学院・初等部編 前編9:向けられる『視線』と『嫌がらせ』
「ほら、あの子たち……」
さて、あんな『新入生歓迎会』の翌日ともあって、自然と話すことは昨日のことになり、こちらをちらちらと見られては、こそこそと話されていた。
「……」
「……」
私もマリベルもそういうのを気にしないタイプかと思えば特にそうでもなく、それなりに気にならないわけでもないため、その場に居づらかったりする。
ちなみに、マリベルが方向音痴を発揮していないのは、私が手を繋いでいるからだ(もし私が離したとしても、マリベルがしっかり握っているため、離れることはほとんど無い)。
「……ティア、やっぱり私……」
「気持ちは分かるけど、さすがの私も一人だと折れるよ」
もう昨日の今日なので、視線が気になるのは仕方がないが、かといってこれを一人で浴びる気になるかどうかを問われれば、答えは『ノー』だ。
寮を出るときは普通だったのに、みんなの声が徐々に聞こえ始めてくれば、萎縮してしまうのも仕方がない。マリベルが居るからこそ、私も何とか立っていられるのだ。
「正直、一緒に来てくれて助かってる。それに、せっかく友達になれたマリベルと、こうやって一緒に学院へ行けなくなるのは嫌だからね」
「ティア……」
マリベルがどことなく嬉しそうにしているけど、私の場合、この先もこういう視線は付いて回るだろうから、今から慣れておかないといけないだろうし。主に『ゲーム』と主人公と攻略対象者たちによって。
まあ、それを抜きにしたところで、初日から不登校とか、余計に印象が悪化しかねない。
「ティー」
「ティーリア様」
セイロンとルリエ様が声を掛けてくる。
予想通りと言うべきか、この二人は、視線をあまり気にせずに話しかけてくるなぁ。
「おはよう、セイ。ルリエ様」
「おはよう」
「おはようございます」
そう挨拶し合えれば、何故か私の後ろで固まっているマリベルが目に入ってくる。
「マリベル? どうしたの」
「あ……」
おろおろとしながら視線を泳がせる彼女に、少しだけ首を傾げたところで、ふと気付く。
「この二人なら、大丈夫だよ?」
視線がこちらに固定されたことで、気づいたことが当たりだと理解する。
何気なくセイロンに目を向ければ、言いたいことが伝わったのか、無言で頷かれる。
「初めまして。ティーの双子の兄のセイロン・ダーゼリアです。それで、こっちが――……」
「ルリエ・アットグラフと申します」
「あ、私はマリベル・ランフォードです」
セイロン、ルリエ様に続き、ぺこりとマリベルが頭を下げる。
やっぱり、寮で知り合ったときよりも彼女本来の勢いが失速している気がする。
「よろしくね」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします……」
そのまま四人で昇降口に向かうのだが、やはりと言うべきか、どんどん周囲からの視線が強くなる。
「……」
「……」
「二人とも、気にする必要は無いからね?」
「そうですよ。他の皆さんが何て言おうと、私たちはお二人の味方ですから!」
黙り込んだ私たちに、セイロンとルリエ様が元気づけるようにそう言ってくるが、聞こえてくる内容が内容なだけに、気にするなと言う方が無理だ。
「そう、だね……」
「ありがとう、二人とも」
今はまだ視線だけだから良いが、これがもし力とかに訴えてくるのだとすれば、何か策を考えないといけないのかもしれない。
「……」
「……ティア?」
昇降口に着いたこともあって、自分の靴箱を開けてみれば、思わずその中の状況に、思わず黙り込んでしまった。
その様子に、マリベルたちが横からそっと覗き込んでくるが……
「っ、!?」
「これ……」
「酷い……」
ぎょっとした様子のマリベルに、顔を顰めるセイロンとルリエ様。それもそのはずで、中にはゴミやら何やら詰め込まれていたからだ。
「……新入生に対して、相当な暇人も居たものね」
さすがに傷つかないと言えば嘘になるが、イラッとしたのも事実で、思わずそう呟いてしまう。
こういうのって、新学期早々には行われないよね?
もし、何らかのイベントだったとしても、早すぎる気もする。
「とりあえず、マリベルの方も見てみよう?」
「う、うん」
私よりも酷くなっているのか、同じぐらいなのか。
出来れば、私よりも酷くないことを祈りたいところではあるが、どうしても昨日のことが原因なせいで、マリベルもやられているような気がしてならない。
「っ、」
「……こっちもこっちで酷いね」
マリベルの方も確認すれば、案の定というべきか、似たようなレベルで酷いことになっていた。
さすがのセイロンも、声が低くなっている。お兄ちゃん、ちょっと怖いよ?
「やれやれ……とりあえず、犯人探しは後回しにするとして、問題は私たちの靴をどうするのか、だよね」
このままでは、私たちが履いてきた靴ですら仕舞うことも出来ないし、たとえ仕舞えたとしても、帰るまでに駄目にされてる可能性もある。
「とりあえず、私は先生たちを呼んできます」
「それじゃあ、僕は掃除道具でも取ってくるよ。ティーはマリベルさんと一緒に居なよ?」
「言われるまでも無いよ」
セイロンとルリエ様が離れたので、マリベルに目を向ければ、彼女の目は依然として靴箱の中に向けられたまま。
「マリベル」
「……」
「マリベル」
「……ティア」
返事が無かったので繰り返し名前を呼べば、こちらに顔を向けられる。
「私、この学院に来ちゃ、駄目だったのかな?」
「そんなこと言わないでよ。『卒業するまでよろしく』って、言ったばかりじゃん」
出来たばかりの友人を失いたくはないというのは、きっと私の我が儘だ。
マリベル・ランフォードという少女がどんな子かなど、方向音痴という点しかまだちゃんと理解できていないが、これから先、それ以外を知ることができるかもしれないチャンスを失いたくはない。
「でも、私みたいなの、歓迎はされてないみたいだし……」
「……マリベル」
「な、何」
マリベルと向かい合うようにして立つ。
「昨日のこと、覚えてる?」
「覚えてるけど……」
「あの時って、貴族だとか庶民だとか考えていたの?」
部屋の組み合わせはランダムだ。
たとえ先生たちの手が、少しだけ加えられていようと、バランスを考えて、部屋割りは決められたのだと思いたい。
「もしかしたら――たとえどんなに可能性が低くとも、上級貴族と同室になるかもしれない。それが分からずに、マリベルはあのテンションで私や先輩たちに声を掛けてきたの?」
違うよね?
だって、そのことは入学案内書にだって書いてあるから、マリベルだって分かっていたはずだ。
「っ、違う!」
「だったら、正々堂々としておきなよ。向こうは、殿下たちの社交辞令や体裁とかも分からず、かといって貴女に文句を付けた彼女に何も出来ないから、こっちに手を出してるだけだろうし」
けどもし、こんな状況を――自分たちが助けた存在が、逆にいじめられてるなんてことを、殿下たちが知ったらどう思うのかな。
「……ふふっ」
「……ティア?」
いきなり笑い出した私に、マリベルが不思議そうにする。
もし、本気で私たちが気に入らずに追い出すためだというのなら、こちらだって、それなりの手を取らせてもらおう。それがたとえ、殿下たちを敵に回すことになるのだとしても。
「おい、リア。顔が怖いことになってるぞ」
珍しい組み合わせもあって、クロウとエルヴィンが一緒にやってくる。
「会って一言目がそれか。あと、怖いって失礼な」
「クロウ、ティーのその顔は怖いんじゃなくて、悪だくみしてる顔だから」
道具を取りに行っていたらしいセイロンが戻ってきた。フォローとも言えない一言ともに。
「はい、持ってきたよ」
「何も言わなかった振りは止めてくれないかな? ばっちり聞こえてたから」
にこにこと笑顔を向けながら掃除道具を渡してきたので、受け取りながらもそう返せば、軽く舌打ちされる。
どうせバレると思っているから、分かりやすく舌打ちしたのだろう。この兄は。
「ったく……それじゃ、マリベルを教室に連れていってくれる?」
「ティーはどうするの?」
「ここを片付けておかないと」
清掃業者が入るとは思うけど、いつ来るかなど分からない。
「……やれやれ。ティーが相手とか、相手の人たちが可哀想だから、あんまり本気だしてあげないようにね」
「セイは何を言っているのかな?」
まさか私が、たった一人で相手を潰しにいくとでも思っているのか。
もし、そういう実力があるのなら、そうしようとしていたのかも知れないが、今の私には無理だ。
「だって、ティー……」
「セイロン」
名前を呼んで、彼の言葉を遮れば、何かヤバいことでもしたかのように顔を引きつらせる。
「確かに怒りはあるけど、それよりも前に私はここを片付けておきたいんだよ」
自分だけがやられるならともかく、他の人まで巻き込んでくるのにはさすがにイラッとはしたが、気にする彼女の――マリベルの方だけでも片付けておきたかった。
その後、遅くなったことを謝りながらも、ルリエ様が呼んできた先生方に、軽く事情説明をして、ひとまず私たちは教室に向かわされることとなった。ホームルームの時間が近付いてきていたからである。
『入学早々の嫌がらせ』。
多分、この時も周囲の目があったから、今日一日、校内はこの話で持ちきりになるかもしれないが、それでも視線があるってことは、私たちに直接手出しはできないってことだろうから。
――どうにかして、対策を考えないと。
マリベルに「この事は気にするな」とは言うのは簡単なんだろうけど、それでも気持ちはまた別の問題だ。
まだもし、この先も続くようであれば、本当に何か対策を考えないといけなくなる。
そう、目の前を歩いていく友人を見ながら、そう思ったのである。




