学園編、増殖する『親』の恐怖
「……長かった。一ヶ月の行軍が、これほど精神的に肉を骨ごとすり潰される地獄だとは、前世のレンジャー訓練でも想定外だぞ……」アララット王国を出発してから、丸一ヶ月。
俺――ステラ(中身30歳元自衛官)を乗せた豪華な凱旋馬車は、ようやく目的地である世界最高峰の魔導大国、そしてその中心にそびえ立つ『ガザリア魔導学園』の巨大な正門前へと到着した。
この一ヶ月に及ぶ長旅の道中、馬車の中の戦況は文字通りの『焦土』だった。御者台でタキシードを着て手綱を握るオカン邪神(混沌神)と、キャビンの中で俺の隣をガッチリ陣取る銀髪赤眼の始祖ママによる、愛情の裏返しという名の「過激なセクハラ(着せ替え&合同誌のポージング要求)」の数々。
さらに、よろずに毒されて戦闘メイドへと進化したリリィとスライムによる、ミリ単位で俺のハイブリッドな『あの部分』を攻めてくる過剰なメイドサービスの数々。
これだけでも俺の精神ゲージは完全に消し炭になっていたというのに、極めつけは、あの全盛期の姿のエルミナ先生までもが、お風呂の中で当然のようにセクハラ(コンディションチェック)に参戦してきたことだった。
邪神、そして始祖の魔王よ。貴方たちがステラちゃんを魂から作った親だと言うなら、一年間彼女に付きっきりで地獄のステップを教え込んだ私も、同じように『親』のようなものよ。弟子は子供と一緒。ステラはわしの子じゃ!!
「「「俺、これから一体、何人の『親』が増えるんだよォォォォォッ!!」」」
先生、見た目はツルペタ美少女のクセに、中身の脳筋ゴリラ精神で邪神と魔王相手に堂々と親権を主張しやがった。
よろず(先生)、ピノ(男の娘)、リリィ、スライムという変態メイド包囲網に加え、今度は「神・魔王・魔女」という世界の最高峰トリオが、全員で俺の『親』になって全方位から過保護なヤンデレの愛をぶつけてくるのだ。
みんなの愛が、俺の、長谷川聡の壊れかけの心を、本気で完膚なきまでに物理的に破壊しにきている。
「俺に、俺の心に、本物のオアシスをくれ……っ!」
あああああ! 駄目だ!心のオアシスは完全に枯れ果てている。
砂漠どころかカラカラの干上がった泥の底だ。
水が足りん、精神の安定剤が足りん。
酒だ。
酒をくれ。
マイ・ウォッカスキットルから、今すぐ強烈なやつを喉の奥へ――。
あ、ステラお姉ちゃん、お酒ならボクたちが『学園に着くまで没収にゃ☆』って、アイテムボックスの奥に鍵をかけて仕舞ってあるよ!
リリィが、戦闘力30の神速の笑顔で俺の腰の小袋をポンポンと叩いてみせた。
「酒すらない!! 死にたい!! 今すぐこの馬車ごと大爆発してログアウトしたい!!」
ベールの下で血の涙を流す俺を乗せ、馬車はゆっくりと、ガザリア魔導学園の荘厳な中央玄関前へと滑り込んでいった。
ガラガラ、と馬車が止まり、執事姿の混沌神が完璧な所作でドアを開ける。
俺は頭の漆黒の防風ベール(紐固定仕様)をガッチリと両手でホールドしながら、一歩、学園の地面へと足を踏み出した。
「「「ようこそ、アララット王国の至宝、ステラ様!! 貴方様のご留学を、我が学園一同、心より歓迎いたしますぅぅぅっ!!」」」
ドアをくぐったコンマ一秒後、俺の目に飛び込んできたのは、学園長をはじめとするお偉方や、高名な教授陣、職員たち全員が、大理石の床に両手を突き、額を地面に擦り付ける完璧な【土下座(平伏)】の姿勢で俺を迎える光景だった。
三日間のダンジョン閉鎖と、隣国の変態王子を世界の概念ごと消滅させかけたあの『親バカ同盟の脅迫』の噂が、すでにこの学園のトップにまで光速で届いていたらしい。学園長たちは、自分たちの国が更地にされないよう、必死の形相で慈悲を求めて平伏していた。
「……ハハ、やっぱりこうなるよね。知ってたよ」
俺がベールの下で完全に死んだ魚の目(虚無)になっていると、その玄関広場の遥か遠巻きから、俺たちの様子を物珍しそうに、ヒソヒソと見物している大量の生徒たちの姿が見えた。
世界最高峰の魔導エリートたちが集まる学園だ。彼らは、学園長たちが平伏しているベール姿の俺を見て、
「何だあの怪しい特待生は?」
「王族のコネで入ってきただけの地味な小娘だろ?」と、
一部の生徒からは露骨なまでの【激しい敵意や見下すような視線】がビンビンに伝わってくる。
(まぁ、当たり前だよね。エリートのプライドを持ったラノベの生徒たちからすれば、こんな怪しいベール不審者が特権階級扱いで入ってきたら、反発したくなるのも当然だ)
ハイハイ、わかっていましたよ。
俺たちのために、学園の敷地内の一等地に、国費を無限に投入して【ステラ様専用の超豪華な超特大宿舎(一軒家)】が新しく建てられたという、これまた完璧な特権階級テンプレの報告も、今学園長から大真面目に手渡された。
(完全に、これからテンプレの『おい、そこのベール女! 身の程を教えてやる!』的な決闘や、嫌がらせのイベントが、これでもかと押し寄せてくるだろうなぁ……)俺はベールの下の真っ赤な瞳を、深い、深い哀れみの色に染めながら、俺を睨みつけているエリート生徒たちをジッと見つめた。
「……巻き込まれた生徒たち、本当にかわいそうに……」彼らはまだ、何も知らないのだ。自分たちがナメてかかろうとしているこの『ベール不審者』の背後に、どれほどおぞましいバケモノたちが控えているのかを。
お前たちがこれから嫌がらせのために踏み込もうとしているその扉は、学園の青春の扉なんかじゃない。
世界を瞬時に更地にする、【地獄への片道切符の扉】だ。
だって、その宿舎の入り口には、お前たちが実物大お人形(バズーカ仕様)でハァハァ言っていたあのビジュアルのまま、怒らせたら一瞬で国を滅ぼすレベルの『ガチで怖い、世界最強の過保護すぎるヤンデレおかん二人(神と始祖)』が、出席簿と魔導書を片手に仁王立ちして待機しているのだから。
「アハハ、ステラちゃん! さあ、学園の生意気なガキどもが君にちょっかいを出してきたら、僕がその子の血統ごと世界の歴史から消し消ししてあげるからねぇ☆」
「ええ、私のステラを少しでも睨みつけるような不届き者がいたら、私がその場で肉片に変えてあげるわ、ステラちゃん♡」
「だからお前らが一番の治安の脅威なんだよォォォォォッ!!」
俺の怒声のバズーカが、平伏する学園長たちの頭上で虚しく響き渡る。
中身は30歳の元陸上自衛官。増殖したヤンデレな親たちと、戦闘マシーンへと化した変態メイド軍団、そして何も知らずに俺へ敵意を向ける哀れなエリート生徒たち。世界の常識とパワーバランスを完全に置き去りにしたまま、ステラ(長谷川聡)の、あまりにも前途多難で世界の存亡がかかった過酷すぎる留学生活が、いよいよ真の幕を開けようとしていた。
「ハッ……!」
あまりのストレスと、これから始まるであろう学園でのドタバタハラスメントの予感に、俺はハッと我に返った。脳のヒューズが完全にぶっ飛び、もう何もかもがどうでもよくなった。
現実逃避したい。今すぐこの狂った魔導学園から、意識だけでも完全ログアウトしたい。
「あああああ! もう我慢できん! 酒! 酒だァァァッ!!」俺は半狂乱になりながら、リリィの目を盗んで、アイテムボックスの奥からあの『無限ウォッカスキットル』の鍵を力100の怪力で強引にブチ壊してひったくった。カパッと蓋を開け、ベールの下から、愛しのウォッカを一口、ゴクリ!!
「……ぷはっ! 耐えろ、俺の尊厳!」
現実から目を背けるため、間髪入れずにもう一口、ゴクリ!!
「……学園なんか爆発しろ!」
そして、脳のブレーキが完全にぶっ壊れていた俺は、あの恐ろしい自分自身にかけられた最悪の呪い――『アルコールを三回(三口)口にすると強制気絶する』という致命的な弱点のことなど、完全に忘れていた。
俺はそのままの勢いで、美味いウォッカをボトルごと喉の奥へ流し込むようにして、ダメ押しで通算三口目、ゴクリ!!!
「……あ、詰ん――」
ガクッ。俺の意識は、平伏する学園長や、睨みつける生徒たちの目の前の中央大通りで、純白の……ではなくロベルタ風のメイドドレスを翻しながら、またしても綺麗さっぱり途絶え、学園の初っ端から盛大にその場へ崩れ落ちて完全ログアウト(気絶)するのだった。




