絶交解除作戦と、魔王城ライブ決定!
## 第一節:音速の逃亡者と、しつこすぎる神々
――逃げる!
それが今の俺にとって、最も重要な任務だった。
ガザリア魔導学園の地下演習場を裏山ごと吹き飛ばし、己の身体能力がとんでもない領域にまで覚醒していることを確認した俺は、迷うことなくその場から離脱した。
背後からは、相変わらず二つの気配が追いかけてくる。
ステラちゃあああああん!
待ってぇぇぇぇ!
パパだよぉぉぉ!
ステラァァァッ!
ママもいるわよぉぉぉ!
……うるせえ。
俺は空中で大鎌を構え直した。
音速を超える速度で飛んでいるというのに、あいつらは平然と追いついてくる。
さすがは世界の頂点に君臨する神と始祖の魔王。
追跡能力だけは一流らしい。
「お前ら、絶交中だって言ってるだろうが!」
「そんなぁぁぁ! パパ、絶交されているのは分かってるよぉぉぉ!」
「だったら追いかけてくるな!」
「でも、ステラちゃんが遠くに行っちゃうんだもん!」
「ママだって、貴方と一緒にいたいのよぉぉぉ!」
……駄目だ。
話が通じない。
そもそも、こいつらにとって俺の絶交宣言など、世界の終わりに等しいらしい。
俺としては、少し静かな時間が欲しいだけなのだが。
しかし、あの二人を放置しておくと、今度は何をしでかすか分からない。
俺がいなくなった寂しさから世界を作り替えたり、魔族や神々を巻き込んだ大騒動を起こされたりしては、余計に面倒だ。
……仕方がない。
逃げるだけでは、問題の先送りにしかならない。
俺は進路を変更し、眼下に広がる山脈の中でも、人里から離れた平原へと降下した。
ドガァァァン!
地面に着地すると、草原が衝撃波で大きく波打った。
少し遅れて、二つの光が空から降りてくる。
混沌神と始祖ママ。
二人とも、俺の目の前に着地するなり、今にも泣き出しそうな顔でこちらを見つめていた。
その後ろには、少し遅れてエルミナ先生もやって来た。
「……ステラちゃん」
「ステラ、お願いだから話を聞いてちょうだい」
俺は腕を組んだ。
「話なら聞いてやる。ただし、ここで決着をつける」
「うん! 何でも聞くよ!」
「何でもするわ!」
「その言葉、忘れるなよ」
俺は二人を交互に見た。
「まず、俺が何に怒っているのか、本当に理解しているのか?」
二人は一瞬、顔を見合わせた。
「えっと……僕たちがステラちゃんを怒らせたから?」
「違う。結果だけを言うな」
「……公式ショップのこと?」
「そうだ」
俺は大きく息を吐いた。
「俺が嫌がっていると分かっていながら、勝手に人形を作り、公式商品として売り出した。しかも、実物大だの何だのと、どこまで悪ノリするつもりだったんだ?」
「ご、ごめんね……」
「さらに、俺の意思を確認することもなく、勝手に俺の姿を使って商売をする。あれは冗談では済まない」
「ママも反省しているわ……」
「反省しているなら、二度とやるな」
俺は指を一本立てた。
「いいか。俺の姿、名前、声、その他一切を使った商品化は、俺の許可なしでは禁止だ。人形も、衣装も、抱き枕も、勝手に作るな」
「抱き枕……」
混沌神の顔が、ほんの一瞬だけ動いた。
「何か言ったか?」
「い、いえ! 何でもありません!」
よし。
今の反応は見なかったことにしてやる。
「それから、俺の私生活に干渉するな。宿舎への無断侵入、寝室への突入、添い寝の強制、これも禁止だ」
「ええっ!?」
「ええっ、じゃない!」
「で、でも、ステラちゃんと一緒に寝るのは……」
「禁止!」
「そんなぁぁぁ!」
始祖ママも涙目になっていた。
「ママだって、たまには抱きしめたいのよ……」
「抱きしめるのも俺が許可した時だけだ」
「……はい」
二人は揃って肩を落とした。
俺はさらに指を一本立てた。
「三つ目。俺の交友関係に口を出すな。俺が誰と話そうが、誰と仲良くしようが、邪魔をするな。特に、気に入らない相手だからといって、勝手に消し去るのは禁止だ」
「……うん」
「約束するわ」
「四つ目。よろずの創作活動についてだ」
二人の表情が、また少し変わった。
「BL本は禁止。今後、俺を題材にしたものは、俺が許可した一般向け作品だけにしろ。少女漫画の執筆は許可するが、俺の私生活を勝手にネタにするのは禁止だ」
「わ、分かったよ……」
「よろずにも、きちんと守らせること」
「はい……」
俺は最後に、二人の顔をじっと見た。
「そして、何より大切なことだ」
二人は息を呑んだ。
「俺が嫌だと言ったら、そこで終わりだ。神だろうが魔王だろうが、俺の意思を無視する権利はない」
その言葉に、二人は今度こそ真剣な顔になった。
「……分かった」
混沌神が小さく頷いた。
「ごめんね、ステラちゃん。僕は、君が喜んでくれると思っていたんだ。でも、君が嫌がっていることを、ちゃんと考えていなかった」
「ママも同じよ。貴方を可愛がりたいという自分の気持ちばかり優先していたわ」
……ようやく分かったか。
俺は腕を組んだまま、少しだけ表情を緩めた。
「なら、今回だけは条件付きで許してやる」
「えっ?」
「ほ、本当に!?」
「ただし、条件を守ること。違反した場合は、即座に絶交を再開する」
「分かった! 絶対に守るよ!」
「ママも誓うわ!」
「それから、今回の公式ショップの件で発生した利益は、勝手に使うな。きちんと管理して、被害を受けた人間や関係者への補償に回せ」
「はい!」
「分かったわ!」
俺は最後に、二人へ手を差し出した。
「……これで、今回の絶交は解除だ」
その瞬間だった。
「ステラちゃああああああん!!」
「ママのステラァァァァ!!」
二人が同時に飛びかかってきた。
「うおっ!?」
俺は反射的に後ろへ跳び、二人の突撃を回避した。
「おい! 抱きつくのは禁止だと言っただろうが!」
「だ、だって! 絶交解除が嬉しくて!」
「ママ、もう我慢できないのよぉぉぉ!」
「だから、許可した時だけだって言ってるだろう!」
その横で、エルミナ先生が深々とため息をついた。
「……まったく。世界の頂点にいる連中が、こんなことで大騒ぎするなんてね」
## 第二節:仲直りの条件と、監督役エルミナ
「さて、二人とも。約束したからには、ちゃんと守ってもらうわよ」
エルミナ先生が、俺の隣に立って二人を睨んだ。
「特に混沌神。あなたは神としての能力を、もう少しまともな方向に使いなさい」
「ええっ! 僕、ちゃんと反省しているよ!」
「その反省が、今後も続くかどうかを見ているのよ」
「うう……」
「始祖ママもよ。あなたは魔王領を統べる立場でしょう。自分の感情だけで国の仕組みを変えようとしないこと」
「分かっているわよ……」
「本当かしら?」
エルミナ先生は疑わしそうに二人を見た。
俺は、その様子を見ながら少し考えた。
正直なところ、俺一人でこの二人を監視し続けるのは無理だ。
神と始祖の魔王。
どちらも世界を簡単に作り替えられる存在である。
俺が少し目を離しただけで、何が起きるか分かったものではない。
「エルミナ先生」
「何?」
「悪いけど、こいつらが約束を破らないように監視してくれないか?」
「……やっぱり、そうなるわよね」
先生は額に手を当てた。
「いいわ。私が監督役になってあげる。ただし、私の言うこともちゃんと聞いてもらうわよ」
「もちろんだよ!」
「ええ、もちろんよ」
「あなたたち、今度こそ本当に分かっているんでしょうね?」
先生の笑顔が、妙に怖かった。
混沌神と始祖ママは、揃って背筋を伸ばした。
……どうやら、先生の方がよほど恐ろしいらしい。
その後、俺たちは近くの街へ移動することになった。
もっとも、俺としては、せっかく絶交を解除したのだから、少しぐらい落ち着いて話をしたかっただけなのだが。
「ステラちゃん! 何か欲しいものはない?」
「ママが何でも買ってあげるわよ!」
「いらん!」
「じゃあ、おいしいものは?」
「それは……まあ、考えてやる」
「本当!?」
二人の顔が、ぱあっと明るくなった。
……まったく。
本当に単純な連中だ。
だが、俺も腹は減っている。
「ただし、普通の食事だ。変な高級料理を山ほど用意するなよ」
「分かったよ!」
「ママに任せてちょうだい!」
この時、俺はまだ知らなかった。
この二人にとっての「普通」が、どれほど信用できない言葉なのかを。
## 第三節:魔王領への招待と、思わぬ提案
食事を終えた後、俺たちは街の外れにある静かな庭園で休憩していた。
混沌神は相変わらず俺の近くに座りたがり、始祖ママは俺の髪を撫でたそうにしていた。
そのたびにエルミナ先生が睨みを利かせるので、二人とも大人しくしている。
……先生、ありがとう。
「そういえば、ステラちゃん」
混沌神が、少し改まった様子で話しかけてきた。
「これからどうするつもりなの?」
「どうするって?」
「学園での留学も終わったし、しばらくは自由に過ごせるんじゃないかな?」
「ああ。そうだな。しばらくは面倒なことから離れて、ゆっくりしたい」
「だったら!」
始祖ママが身を乗り出した。
「ママの魔王領に来ない?」
「魔王領?」
「そうよ。以前から貴方に来てほしかったの。魔王城も、街も、魔族の暮らしも見せてあげたいわ」
「……ふむ」
俺は少し考えた。
魔王領。
世界の闇の半分を統べる始祖ママの本拠地である。
当然、普通の人間が気軽に訪れる場所ではない。
だが、俺にとっては、せっかく異世界に来たのだから、見ておく価値はある。
「まあ、観光ぐらいならいいぞ」
「本当!?」
始祖ママの顔が輝いた。
「ええ! ママ、最高のおもてなしを用意するわ!」
「だから、過剰な歓迎はするなよ」
「は、はい……」
その時、混沌神が何かを思い出したように手を叩いた。
「そうだ! せっかく魔王領に行くなら、歓迎会を開いたらどうかな?」
「歓迎会?」
「うん! 魔王領の皆もステラちゃんに会いたがっているんだよ!」
「そうなのか?」
俺は始祖ママを見た。
「ええ。貴方の噂は魔王領にも広まっているわ。学園のライブのこともね」
「ああ、あれか……」
ガザリア魔導学園で行った、あのライブ。
俺としては、あまり思い出したくない出来事も多いのだが、観客の反応自体は悪くなかった。
むしろ、予想以上に盛り上がってしまった。
「魔王領でも、あのライブを見たいという者が大勢いるのよ」
「……ライブねえ」
「そう! せっかくだから、魔王城で開催しましょう!」
始祖ママが勢いよく立ち上がった。
「魔王城の大広間を使えば、十分な観客を収容できるわ。中庭も開放して、魔族全体のお祭りにするの!」
「ちょっと待て。話が大きくなっていないか?」
「大丈夫よ! ママに任せて!」
「その任せてが一番危険なんだよ!」
俺の言葉に、エルミナ先生が小さく頷いた。
「私も同意するわ。始祖、あなたが勝手に規模を決めるのはやめなさい」
「……はい」
「まずは本人の意思を確認すること。ステラちゃんが嫌なら、それで終わりよ」
「分かっているわ」
始祖ママは少し残念そうにしながらも、俺を見た。
「ステラ。あなたはどうしたい?」
俺は腕を組んで考えた。
正直なところ、ライブそのものは嫌いではない。
歌うことも、踊ることも、観客を楽しませることも、やってみればそれなりに面白い。
ただし、余計な演出や、勝手に作られたグッズの販売は御免だ。
「条件がある」
「何でも聞くわ!」
「まず、俺の許可なしに衣装やグッズを作るな。俺の名前を使った商売も禁止だ」
「分かったわ」
「それから、観客の安全を最優先すること。会場の設営も、警備も、音響も、きちんとしたものを用意しろ」
「もちろんよ!」
「あと、俺が歌う曲や演出は俺が決める。勝手に変えるな」
「分かった!」
「……それと、俺を必要以上に持ち上げるな」
混沌神と始祖ママが、同時に目を逸らした。
「おい」
「な、何でもないよ!」
「そ、そうね!」
……絶対に何か考えている。
俺は疑わしい視線を二人に向けた。
「とにかく、俺が納得できる形で準備できるなら、ライブをやってもいい」
その瞬間。
「やったぁぁぁぁぁ!!」
混沌神が飛び上がった。
「ステラちゃんが魔王領でライブをしてくれるって!」
「本当なのね!? ママ、今すぐ準備を始めるわ!」
「待て待て待て! まだ正式に決まったわけじゃない!」
「えっ?」
「会場も、日程も、内容も、何も決まっていないだろう!」
「そ、そうだったわね……」
始祖ママは慌てて座り直した。
エルミナ先生が、そんな二人を見て苦笑した。
「まったく。あなたたちは、もう少し落ち着いて物事を進められないの?」
「……はい」
## 第四節:魔王城ライブ計画と、黄金商会の暴走
それから、話は思いのほか早く進んだ。
始祖ママは魔王領の最高幹部たちに連絡を取り、混沌神は音響設備や舞台装置について、何やら神の力を使って調整を始めた。
もちろん、俺はそのたびに釘を刺した。
「勝手に世界を作り替えるなよ!」
「は、はい!」
「魔王領の住民に迷惑をかけるな!」
「もちろんよ!」
そして、エルミナ先生が監督役として、すべての計画を確認することになった。
魔王領の幹部たちも、最初は突然の話に驚いていたらしい。
だが、始祖ママから説明を受けると、すぐに大きな歓迎行事として準備を進めることになった。
特に、黄金商会の反応は凄まじかった。
「ステラ様のライブですと!?」
商会の代表者は、話を聞いた途端に目を輝かせた。
「これは魔王領全体を挙げての一大事業です! 最高の舞台、最高の音響、最高の照明を用意いたします!」
「だから、勝手に商品を作るなよ」
俺が念を押すと、代表者は慌てて頭を下げた。
「も、もちろんでございます! ステラ様の許可なく、商品化などいたしません!」
「本当だな?」
「はい!」
その後、具体的な会場の検討が始まった。
魔王城の大広間をメイン会場にし、屋外の中庭にも観客席を設ける。
大広間には音響魔道具を設置し、屋外には魔力による映像投影装置を用意する。
観客の誘導と警備は魔王軍が担当し、医療班も常駐させる。
そして、魔王領の各都市から観客を集めるため、交通手段も整備することになった。
……おいおい。
単なる歓迎会のつもりだったんだが。
いつの間にか、国家規模のイベントになっているぞ。
「ステラちゃん、どうかな?」
混沌神が、計画書を俺の前に差し出した。
「……まあ、悪くはない」
「本当!?」
「ああ。ただし、俺の確認が済むまでは、何も実行するなよ」
「分かった!」
始祖ママも、満足そうに頷いた。
「これで魔王領の皆も喜ぶわね」
「そうだといいな」
俺は計画書を閉じた。
……まあ、たまにはこういうのも悪くないか。
せっかくの異世界だ。
魔王城でライブをするなんて、前世では絶対に経験できなかったことだろう。
ただし、あの二人がいる。
何事もなく終わるとは、到底思えない。
「それじゃあ、正式に決めましょう」
エルミナ先生が、全員を見回した。
「魔王城でのステラちゃん歓迎会。そして、その中心となるライブの開催。本人の条件を守ることを前提に、準備を進める。これでいいわね?」
「異議なし!」
「もちろんよ!」
「……まあ、いいだろう」
俺も頷いた。
こうして、魔王領での歓迎会とライブ開催が正式に決まった。
## 第五節:決定した途端に始まる、親バカたちの暴走
「やったぁぁぁぁ!!」
混沌神が両手を上げた。
「ステラちゃんが魔王城に来てくれる! しかもライブまでしてくれるんだ!」
「ママ、嬉しいわ! 魔王領の皆にも、最高のステラを見せてあげられる!」
「……お前ら、まだ何か企んでいるだろう?」
俺が疑いの目を向けると、二人は揃って笑顔になった。
「何も企んでいないよ!」
「そうよ! ただ、最高のおもてなしを考えているだけ!」
「その言い方が信用できないんだよ!」
エルミナ先生は、すでに頭を抱えていた。
「……先が思いやられるわね」
「先生、頼むぞ」
「分かっているわ。私が責任を持って見張っておくから」
「助かる」
その後、魔王領の関係者たちは、正式な歓迎行事に向けて準備を始めた。
一方、俺はというと、久しぶりに気分が少し軽くなっていた。
絶交騒動も、とりあえずは決着した。
二人も約束を守ると言っている。
ならば、しばらくは平穏に過ごせるだろう。
……たぶん。
「ステラちゃん!」
「何だよ?」
「魔王城に来たら、パパがいっぱい美味しいものを作ってあげるね!」
「ママもよ! 魔王領の最高級料理を用意するわ!」
「普通の量でいいからな!」
「分かったよ!」
「任せてちょうだい!」
その笑顔を見て、俺は小さくため息をついた。
……本当に分かっているのか?
中身は三十歳の元陸上自衛官。
神と魔王との絶交騒動を何とか終わらせ、次なる目的地を魔王領へと定めたステラ。
しかし、彼女はまだ知らない。
自分のために何かをしてあげたいという、二人の親バカたちの全能の力と暴走する愛情が、魔王領全体を巻き込んだ大騒動へと発展していくことを。
そして、魔王城で開催されることになった歓迎ライブが、後に魔族たちの歴史に残る一大イベントになることも。
……まあ、何とかなるだろう。
たぶん。
こうして、魔王領への訪問と歓迎ライブの開催が決定した。
次なる舞台は、世界の闇を統べる者たちの本拠地――魔王城である。




