学院・初等部編 前編12:精一杯な『彼女』の『名前呼び』
「ティーリア様、私のことを『ルリエ』と呼んでください」
ここ最近、セイロンの宿題が特に増えることもなく、私たちは過ごしていた訳だが、ふと昼休みに訪れた食堂で、真面目な顔をしたルリエ様からそんなことを言われた。
「えっと……?」
名前なら普段から呼んでいるとは思うのだが、どういうことなのだろうか。
「えっと、そのですね……」
ルリエ様がどこか恥ずかしそうにしている。
見守る体勢のセイロンは、ニコニコとしたままルリエ様を見ている。
「マリベル様が羨ましいなぁ……と」
「ごほっ!?」
いきなり名前を出されたからなのか、同席していたマリベルが噎せる。
「え、えっ? はっ……?」
「どーどー」
混乱しているらしいマリベルを落ち着かせ、ルリエ様の方に改めて目を向ける。
ルリエ様の目もこちらを向いていたけど、今のやり取りとは違うっぽい。
「マリベル様はティーリア様のこと、『ティア』って呼んでいるじゃないですか」
「そうだね」
「見ていると、ティーリア様ってご家族以外だと呼び捨てにしてるのってマリベル様だけで、その……」
あー、そういうことか。
「別に好きに呼べばいいのに」
「あ、違……」
「ティー? 意地悪しない」
ありゃ、セイロンに怒られてしまった。
でも、何となく、ルリエ様が言いたいことはここまでの流れで容易に想像はつくのだが、確証を得るためには本人に言ってもらわないといけない。
「え? え?」
――のだが、肝心のルリエ様が混乱してしまった。
でも、このままだと話も進まないので……
「ルリエ様、落ち着いて。きちんと言ってもらわないと分からないので、落ち着いて、きちんと仰ってください」
「ルリエ、どーどー」
セイロンと二人掛かりで声を掛ければ、ルリエ様も落ち着いて来たらしい。
「すみません……」
「気にしなくていいよ。悪いのは、意地悪したティーだし」
おい。
「まあ……何というか、きちんとどうしてほしいのか言ってくれないと分からないから、言葉にしてくれると有り難いです」
自分では鈍感な方ではないとは思っているが、その可能性が無いわけではないので、言ってもらわないと分からない。
「……」
ルリエ様の勇気が満たされるまで待つ。
セイロンを筆頭に、一緒にいた面々が、彼女に向かって、頑張れと言いたげな目を向けている。
「私は、ティーリア様に、『ルリエ』と呼んでもらいたいです。そして、私は『ティーリア』って呼びたいです」
改めて言うとなると、恥ずかしさが出てきたのか、いっぱいいっぱいな様子のルリエが、そう告げてくる。
「何だ、ちゃんと呼べてるじゃん」
「っ、」
「ま、ちゃんと言ってくれたし、答えないと駄目だよね」
公私混同しないように気を付ければ良いだけだろうし……
「ありがとうね、ルリエ」
ルリエにそう言いながら微笑んでみせれば、ルリエが顔を真っ赤にして泣きそうな顔になる。
「ティー……」
セイロンが物言いたそうな目を向けてくる。
「リア……」
「ティア……」
クロウたちもか。
「天然たらし……」
おい、誰だ。今言ったのは。
「ありがとうございます、ティーリア様」
あー……
「「ルリエ、戻ってる戻ってる」」
セイロンも同じことを思ったのか、意図せず同時に同じことを言ってしまった。
「あ……」
「ゆっくり慣れていこうか。公私混同しない程度に」
「そうだね」
私も慣れねば。
ルリエから、どちらで呼ばれても反応できるように。
「良かったですね、ルリエ様」
けれど、そこでマリベルが声を掛けたことで、ルリエが彼女の方に目を向ける。
それで、マリベルも察したらしい。
「マリベル様も、『ルリエ』と呼んで貰えませんか?」
「えっ」
「駄目ですか?」
「駄目も何も、そもそも身分が……」
「ティーリアのことは呼んでますよね」
「うぐっ……!」
……標的がマリベルに移行した瞬間だった。




