王城にお伺い
アララット王国の首都へと向かう馬車の中、俺は未だに事態の急変についていけずにいた。
目の前に座っているのは、相変わらず見事な鱗に覆われた直立二足歩行のワニ。
しかし、その背筋の伸ばし方や、時折見せる優雅な手の動きは、まごうことなき一国の王女のそれであった。
そしてその隣には、いつもはナマイキな口を利く『女』こと、侍女のよろずが、ぴしりとしたメイド兼騎士の正正装に身を包んで控えている。
さらに馬車の前後を固めるのは、あの糸目イケメンのエドガー率いる、お忍びの王宮騎士たちだ。
「……ねえ、聡ちゃん。そんなに硬くならなくていいのよ?」
シャルロット姉さんが、相変わらずの美しい可憐な声で微笑みかける
(ワニだけど)。
「いや、姉さん。さすがに昨日まで『ワニの雑貨屋の店主』だと思ってた人が、実はこの国の第三王女でしたって言われて、平然としていられるほど俺の心臓は強スペックじゃないです」
「ふふ、それもそうね。でも、あなたには私の本当の姿を隠したまま、あんなに良くしてもらった。感謝しているわ」
そう言って、姉さんは寂しげに自分の前足――鋭い爪の生えたワニの手を見つめた。
「私がこのような姿に変えられたのは、半年前のことよ。王宮内で開かれた夜会の席で、宮廷魔術師長であり侯爵の爵位を持つ男……バルタザール・フォン・グライムから勧められたワインを口にした途端、意識を失ってね。目が覚めた時には、もうこの姿になっていたの」
「姉さん、疑問なんですけど、バルタザールが犯人だって分かっているなら、なんで今まで放置されてるんですか? 国王陛下に言えば一発で御用じゃないんですか?」俺の素朴な疑問に、横からよろずが悔しそうに歯噛みしながら答えた。
「それがバルタザールの卑劣なところなのです。奴はシャルロット様を呪った直後、国王陛下に『精神操作の秘術』を施し、自身の傀儡(あやつり人形)にしてしまいました。
さらに、王宮内の主要な貴族派閥を金と脅迫で抱き込み、実質的に王政府の権力を掌握してしまったのです。今やバルタザールに逆らう者は、即座に『反逆者』として捕らえられる暗黒の治世……。
だからこそ私たちは、シャルロット様をセーフティゾーンに隠し、時を待つしかなかったのです」
なるほど。ただの魔術師じゃなくて、国を裏から乗っ取った独裁者ってわけか。
前世の歴史ドラマでしか見たことのないドロドロした権力闘争に、まさか自分が巻き込まれるとは。馬車は大きな音を立てて止まった。
窓の外を見上げると、そこには白亜の巨城がそびえ立っていた。アララット王国の中心、王城だ。地味メガネをかけた俺は、シャルロット姉さんの「個人的な従者」という名目で、よろずたちと共に城内へと足を踏入れた。案内されたのは、臨時の評議会が開かれているという奥の会議室だった。
重厚な扉が開かれると、部屋の奥にはきらびやかな衣装を纏った貴族たちと、その中心に座る、どこかやつれた初老の男性――この国の国王がいた。
そして、国王のすぐ傍らに立ち、勝ち誇ったような薄汚い笑みを浮かべている男が一人。
紫色の豪奢な魔術師ローブをまとい、白髪混じりの髪を奇妙に波立たせた老人。
彼こそが、国王を操り、シャルロット姉さんをワニに変えた張本人、バルタザールだった。
おやおや、これはこれは……。
ダンジョンの奥底で野垂れ死んだかと思っておれば、まさか自ら戻ってくるとはな、化け物王女めバルタザールが、部屋に響き渡る声で嘲笑した。
バルタザール派閥の貴族たちも、シャルロット姉さんの姿を見てヒソヒソと蔑むような笑いを漏らす。
国王はうつむいたまま、虚ろな目でバルタザールの言いなりになっていた。
「黙れ、バルタザール! 国王陛下を術で操り、実権を握ったからとて、その罪が消えると思うな!」エドガーが鋭く一歩前に出て剣の柄に手をかけるが、バルタザールは鼻で笑った。
ふん、騎士風情が吠えるな。
国王陛下を操っているだと? 証拠でもあるのかね? 今の陛下のご意志は、すなわち我が意志。陛下、ご覧ください。あれはもはや人にあらず、悍ましきワニのモンスターにございます。
そのような不浄なる存在を王城に上げるなど、王国の権威に関わる。即刻、排除すべきかと
「……う、む……バルタザールの言う通りだ……。あの化け物を、排除せよ……」国王の口から、感情の籠もっていない掠れた声が出る。完全に精神操作の術が効いている証拠だ。
「お聞きのアレだ。……さあ、衛兵よ! 陛下の仰せである! その化け物と、そこの素性の知れぬ地味な小娘を国家反逆罪として捕らえよ!」
バルタザールの指示(を代弁した国王の命令)で、部屋の壁際に控えていた武装衛兵たちが一斉に武器を抜いた。
背後に王政府の権力と国王の命令を背負っている以上、衛兵たちに拒否権はない。
シャルロット姉さんが悲しげに目を伏せる。
よろずとエドガーが武器を構え、一触即発の空気が流れた。
(……やれやれ。要するに、あのクソジジイをぶっ飛ばして術を解けば、全部ひっくり返るってことだな?)
俺は、ため息を吐きながら、腰の弾薬ベルトに触れた。
前世の自衛官時代、上官から耳にタコができるほど叩き込まれた言葉がある。
『作戦行動において最も警戒すべきは、戦況の誤認と、身内への裏切りである』
このバルタザールとかいうクソジジイは、完全に戦況を誤認している。
何より、王の権力を盾に、俺の最愛の「シャルロット姉さん」を化け物呼ばわりした罪は重い。
「姉さん、ちょっと耳を塞いでてください」
「え? 聡ちゃん……?」
俺は一歩前へ出ると、部屋の中心で、両手を頬に当てて片目を瞑った。
貴族たちが「何だあの娘は?」と不審な目を向ける中、俺は全力の裏声で、この世で最も恥かしい呪文を唱えた。
「わ、わたしはっ、せかいいち可愛い魔法少女ですっ……☆(3回目)」
カチャリ、
と地味メガネが外れ、床に落ちる。その瞬間、会議室全体が視界を奪うほどの圧倒的な黄金の光に包まれた。
「な、なんだこの光は!? 魔術の暴走か!?」
バルタザールが狼狽した声を上げる。光が収まった時、そこに立っていたのは、地味で陰気な小娘ではない。
燦然と輝く金髪をなびかせ、フリフリのピンクの魔法衣装(ミリタリーベルト付き)を身にまとった、世界の美を凝縮したような超絶美少女だった。
「な、何者だ……!? その美しさは……いや、この凄まじい魔力は一体!?」
バルタザールが目を見開いて後ずさりする。
お前がバルタザールだな。王様を操って偉そうに。
俺の、いや私の姉さんをよくもバカにしてくれたな魔法少女適正(極大)により、俺の身体能力と魔力は天を突くほどに跳ね上がっている。
俺は腰の弾薬ベルトから、鍛冶神の加護によって漆黒に輝く愛銃『グロック』を抜いた。
「衛兵、動くな。動いたら、その瞬間に脳天に風穴を開ける」
俺から放たれる圧倒的な威圧感(と美貌による精神的汚染)に、衛兵たちはガタガタと震え、武器を床に落とした。
いくら国王の命令とはいえ、目の前の生物兵器じみた魔力には本能が勝てない。
お、おのれぇ! 舐めるなよ、小娘が! 我は宮廷魔術師長バルタザールであるぞ! 『極大炎嵐』――
バルタザールが狂ったように杖を掲げ、強力な攻撃魔術を唱えようとした。だが、遅い。実戦において、呪文を大声で詠唱するなんて自殺行為だ。
戦いの世界では、引き金を引く一瞬が全てを決める。
「――チェストォォォ!」
俺は詠唱中のバルタザールの懐へ、魔法少女補正の乗った超スピードで肉薄した。外道な政治劇には、物理法則に基づいた圧倒的な暴力でお返しするのが一番だ。
俺は空いている左手で自衛隊格闘術の真髄――全力の掌底打ちをバルタザールの顎へと叩き込んだ。
ちなみに自分の背が小さいせいが半分、テンションが上がったのが半分で、またしても綺麗な昇龍拳のポーズになった。
「ぶふぉぉぉっ!?」
力:100の怪力に魔法少女のバフが乗った一撃だ。バルタザールの身体は綺麗な放物線を描いて会議室の天井へと激突し、そのまま床へと叩きつけられて白目を剥いた。杖は粉々に砕け散っている。
「ヒッ……! ひええええ!」
周りの貴族たちが腰を抜かして悲鳴を上げた。後ろ盾だった独裁者がワンパンで沈んだのだ、彼らの権力構造も一瞬で崩壊した。
「ふぅ……。現行犯で制圧、完了」
俺はふりふりと衣装のスカートを直しながら、グロックをホルスターに収めた。
バルタザールが気絶したことで、彼が維持していた魔術の術式――シャルロット姉さんへの呪いと、国王への精神操作の術が同時に瓦解していくのを感じる。
その時、シャルロット姉さんの身体が淡い光に包まれた。
「あ……、ああ……」
光が収まると、そこにはワニの姿ではなく、透き通るような銀髪を持った、息を呑むほどに美しい本物の王女様が座っていた。
「シャルロット……! ああ、我が娘よ! 私は一体何を……!」
国王が完全に正気を取り戻して涙ながらに駆け寄り、元の姿に戻った姉さんを抱きしめる。
「お見事です、聡様……!」
よろずが感激のあまり涙ぐみ、エドガーたち騎士も一斉に俺に膝を突いた。こうして、国を裏から牛耳っていた黒幕の陰謀は、魔法少女の放った
一撃の昇龍拳によって、ものの数十秒で完全解決したのだった。




