董卓顔の俺氏。魔王ベルに遭遇す
ウェイノーの街の家は高かった。
一戸建てで安いのでも4790万円、高いと6000万円くらいする。
しかし高いのも当然だろう。
ウェイノーの街の周囲はモンスターが跋扈している。
モンスターから守られた安心・安全を確保された地域というのは意外に少ないのだ。
ちなみにカタルニオチタン円は1円≒日本1円だ。
お肉の相場は100gあたり200円ほどだから、ほぼ同じだろう。
しかし、どんなに高いとはいえ俺にはどうしても家を買う必要があった。
なぜならソフィアと一緒に住みたいからである。
ソフィアはいま、学園の女子寮に住んでいる。
そんな場所に俺が夜中に乗り込むなんてことはできなかった。
女子寮は男子禁制なのだ。当然のごとく。
だから最近は夜中にソフィアと一緒にいることができない。
「夜一緒にいられないなんて、寂しいよぉ」
そんなことをソフィアに言われれば俺は奮起しないわけにはいかないのだ。
しかし、冒険者ギルドで稼ぐ案はこの値段の高さによって消えた。
そんな金を稼ぐGランクなどいない。
もちろんお安くしようと思えばできる。
日本の荒川区とは違ってこちらの世界のアラカワーはスラム街だ。
そのアラカワーのスラム街に住むということも考えたが、ソフィアはこの国の書類上お嬢様だった。
だから体面といういうものもある。
――というわけで、今日は俺とソフィア、それにアリスの三人で、土日を利用して大物モンスターを狙いに魔界に来ているという訳である。
一攫千金を狙うとか、だんだんマズイ方向に進んでいるような気がしないでもない。
「ここが僕の知っている魔界でも最東端だよぉ」
転移魔術を終えたソフィアが杖を手にして立っていた。
その背後にはアリスだ。
相変わらず、転移魔術を使うとどこに移動したのかいまいち分からないのは痛しかゆしといったところか。
そして、いつもとの違いはソフィアがツインテールにしているところだろうか。
ちなみにだがドリルではない。ストレートだ。
どうもアリスと同じ長髪で下した髪というのはキャラが被っていると感じたらしい。
なんでも組み敷かれているときに髪を下したままだと頭を動かしくにくいそうだ。
うむ。順調に調きょ――、可愛らしくなっている。
俺としてはそんなことはどうでも良いと思うのだが。
漫画でいうなら、ソフィアが書きやすい黒ベタで、アリスの紫水晶の髪はトーンであると考えるなら、キャラ分けは十分できると思うのだ。
「しかし――。なんじゃこりゃ……」
魔界の東の一角、目の前にはなぜか田園風景が広がっていた。
青々と青々とした草が広がっている。
まさに草が生えているw 状態だ。
間違いなくこれは、稲だろう。
「ここはねぇ。ベルおばさんの家があるところだよぉー」
ベルおばさん――。それはもしかして暴食之王たる魔王ベルのことを言っているのだろうか。
そんな魔王に対しておばさん呼ばわりとか大丈夫なのだろうか。
魔王エディプスに切り刻まれ肉片にされたことを思い出す。
魔王が怒り出すのはなんとか避けたい。
「ソフィア。さすがに魔王に対しておばさん呼ばわりはまずいだろう。そこはベルさまとかじゃないだろうか」
暴食之王、魔王ベル――
ミナミで猛威を振るう魔王として知られる魔王ベルは、数十年前まで人の世界に多大な悪影響を及ぼしていた。南部地域で人の世界にモンスターを侵攻させていた張本人でありまさに人類の敵として人の世界では知られていた。
怒らせたりなんかしたらただでは済まないだろう。
だが、それがフラグであったのだろう。
ふと、気配がした気がして――振り向くとそこに当の本人っぽい魔人の女性がいた。
彼女は白いフリルのついたワンピースを身にまとっている。
俺にもソフィアをそばに置くことで魔力の感じからして、その対象者が人か魔人かの区別くらいは付くようになっていた。
「突然魔力反応があったかと思ったら、あらぁ。ソフィアちゃんじゃなーい。どぉしたのぉ?」
魔王ベルはソフィアの頭をぐりぐりと撫でている。
「えーっと、ベルおば――。ベルさまの近くでモンスターでも狩ろうかと思ってぇ」
一瞬ベルさまの顔に青筋ができるのを見てソフィアはベルさまと呼称を変えた。
やはりできる女の子だ。抱きしめてあげたい。
「でぇ、彼らは? 珍しいわね。魔界に人族なんて……」
「えーっと、おじさまわぁー。なんと僕の男ですぅ!」
そういってソフィアは俺の腕に右手を絡ませてくる。
ベルさまはソフィアが「男」と言った所でぴしっ。と空気が固まった。
ソフィアはやっぱり空気をあまり読んでいなかったかもしれない。
俺たちは魔王ベルの家にドナドナと連行された――
・
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「あのソフィーの娘に既に男が……、あのソフィーの娘に既に男が……」
ベルさまは一人で何事かを繰り返して呟いている。
ソフィアが、ベルさまは母親であるソフィーの友人だと紹介してくれた。
ちなみに魔王ベルは独身だそうだ。
そんなところに、友人の娘がいて、かつ、もう男がいるといわれたらこんな反応をせずにはいられないのだろう。
いま、俺は魔王ベルさまの屋敷前にあるテラスで紅茶を頂いているところだ。
紅茶はおいしかった。文字通り人の世界のものではないほどに。
テラスには薄く紫の花が咲き乱れており、幻想的な雰囲気を醸し出している。
俺としてはすばらしいガーデニング技術だと感心せざるを得ない。
「――というわけで、今はソフィアは学校に通っていて、お金を貯めて学校近くに家を買おうとしている分けでして……」
俺はしどろもどろになりつつも魔王ベルさまに経緯を説明する。
「まぁ、それはつまり家を買って同棲したいと?」
「えぇ、まぁ……」
「(同棲……、同棲……、こんな歳で、同棲ですってぇぇーー)」
ベル様の目が血走っている。
これ、大丈夫なのだろうか。
「これは――。これはもう私も男狩りに人の街に出かけるしか――」
魔王ベルはガタリと立ち上がった。
俺は慌てて魔王ベルを引き留めた。
可愛いが超肉食系の魔王ベルが夜な夜な街を徘徊して男を漁る――
大変なことが起きそうな未来しか想像できない。大惨事な未来が。
「あのぉ。魔王が人の街にいっただけで大問題に発展しそうな気がするのですが……」
「そうなのよね……。この前も止めらしたし。そうだ! 誰かイケメンの男でも連れてこれないかしら? お金は出すわ」
「無理です」
あの冒険者ギルドに張り出せば誰か来そうな気がしたが、本気で実行されても困るので俺は黙っておいた。
「そう? 冒険者ギルドにも依頼を出そうとしたんだけど、ラチケット君にも『それだけはおやめください。魔王としての品格が――』とか言い出すのよ」
すでにその手口は知っているようだった。
それは全面的にあのエルフのお兄さんが正しいだろう。
「ラチケット君もケチよねぇ。教会に捨てられた戦争孤児拾の美少女を拾ってきて育てて妻にした魔王だっているんだからいいじゃない。私もその計画で男の子集めてみようかしら? 源氏物語に対抗して現物獲物語? あぁん。でも連れてこられた瞬間に暴食しそぉ!」
「も、もうやめましょう。それ以上その話は――」
なんだろう。
この残念な魔王は。痛々しすぎる。
こんなのに人類は数十年前侵略されて滅亡しかかったとは思いたくない。
「ところでベルお――ベルさまぁ。あの畑はすごいねぇ」
「あ、あぁあれ? 畑じゃなくて田んぼというそうよ。あれが全部お米になるの。こっちはお友達のエリスに言われて作ってるのよ。そろそろこの付近にも魔道列車が通せるようになるだろうから、輸出用の米でも作れないかって――」
エリスとはカタルニオチタン王国のエリス王妃のことだろうか。
なんだか俺は知ってはいけない国の秘密をまた知ってしまったような気がする。
もしかすると湖池屋のポリン●ー3角形の秘密をも上回る秘密かもしれない。
「へー。あれがお米になるんだぁ。まるでお米の国みたいだよぉ。私食べたーぃ」
「いくら私が『暴食之王』とはいえ、あの全て量は食べられないから、ソフィーの所にもできたらおすそ分けするよぉ」
「わーぃ」
なんだろう、ソフィアと魔王ベルとの会話の節々から異世界人からの影響を受けているようなにおいを感じるのは。
まず米だ。
異世界転生者には米は欠かせないものだろう。
そして米国だ。これも日本人には欠かせないものだろう。
そして作った米を魔道列車で送る。
完全にカタルニオチタン王国の差し金としか思えない。
やはりエリス王妃。貴様のせいか。
「米を作ったとして、刈り取りとかはどうするんだ?」
俺は疑問に思ったことを口にした。
いくら田園があったところで労働者がいなければそのまま腐らせるだけだ。
まさかベルさまが手づから斬るわけではあるまい。
俺は思わず労働に疲れた魔王ベルが切れて凄惨な変死事件を発生させるところを連想してしまう。
「もちろん。それは冒険者ギルドに頼みますわよ。ギルメンはオークとかの混成部隊だけれど」
俺はその発言に戦慄する。
その発言が正しいのであれば。
南部の魔王たちは人類に侵略することを放棄して内政に従事していることになる。
それも人間側のシステムである冒険者ギルドを使ってだ。
これだけの米――
つまり兵糧があれば今後戦争などになったときの戦争の幅はものすごい広いものになる。
いまは魔道列車が通っていないだろうが、それが開通し、流通し始めたら一気に革命レベルの事態が起きるのではないだろうか?
「この米を売るときの費用とかってどうなるんだ?」
「ふふふ。そこは商売だもの。内緒よ――」
いずれ流通が始まってしまえば食品類の値段は下がるだろう。
そうなれば無差別曲線の法則から行って肉の値段なども下がるに違いない。
野菜類が安くなれば畜産という可能性も広がる。
そうなれば魔物狩りとかの需要も下がるというものだろう。
そうなれば冒険者の立場は――
「つまり、今のうちにできる限り早めにモンスターを狩って売りさばく必要があるわけか……」
「へぇ――」魔王ベルが目を細める。
「多少なりとも『経済』が分かるのかしら? もしかして――異世界転生者だったりするのかな?」
そこには、紅茶を楽しむだけではない魔王ベルの姿があった。




