ゴブリンアイランド、上陸!
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### 第一節 三日後、出発の日
三日後。
俺たちは、ゴブリンアイランドへ向かうための準備を終えていた。
……いや、正確には、準備を終えさせられていた。
「ステラちゃん! 忘れ物はない?」
「ない」
「お菓子は持った?」
「いらない」
「ママ特製の保存食もあるわよ!」
「だから、いらないって!」
俺の目の前には、巨大な旅行用の荷物が積み上げられていた。
一体何日旅行するつもりなんだ。
「パパ、これでも荷物は減らしたんだよ?」
「最初はこの三倍あったわよ」
エルミナ先生が、呆れたように説明する。
……三倍?
俺は目の前の荷物を見た。
これで三分の一なのか。
「先生、これ全部持っていく必要があるのか?」
「ないわね」
即答だった。
「必要なものは私が別にまとめておいたから、あとは二人の自己満足よ」
「ひどいなあ!」
「パパだって、ステラちゃんのために選んだんだよ!」
「気持ちは分かるけれど、限度があるでしょう」
先生の言う通りだ。
俺は小さくため息をついた。
その横では、リリィが旅行用のバッグを抱えている。
「お姉ちゃん! リリィも一緒に行くにゃ!」
「もちろんだ。お前を置いていくわけないだろ」
「えへへ!」
ハイ・スライムも、ぷるぷると体を揺らしている。
ルシアンはいつものように、俺の後ろで控えていた。
「ステラ様、現地での警護はお任せください」
「普通に観光するだけだからな。大げさなことはするなよ」
「承知いたしました!」
……本当に分かっているのか?
そんなやり取りをしていると、混沌神が手を叩いた。
「それじゃあ、出発しよう!」
目の前に巨大な魔法陣が展開される。
その向こうには、青い海と白い砂浜が見えていた。
「転移門?」
「そうだよ! ゴブリンアイランドの王都近くにある港へ直接つなげたんだ!」
「……現地の許可は取ったんだろうな?」
「もちろん!」
エルミナ先生が横から補足した。
「先方から指定された場所よ。勝手に転移門を開いたわけではないから安心して」
「ならいい」
俺たちは荷物を持って魔法陣をくぐった。
そして――。
「おお……」
目の前に広がっていたのは、青く澄んだ海だった。
白い砂浜。
遠くには緑豊かな島々が連なり、港には大小さまざまな船が停泊している。
潮の香りが風に乗って流れてきた。
「なかなかいい場所じゃないか」
「でしょう?」
始祖ママが嬉しそうに笑った。
「ここがゴブリンアイランドよ」
港には大勢の人々が集まっていた。
いや、人々というより、ゴブリンたちだ。
緑色や褐色の肌。
大きな耳に、少し尖った鼻。
体格も様々で、小柄な者から人間より大きな者までいる。
しかし、彼らの服装は思っていたよりも洗練されていた。
港で働く者は丈夫な作業着を着ているし、商人たちは洒落た衣服を身につけている。
武装した衛兵もいたが、装備は統一されており、規律正しく整列していた。
……なるほど。
これは立派な国家だ。
「ステラ様!」
一人のゴブリンが、こちらへ歩いてきた。
豪華な衣装を身につけた、年配のゴブリンだった。
その後ろには、数人の護衛が控えている。
「私はゴブリンアイランド王国の宰相、グルバと申します。本日は遠路はるばるお越しいただき、誠にありがとうございます!」
丁寧に頭を下げられた。
俺も軽く頭を下げる。
「こちらこそ、招待してくれてありがとう」
すると、宰相の顔がぱっと明るくなった。
「おお! なんと丁寧なお言葉を!」
「いや、普通だろ」
「いえいえ! 魔王領の映像で拝見した通り、実に素晴らしいお方でございます!」
……映像を見たのか。
まあ、そりゃそうか。
「王も大変楽しみにされております。ぜひ王宮へお越しください」
「分かった。案内を頼む」
「はっ!」
宰相が先導を始める。
その時だった。
「ステラ様ぁぁぁぁっ!」
港の向こうから、歓声が上がった。
見ると、ゴブリンの子供たちが大勢集まっていた。
手には、俺の似顔絵らしきものや、魔王領のライブで使われた応援用の旗を持っている。
「本物だ!」
「ダークディーヴァ様だ!」
「こっちを向いてください!」
「歌ってください!」
……おいおい。
もうここまで広まっているのか。
「ステラちゃん、大人気だね!」
混沌神が嬉しそうに笑った。
「パパ、ちょっと誇らしいよ!」
「俺は別に……」
「ステラ、あちらの子供たちが手を振っているわよ」
始祖ママが指差す。
俺は仕方なく手を振り返した。
すると、子供たちの歓声がさらに大きくなった。
「きゃああああ!」
「ステラ様が手を振ってくれた!」
「すごい! 本物だ!」
……うん。
子供たちが喜んでくれるのは、悪くない。
### 第二節 ゴブリン王国の王宮
港から王都までは、馬車で移動することになった。
用意されたのは、黒塗りの豪華な馬車。
……またか。
「もう少し普通の馬車はないのか?」
「ステラ様をお迎えするための特別車両でございます」
宰相が胸を張る。
「安全性にも配慮しております。どうぞご安心ください」
「いや、そういう問題じゃないんだが」
結局、俺たちはその馬車に乗り込んだ。
窓から外を眺めると、街並みが見えてくる。
建物は石造りが多く、ところどころに木造の建物も混ざっていた。
道路は整備され、商店が軒を連ねている。
市場では野菜や果物、魚介類が売られ、ゴブリンたちが活発に商売をしていた。
人間やエルフ、ドワーフらしき種族も見かける。
「思っていたよりも賑やかな街だな」
「この国は交易で栄えております。島国という地理的条件を生かし、海運業にも力を入れているのです」
宰相が説明してくれた。
「ゴブリン族は手先が器用で、物作りを得意とする者も多くおります。特に金属加工や魔道具製作は、我が国の主要産業でございます」
「へえ」
俺は街の様子を眺めた。
工房らしき建物も多い。
職人たちが仕事をしている様子も見える。
これは面白い。
「後ほど、工房街をご案内することも可能でございます」
「本当か? それはぜひ見てみたい」
「おお! お気に召しましたか!」
宰相が嬉しそうに笑った。
「それでは、王宮での歓迎会の後にご案内いたしましょう」
「ありがとう」
……こういう交流なら大歓迎だ。
俺たちはそのまま王宮へ向かった。
王宮は、街の中心にある小高い丘の上に建てられていた。
巨大な石造りの建物で、外壁にはゴブリン王国の紋章が掲げられている。
門の前には衛兵たちが整列していた。
「ステラ様、ご到着でございます!」
宰相の声とともに門が開く。
その先には、豪華な衣装を身につけたゴブリンたちが並んでいた。
そして、階段の上には一人のゴブリンが立っている。
年齢は分からないが、かなりの風格がある。
立派な王冠を頭に載せ、長いマントを身につけていた。
「よくぞ参られた! ステラ殿!」
ゴブリン王が、朗々とした声を響かせた。
「余がゴブリンアイランド王国の国王、ガルドである!」
「ステラです。招待していただき、ありがとうございます」
俺が挨拶すると、王は満足そうに頷いた。
「うむ! 魔王領でのライブ、余も拝見させてもらったぞ! あれほど素晴らしい歌と踊りは、我が国の歴史にもない!」
「それはどうも」
「特に、あの大鎌を振るう演出! 素晴らしかった!」
「……あれは演出だからな?」
「分かっておる! 分かっておるとも!」
本当に分かっているのか?
王は大笑いした。
「さあ、歓迎の宴を用意してある! まずはゆっくりと休まれるがよい!」
「ありがとうございます」
俺たちは王宮の中へ案内された。
広間には、豪華な料理が並んでいた。
魚料理、肉料理、野菜料理。
それに、見たことのない果物や飲み物もある。
「おお、これは美味そうだな」
「ステラちゃん、ママが取り分けてあげるわ!」
「いや、自分で取る」
「パパも手伝うよ!」
「いいから!」
エルミナ先生が、二人の肩を叩いた。
「二人とも、ここはゴブリン王国の歓迎の宴よ。まずは先方のもてなしを受けなさい」
「……はい」
「分かったわ」
ようやく二人が引き下がった。
俺は王の勧めに従い、料理を一口食べた。
「……うん、美味い!」
「おお! お気に召したか!」
「この魚料理、香辛料の使い方が面白いな」
「それは我が国の伝統料理でございます!」
料理長らしきゴブリンが、嬉しそうに説明を始めた。
「島の南側で採れる香辛料と、近海で獲れる魚を使っております。特にこのソースは、代々王宮の料理人に受け継がれている秘伝のものです」
「なるほど。これはいいな」
俺が素直に感想を伝えると、料理長は深々と頭を下げた。
「ありがとうございます!」
その様子を見て、始祖ママが少しだけ頬を膨らませた。
「……ママの料理も美味しいわよね?」
「もちろん美味いぞ」
「本当?」
「本当だ」
「じゃあ、今度はママの料理もたくさん食べてね!」
「分かったから、今は宴を楽しませてくれ」
「うふふ!」
……やれやれ。
だが、こうして現地の人たちと食事をするのは悪くない。
魔王領とはまた違った文化がある。
それを知ることができるのは、世界ツアーの良いところだろう。
宴は和やかに進んでいった。
そして、食事が一段落した頃。
ゴブリン王が、俺の方へ向き直った。
「さて、ステラ殿。実は、そなたに一つお願いがある」
「お願い?」
「うむ。今回、我が国にお招きした最大の理由でもある」
王は一度、周囲を見回した。
そして、真剣な表情で告げた。
「ぜひとも、我が国でもライブを開催していただきたい!」
……やっぱりか。
俺は苦笑した。
「それは構いません。せっかく招待していただいたのですから」
「おお! 本当か!」
王が立ち上がった。
「ありがとうございます!」
「ただし、会場や日程は相談して決めましょう。無理に人を集めたりするのはやめてください」
「もちろんだ! 我が国の民にも、ぜひ楽しんでもらいたい!」
「それならいい」
混沌神が、隣で嬉しそうに頷いた。
「ステラちゃん、最初の国でのライブが決まったね!」
「まだ会場も決まっていないだろ」
「大丈夫! パパが最高の舞台を用意するよ!」
「勝手に用意するな!」
ゴブリン王が目を丸くした。
「……おお。混沌神様もご同行されていたのか」
「そうだよ!」
「始祖ママ様も、エルミナ先生も……」
宰相が青ざめている。
そりゃそうだ。
この場にいる三人は、普通の国王でもそうそう相手にできない存在なのだから。
「ご安心ください」
エルミナ先生が穏やかに微笑んだ。
「今回は、あくまで旅行と文化交流が目的です。あなた方の国の事情に口を出すつもりはありません」
「は、はい! ありがとうございます!」
……先生がいてくれて本当に助かる。
俺は心の底からそう思った。
### 第三節 王様からのお願い
宴の後、俺たちは王宮の応接室に案内された。
そこには、ゴブリン王と宰相、そして数人の大臣が待っていた。
「ステラ殿、まずは我が国の事情を少し説明させていただきたい」
「はい」
王は地図を広げた。
ゴブリンアイランドは、大小いくつもの島から成る島国だった。
中央の大きな島に王都があり、その周辺に港町や工業都市が点在している。
「我が国は、長年にわたり海運と交易で発展してきた。しかし、近年は他国との文化交流が不足しておりましてな」
「文化交流ですか?」
「うむ。商業や技術の交流は盛んだが、音楽や芸術といった分野は、どうしても後回しになってしまう」
王は少し苦笑した。
「我が国の若者たちにも、もっと多くの文化に触れる機会を与えたい。今回のステラ殿のライブは、その良いきっかけになると考えておる」
なるほど。
それなら俺にも理解できる。
「公演だけでなく、現地の音楽家たちとの交流もできるといいですね」
俺がそう提案すると、王の顔が明るくなった。
「おお! それは素晴らしい!」
「俺の歌を聞いてもらうだけではなく、ゴブリンの皆さんが普段どんな音楽を楽しんでいるのかも知りたいです」
「分かった! すぐに音楽家たちを集めよう!」
「いや、急がなくてもいいですから」
王は大臣たちに指示を出し始めた。
……行動が早いな。
「ステラちゃん、いいことを言ったね!」
混沌神が俺の頭を撫でようとする。
「やめろ」
「ええっ!」
「今は話し合い中だ」
「うう……」
始祖ママが、そんな混沌神の頭を撫でている。
何でだよ。
エルミナ先生が小さく笑った。
「でも、ステラちゃんらしい提案ね。せっかく訪問するのだから、現地の文化を知るのは大切よ」
「そうだろ?」
「ええ」
俺はゴブリン王の方へ向き直った。
「それで、ライブの会場はどこを予定しているんですか?」
「王都の中央広場を考えておる。広さも十分にあり、周辺の街からも集まりやすい」
「なるほど」
「ただし、ステラ殿が希望されるのであれば、別の場所でも構わぬ」
「一度、実際に見せてもらえますか?」
「もちろんだ!」
王は満面の笑みを浮かべた。
こうして、ゴブリンアイランドでのライブ開催に向けた話し合いが始まった。
……ところが。
「ところで、ステラ殿」
王が、少し言いにくそうに口を開いた。
「もう一つ、お願いがあるのだが……」
「何でしょう?」
「我が国の子供たちが、ぜひステラ殿に会いたいと申しておりましてな」
「子供たち?」
「うむ。ライブ映像を見て以来、ステラ殿の大ファンになった者が大勢いる。できれば、公演前に少しだけ交流の場を設けていただけないだろうか」
俺は少し考えた。
子供たちとの交流か。
まあ、それくらいなら問題ないだろう。
「分かりました。時間を作りましょう」
「おお! 感謝する!」
その瞬間、混沌神が勢いよく立ち上がった。
「ステラちゃんと子供たちの交流会!?」
始祖ママも目を輝かせる。
「何それ! 絶対に可愛いわ!」
「お前ら、変な企画を追加するなよ?」
「しないよ!」
「ええ、しないわ!」
エルミナ先生が二人を見た。
「本当に?」
「……しません」
「……しないわ」
……怪しい。
俺は大きく息を吐いた。
ともあれ、最初の訪問国であるゴブリンアイランドは、思っていた以上に歓迎してくれているようだ。
明日は王都の観光と、ライブ会場の下見。
その後、ゴブリンの子供たちとの交流会。
そして、いよいよ公演本番となる。
俺は窓の外に広がる島国の街並みを眺めた。
「さて、どんなライブになるのかな」
そう呟くと、隣から三人の声が重なった。
「最高のライブにするよ!」
「ママも頑張るわ!」
「あなたたちが頑張るのは、裏方の仕事よ」
……頼むから、普通に旅行させてくれ。
こうして、世界ツアー最初の訪問国、ゴブリンアイランドでの滞在が始まったのだった。
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