渾沌神の計画通り ニャー
混沌神のクソ野郎が丸メガネを回収して消え去ったため、
俺――改めステラ(中身30歳元自衛官)は、顔全体を覆う【漆黒の防風ベール】を常時装着する羽目になっていた。
「ステラちゃん、今日は私のお忍びの買い出しと、新しいダンジョンの下見に付き合ってね」元の美しい人間の姿に戻ったシャルロット姉さんが、楽しげに笑う。
「了解です、姉さん……。ですが、本当にこの格好で大丈夫ですかね……?」
今の俺は、頭からすっぽりと黒い布を被っている。怪しすぎる。
だが、これを一瞬でも外せば、周辺の男どもが目を血走らせて押し寄せる狂気の魅了呪いが発動するのだ。実際、街へ出た途端に地獄だった。
「うわっ、突風が――!?」ダンジョン近くの街角で、強烈なビル風が吹き抜けた。バサァッとベールがめくれかける。「させるかァァァッ!」俺は自衛隊仕込みの驚異的な反射神経で、ベールを両手でガッチリと押さえた。一瞬だけ見えた金髪と輪郭の美しさに、通りすがりの男たちが「はわわ……神々しい……」と胸を押さえてその場に卒倒していく。
危ねえ、あとコンマ数秒遅れていたらプロポーズの津波に飲み込まれるところだった。
さらに最悪なのは食事時だ。シャルロット姉さんたちと一目を忍んで入った高級レストラン。ベールの下からフォークを滑り込ませ、口元がほんの一瞬だけチラリと見えた。
それだけで、料理を運んできた男性給仕が「ふぐぅっ!?」と鼻血を噴き出してトレイごとひっくり返った。
「あああああ! ストレスでハゲる!! 酒だ、酒瓶をくれ!!」
俺はたまらず、腰の小袋から無限ウォッカスキットルを引っ張り出し、ベールの中に突っ込んで一口ゴクリ。
……ハッ。
だが、忘れてはいけない。
俺の身体は『3回飲むと強制気絶する』のだ。
「パニックを抑えるための酒なのに、回数制限のせいでさらにストレスが溜まる……! なんやねんこの無理ゲー!!」
あまりのストレスに、俺は自分の身の回りの世話を「すべて女性限定」にすることをシャルロット姉さんに懇願した。
だが、事態は解決しなかった。
女性であっても『魅了耐性のない者』は、男と全く同じように狂うか、ショックで気絶してしまうのである。
そんな極限のストレス生活が続く中、ある晩、王宮内のとある「高貴な女性貴族」が主催する秘匿された食事会に、ステラとして出席することになった。
周辺は一応、耐性持ちとして選別された上流階級の女性ばかり。
「さあ、ステラ様。この珍しいハーブティーをどうぞ」主催者の妖艶な公爵令嬢が、怪しく微笑みながらグラスを差し出してきた。
喉が渇いていた俺は、疑いもせずベールの下からグラスを傾けた。
一口、ゴクリ。
「ん? なんだか少し、変わった味が――」
二口、ゴクリ。
「...でも、フルーティーで美味しいな……」
三口、ゴクリ。
「……あ」
その瞬間、身体の芯からカッと熱い感覚が込み上げてきた。
ハーブティーではない。
これは、高度の蒸留酒を巧妙にブレンドした『仕込み酒』だったのだ!
「嘘、だろ……これで、通算、三口……」
ガクッ。
俺の意識は、令嬢たちの前で、またしても綺麗にシャットダウンした。
(暗転)
「……ん……っ?」次に目が覚めた時、全身に奇妙な「拘束感」があった。
目を開けると、そこは知らない豪華な寝室だった。
しかも、俺の身体は――。
「な、何だこれ……!?」
ドレスはすべて剥ぎ取られ、文字通り【完全な素っ裸】にされていた。
それだけでなく、四肢をシルクの赤い紐でベッドの支柱にガッチリと縛り付けられ、大の字の形で固定されている。
「あら、目が覚めたのね? 私の可愛いステラちゃん」ベッドの傍らから現れたのは、先ほどの食事会を主催していた公爵令嬢だった。
素晴らしいわ……。
鏡で見た時から、あなたのその『狂気の美貌』に脳を焼かれてしまったの。
おまけに、服を脱がせてみたら……
ふふ、なんてハレンチで理想的な身体なのかしら!
女の子の可憐なビジュアルに、特大の男のモノが付いているなんて、まさに奇跡の玩具だわ……!
「玩具言うなーーー!! やめろクソ女! こうなったら魔法少女に変身して……」
『お約束の言葉』さえ口にすれば変身できるはずだ。
俺は大きな声を張り上げようとした
「わたしはっ、せかいいち可愛い魔法少女――」
「ダメよ、ステラちゃん。魔法少女に変身するには、ちゃんと『可愛く頬に手を当てるポーズ』を決めなきゃ、システムが起動しないでしょ?」
「――ッ!!」そうだ。魔法少女の変身は、言葉とポーズがセットで初めて発動する。
今の俺は、両手をガチガチに紐でベッドに縛り付けられている。
ポーズが、取れない……!!「変身、できない……!? 嘘だろ、ポーズ強制縛りなんてお約束、こんな所で発動すんなよォォォ!」
「ふふ、大人しく私と一つになりましょう?」公爵令嬢が、よだれを垂らしそうな顔で俺の身体の上に覆いかぶさってくる。
(終わった。陸上自衛官としての尊厳も、男としての(付いてるけど)貞操も、すべてこの肉食系令嬢に貪り尽くされるんだ……!!)俺が絶望し、全てを諦めて目を瞑った、その時だった。
「――おやおや、お取り込み中のところ悪いけれど。そこまでにしてもらおうか」
聞き覚えのある、軽薄でキザな声が寝室に響いた。部屋の影から、見習いの使用人の服を着た男が音もなく現れた。
男が令嬢の首筋にトン、と手を当てると、令嬢は一瞬で白目を剥いてベッドの横へ崩れ落ち、深い眠りへと落ちていった。
混沌神だ。使用人の姿のまま、俺の顔を覗き込んでニヤニヤ笑っている。
「よっ、ステラちゃん。危機一パックだったね。ポーズが取れなくて変身できないなんて、最高にマヌケで可愛いよ」
「混沌神……! 助かった、今すぐこの紐を――」「まぁ待ちなよ」混沌神は、裸で縛り付けられている俺の全身(特に下半身のトップシークレット部分)をじっくりと眺め回し、クスクスと意地の悪い笑い声を上げた。
そしてベッドに膝を突き、俺の耳元に顔を近づけて、冷たく、だがひどく独占欲の滲む声で囁いた。
「君は僕のものだ。だから、誰のものにもなってはいけないよ?」
「っ……!」
混沌神がパチンと指を鳴らした。
その瞬間、俺の四肢を縛っていた赤い紐が消滅する。
「それじゃ、また次の『遊び』でね♪」
『あと君のそれ!勃起には気を付けてね♪』
そう言い残し、混沌神の姿は煙のように消え去った。
自由になった俺は、恐怖と羞恥心、そして神の言葉のヤバさにパニックの限界を超えていた。
「ひ、ひぃぃぃぃっ!」俺は服を着ることも、変身することも完全に忘れ、ただただ「全裸のまま」、夜の王宮の廊下を全力疾走で逃げ出した。
「はぁ、はぁ、はぁ……っ! 俺の部屋、俺の部屋はどこだ!」
狂ったように自分の部屋へと飛び込み、バタンとドアを閉めて鍵をかける。
ベッドに潜り込もうとした、その時。
「――お帰りなさいませ、ステラ様。ずいぶんと『はしたない姿』でのご帰還ですね?」よろずだった。俺は半狂乱になりながら、食事会で酒を盛られたこと、ポーズが取れず変身できなかったこと、全裸で縛り上げられたこと、そして混沌神に「君は僕のものだ」と脅されて助けられたこと、その全てをぶちまけた。
話し終え、ガタガタと震える俺の前で、よろずは静かに俯いていた。
次の瞬間、ガバッと顔を上げた。その目は、完全に血走った狂気の光を放っていた。「……す、素晴らしいわ……!! 何ですかその最高のシチュエーションは!?
執着系お忍び邪神×ハイブリッド両性魔法少女(中身おっさん)!?
聡様、いえステラ様! ぶっちゃけ教えてください! 神と令嬢、どっちが『攻め』でどっちが『受け』なんですか!? 私は邪神×ステラを推しますけど!!!」
「おいおいおいおい待て待て待て!!」俺はベッドのシーツを必死に身体に巻き付けながら後ずさりした。
「お前、そっち系の女子(腐女子)かよ!! 異世界にもBL文化ってあんのかよ!! というか俺の尊厳はどうなるんだ!!」
よろずはフンスと鼻を鳴らし、ノートとペンを取り出しながら詰め寄ってくる。
「尊厳など二の次です! 邪神様の『君は僕のものだ』というセリフ、最高にドストライクです! もっと詳しく描写を教えてください! 下半身のハイブリッド部分の絡みはどうだったんですか!?大きくなりましたか?」
「知るかァァァッ! 混沌神の野郎……!! お前、俺のこの体、全部この状況が起こること分かってて面白がって作っただろォォォォォッ!!」
夜の王宮の一室で、中身おっさんの絶世の美少女(全裸シーツ巻き)の絶知の絶叫が、虚しく響き渡るのだった。
――その様子を、遥か高みの世界の狭間で見ていた混沌神は。
「ひゃはははは! バレちゃったか! そうだよ、全部計算通りだよ! あはは化けた、本当に最高の人形劇だ!!」お腹を抱えて大爆笑しながら、次なる悪だくみのノートを開くのだった。
(第一部・完)




