飯の後、ゴーレムをイジったり関連書籍を読んでるうちに夜が明けるが、この屋敷にきてから早寝早起きと健康的だ。他にする事がないとも言うが。
「パパ! パパッ!」
「はいはい。風呂から上がったら今夜もそっちに行くから」
昨晩はリーデルと同じベッドで寝るなんてどうなる事かと思ったが、もちろんどうなるわけもない。
リーデルはいつもと変わらない様子だった。オレの自意識過剰だ。恥ずかしい。
と反省し、マリアーノちゃんに対して、余裕あるパパの表情を作ったオレが返事をすると。
「違うの! 今日は一緒にお風呂に入って!」
「はいはい、わかってる……んん?」
聞き違ったか?
リーデルを見ると。
口をあけてポカンとした後、一瞬で顔を真っ赤にした。
「ぼ、坊ちゃん、あの……」
「え、あ!? マリアーノちゃん、ちょっと待った。一緒にお風呂じゃなくて、一緒におねんね、だよな?」
「お風呂! パパ、今、わかったっていったもん! はやく行こっ!」
マリアーノちゃんがオレの服をひっぱり、風呂に連行しようとする。
おおう。
確かにそう返事をしたが、今のはミスだ。
人の話は最後までキチンと聞かないからこうなる。
余裕あるパパの仮面を一瞬ではがされ、オレはどうしたものかと頭を回転させる。
「パパっ! はーやーくー!」
「むーん……むっ」
閃いた。
悪いがここはリーデルに悪者になってもらおう。明日の朝食のおかわりは諦める。
「あー……パパはいいんだけどね? ママがダメって言うからね?」
「えぇぇー! ママ!」
オレの服を引っ張っていたマリアーノちゃんが手を放し、リーデルの元に駆け寄った。
マリアーノちゃんがオレに背を向けた時、リーデルにダメと言えとウインクでアイコンタクトを送る。
なんだかんだで長い付き合いだからな。これで通じるだろう。
リーデルが顔を真っ赤にする。おおう、ものすごいお怒りだ。
オレの失言の尻ぬぐいを押し付けられたんだから、そりゃそーだ。
「ママ! みんなでお風呂入ろっ!」
「し、仕方ないですねっ、パ、パパッ! がそういうのであれば仕方ないですね!」
はぁあ!?
オレはあわててリーデルに近寄り、小声で問いただす。
「リーデル!? どういう事だよ?」
「な、なんですか? 坊ちゃんが目で一緒に入れと合図したでしょう? 長い付き合いですし、それくらい……わかります……」
わかってねーだろ!
今までの長い付き合いとはなんだったのか。
「い、いや、そうじゃなくて……」
「パパ、お風呂行こ! ママも!」
「ママは後から行きますから……パパと先に入っていてください」
リーデルに背中を押され、オレとマリアーノちゃんは廊下に出されてしまった。
「パパ、先に入って待ってよ?」
「……え、マジで?」
脱力したオレの体は、非力な幼女にあっけなく引っぱられ、フラフラと浴場へ誘導されていった。
***
結論から言おう。
三人で一緒の湯舟に浸かり、マリアーノちゃんは大満足、リーデルはずっと顔を真っ赤にして怒ったまま、オレは温かいお湯を氷水のように感じながら、逃げるように最初に出てきた。
「いくらタオルを巻いてるからって、本当に一緒入るヤツがあるかよ……」
ちなみにオレはタオルを巻くのも忘れて湯舟に浸かっていたため、ずっと手で前と後ろを隠していた。
耐えられなくなって湯舟から先に出た時も、リーデルは怒った顔を手で隠しながら、キャーキャー叫びながらオレを見送った。
イヤなら見るなよ。なんなんだよ、まったく。
しかもまだ苦難は続く。
風呂から出れば、次はおやすみなさいの時間だ。
当然、今夜も一緒に寝るのだとマリアーノちゃんから言いつけられている。
今のオレは、昨日のようにくっつけられたベッドの端っこでに寝転がっていた。
「昨日はなんとか眠れたけどさぁ」
タオルを巻いたリーデルの姿がまぶたの裏から消えてくれない。
以前に見た水着姿の方が露出度は高かったが、アレとコレとはまた違う。
などと悶々としているうちに、ノックもなく扉が開く。
「パパ、お待たせ!」
「うおっと」
ベッドに飛び込んできたマリアーノちゃんを抱きとめる。
「……そ、その。さきほどは騒ぎ立ててしまい、申し訳ありませんでした。今夜もよろしくお願いします」
「お、おお」
リーデルがおずおずとオレは反対側のベッドの端に横になる。
そうしてまた昨晩のように、真ん中に寝転んだマリアーノちゃんが今日あった事を楽し気に話し始めた。
オレの方を向いて照れながら笑ったり、リーデルの顔を見ながら大きな声で笑ったり、無邪気なもんだ。
元気なしゃべり声も次第に音量が下がっていき、笑い声の回数も減ってきたかな、というあたりで。
「……寝たか?」
「眠りました」
最後はリーデルの方に向いたまま力尽きたらしい。
すうすうという寝息と上下する小さな背中を見て、オレは一つため息をついた。
「ペットはあと一匹。マリアーノちゃんも毎日楽しそうだし、未練が晴れるのも近い、かな?」
「そうですね」
「しかし子供の怖いもの知らずには参ったぞ。今日は何度ヒヤヒヤさせられたか」
「ふふ。ええ、本当に」
オレとリーデルは互いの間で眠るマリアーノちゃんを見ながら、普段はしないような会話をなんとなしに続ける。
「オレたちがガキの頃はもう少しマシだったよな?」
「坊ちゃんは大人しい子でしたね」
「お前は滅茶苦茶だったよな? 怒られる時はだいたいお前の巻き添えだった」
この手の話題になると、いつもならプイっと顔をそむけてとぼけるリーデルだが。
「あら、そうでしたか? そんな昔の事は忘れました」
穏やかなマリアーノちゃんの寝顔を挟んでいるためか、和やかに笑って誤魔化した。
デキる大人の余裕ってカンジだ。
「そうだなぁ。お前は大人の女だもんな」
「そ、そうですか? 大人の魅力にあふれてますか?」
魅力がどうこうなんて話はしていない。しかし機嫌がよくなっているので否定もしない。
「オレなんてガキの頃からお前に面倒ばかりかけてるよな。あげく借金返済の為にダンジョンの仕事まで手伝ってもらって。感謝しかないよ」
「そんな事ありません。坊ちゃんも立派に成長されています」
「お世辞はいいって。オレも早く一人前の大人の男になりたいもんだ。せめてこの先の人生、お前に苦労させないぐらいは」
従業員さんへの安定した職場の提供。
それこそが雇用主の責務、今のオレが為すべき最優先事項だ。
「あ、あの、坊ちゃん!」
「ん?」
「そ、それはずっと私がお屋敷に居ても、という事ですか?」
「もしかして出ていく気か?」
他にいい仕事先があるなら止められないからなぁ。
「い、いえ! そういうわけではないですし、そういう予定はありません!」
「そ、そうか!」
オレは露骨に安堵した顔になってしまった。
「逆にお聞きしますけれど……私がずっといてもお邪魔になりませんか?」
「なんでだ? お前さえ良ければずっといて欲しいと思ってるぞ」
たまに口うるさいし、いつも怒られているが、なんだかんだでリーデルはオレみたいなヤツを見捨てず、ずっと面倒を見てくれる優しいヤツだ。
もし愛想をつかされて見捨てられたら、まともな食生活は送れない自信がある。
見える。毎日三食、焦がした肉を食ってる未来が見える、見えるぞ。
「オレのココはとっくの昔から、お前に持っていかれたからな」
トントンと腹の辺りを指でたたく。
マリアーノちゃんの陰になってよく見えなかったのか、リーデルが自身の胸をおさえて大きく目を見開いていた。
「胸? は、ハート? そ、それは……ッ! 遠回しな……その、プ、ププッ……プロポッ……」
リーデルがどもりまくりながらプップッ、プップッと言い出した。
パパパッの次はプププッか? なんの遊びだ。
「二人とも。夜更かしもほどほどにな?」
と、ここで昨夜に続いてフランソワが起き出した。
「悪い。うるさくしすぎたか?」
「声量はうるさくない。うるさくはないが、片側から聞こえてくる心拍音が可哀そうなほど激しくてな。老婆心ながら口をはさむ事にした」
「心拍音?」
「坊主。私には占術や未来視のスキルはないが、お前の未来は見える。知りたいか?」
「急になんだ? そう言われると気になるぞ」
「では教えてやる。お前の将来は可愛い奥方を貰って毎日上手い食事にありつけるか、可愛い女に刺されて死ぬかのどちらかだ」
とんでも無い事を言いだしやがった。
「悪いがフランソワ、確かにお前に占いの才能はない。そういうのはモテる男の未来だ。オレには関係ないね。賭けてもいい」
「ほう、ならば賭けるか? いや、やはりナシだ。葬式になったら私の勝ち分が清算できん。ちなみに私の予想では今の所3:7で葬式優勢だ。せいぜいがんばれ。ではお休み。明日もマリアの世話をよろしく頼むぞ」
言いたい事を言い終わったのか、フランソワが目を閉じると再び安らかな寝顔に戻った。
「なんだ、そりゃ。リーデルどう思う? 少なくともフランソワに占いの才能はないよな?」
「そうですね。私も同感です」
「やっぱりそう思うか」
フランソワの魔術は恐ろしいものがあるが、占いの才能とはまた別モノらしい。
「はい。今のままですと2:8ぐらいでお葬式ですからね」
「は?」
「おやすみなさい、坊ちゃん」
「お、おう」
リーデルも言いたい事だけ言って、背中を向けてしまった。
「うーん。わけがわからん」
女性は占いが好きだからな。
興味のないオレには、うまいお返事もできやしない。
「ま、そんな先の話より明日の話が優先だ。オレもとっとと寝るか」
そうしてオレもシーツをかぶって横になった。
「……ウソです。10:0です。お料理、誰の為に上手になったと思っているんですか?」
「あん? リーデル? 何か言った?」
「……」
寝言だったのか返事はなかった。
オレも早く寝よ。




