ロイヤルお茶会
「……う、うう……。頭が、割れそうに痛い……」
これが、美少女ボディ(中身30歳元陸曹長)の完全な二日酔い……いや、三杯一気飲みの代償というやつか。
俺――ステラは、重い瞼をゆっくりと開いた。
脳が覚醒していくに従って、かつて何度も見た、あの最悪な、そして既視感に満ちあふれた光景が視界に飛び込んできた。
だが、今回ばかりはいつもと「決定的な違い」がいくつか存在していた。
「あ、起きた? おはよう、僕の可愛いステラちゃん。よく眠れたかい?」
目の前には、上品な彫刻が施された白いテーブルセット。
そして、その向かい側の席には、黒を基調としたこれ以上ないほど豪華な騎士服を身にまとい、絵画の王子様のように気障っぽく足を組んで座っている混沌神。
ここまでは、あの「中庭ゲリラお茶会事件」の使い回しだ。
だが、そのテーブルを挟んだもう一つの席に、銀髪を優雅になびかせた、これまた息を呑むほど美しい純白のドレスに身を包んだ始祖のお母様(始祖ママ)が、エレガントに紅茶を嗜みながら優しく微笑んでいたのだ。
「おはよう、ステラ。ママとパパの初めての『共同主催・お目覚めロイヤルティータイム』へようこそ♡」
「……人数が増えてやがる」
俺は自分の身体に目を落とした。
今回は、ピンクを基調としたフリフリの超ミニスカート仕様の最高級ゴシックメイド服に、頭にはキラキラ輝く銀の王冠。中身はおっさんだというのに、完璧なお姫様(メイド仕様)として、椅子の上にちょこんと、背筋をピンと伸ばされた状態で強制的に座らされていた。
周囲を見渡せば、湯気のように立ち込めるのは、やはり王宮中から集まったと思われる大量のメイドたちの、興奮に満ちた熱気だった。
今回は「魅了耐性のない者は失神する」という問題をクリアするため、よろずによって徹底的に選別された『耐性持ちのメイドたち』が周囲をガッチリと取り囲んでいる。
だが、よく見るとその中には、数合わせのためなのか、この前俺をハーブティー(酒入り)でハメて全裸でベッドに縛り付けた、あの肉食系の
「高貴な公爵令嬢(ドヤ顔夫人)」までもが、なぜかノリノリでフリフリのメイド服を着てズラリと列に並んでいた。お前、公爵家のプライドはどこへ捨ててきたんだ!
そして、この「耐性持ち女性限定空間」の片隅に、一人だけポツンと直立不動の姿勢で立っている、哀れな男がいた。
執事服をぴしりと着こなし、お盆を持ってガタガタと震えている、近衛騎士長エドガー(本物)である。
この世界、俺の『狂気の美貌』に耐えられる男の耐性持ちは致命的に少ない。そのため、本物の騎士長が、邪神と魔王の圧力によって無理やり執事役として駆り出され、女性たちの狂気の空間に放り込まれていたのだ。
エドガー、強く生きろ。
その狂気と鼻血にまみれた空間の中心で、よろず先生が「最高です! 邪神パパと始祖ママの、ステラ様を巡る愛の包囲網お茶会! 本日の臨時増刊号の表紙(実写トレース)はこれで決まりです!」と、シャカシャカと恐ろしい残像を残しながらスケッチを続けていた。
「あああああ! 駄目だ! もう一瞬たりとも現実にいたくない!」
脳の許容量が限界を突破した俺は、本能的に腰の小袋へと手を伸ばした。
酒どこ!?
酒をくれ!!
今すぐウォッカをあと三杯飲んで、この地獄から完全ログアウトさせてくれ!!
しかし、俺の指先は空を掴んだ。
「……あ、あれ?」
「ふふ、ステラちゃん。お酒なら、お着替えの際に僕たちが『安全のために』没収しておいたよ☆」
混沌神が、糸目の奥で最高に意地の悪い笑みを浮かべてスキットルをチャキチャキと振ってみせた。
「酒が……ない……」
現実逃避のための唯一のライフライン(ウォッカ)すら、着替えのドタバタの中で完全に奪い取られていた。
目の前には、日替わり衣装のヤンデレ邪神と、過保護な始祖オカン。周囲には、鼻血を流すオタクメイド軍団と、メイド服を着た肉食系令嬢、そして宇宙猫になりかけているエドガー。
逃げ場のない、完璧な詰み状況。
圧倒的な絶望と精神的ストライキにより、俺はそれ以上現実を受け止めることを脳が拒否し、目覚めた直後であるにもかかわらず、白目を剥いて椅子の背もたれへと崩れ落ち、再び意識を手放して暗闇の底へと逃げ出すのだった。
(暗転)
「……う、ん……」
次に目を覚ました時、窓の外からは静かな夕暮れの光が差し込んでいた。
俺はがばりとベッドの上で跳ね起き、周囲を見回した。
そこは、いつも通り静まり返った王宮の自分の客室のベッドの上だった。衣服も、いつの間にかフリフリのゴシックメイド服から、普段通りの地味なドレス(頭にはカーテンの切れ端)へと戻されている。
中庭でのあの狂気のお茶会も、鼻血を流す女官たちも、執事姿のエドガーも、どこにもない。何事もなかったかのように、ただ静かな時間が流れていた。
「……はぁ。また、寝てる間に着せ替え人形にされて、よろずの新刊の素材にされたんだな……」
俺はベッドの中で小さく丸まり、枕を抱きしめて深く、深くため息を吐いた。
自衛官としてのプライドも尊厳も、もはやこの王宮の同人国家事業の前には塵に等しい。明日からのさらなる受難を想像し、俺は完全に心がポッキリと折れかけていた。
だが、トボトボとベッドから這い出し、何気なく部屋の壁際へと目を向けた、その時だった。
「……ん? なんだ、あれ」
いつの間にか、部屋の壁の特等席に、これまでになかった一枚の【大きな金色の額縁】が飾られているのを見つけた。
俺は不思議に思いながら、その額縁の前へと歩み寄った。
そこに飾られていたのは、よろず先生が描いたようなハレンチな同人イラストなどでは断じてなかった。
そこには、世界最高峰の絵師が描いたかのような、信じられないほど繊細で、美しいタッチの『一枚の絵画』が収められていた。
描かれているのは、朝の木漏れ日があたたかく降り注ぐ中庭。
黒い騎士服を着た混沌神が、悪戯っぽく、だがどこか慈愛に満ちた目で微笑み。
純白のドレスを着た始祖のお母様が、本当に嬉しそうに、優しい母親の顔で紅茶を注ぎ。
そして、その中央の席で、ピンクのゴシックメイド服を着て、銀の王冠をちょこんと載せたステラ(俺)が、眠たそうに目をこすりながら、二人の間でちょこんと座っている――。
三人でテーブルを囲み、まるで本物の、世界で一番幸せな家族のように、あたたかい時間をお茶会で共有している瞬間を切り取った、息を呑むほど美しい絵だった。
「…………」
その絵を見つめているうちに、俺の胸の奥の、張り詰めていた頑なな心が、じんわりと、不思議な温かさで満たされていくのを感じた。
あいつらは邪神で、魔王で、俺をハメて楽しむ最悪のヤンデレ包囲網だ。やっていることは無茶茶茶で、ストーカーで、毎日俺の精神をすり潰してくるコンチクショウどもだ。
……だけど。
この絵に描かれている二人の瞳の奥にある温かさは、決して嘘偽りのない、俺に対する【本物の、ありったけの愛】なのだと、言葉を交わさずとも魂のレベルで理解できてしまった。
前世で孤独な訓練を続けていた長谷川聡の魂にとっても、これほどまでに自分を全肯定し、愛し、見守ってくれる「家族」の存在は、心の底から救われるようなあたたかさだった。
「……ったく。調子のいいことばっかり描きやがって……」
俺はベールのない素顔で、少しだけ照れくさそうに口元を緩め、フッとあたたかい笑みを漏らした。
ほんの少しだけ、本当に少しだけ、折れかけていた心が前を向くのを感じた。
よし、これなら明日からの過酷な王宮凱旋ライフ(国家公認・同人メディアミックス)も、あのクソ邪神の鼻面にいつか一撃を叩き込んでやるまでの『訓練』として、笑って耐え抜いてやろうじゃないか。
俺は壁に飾られた幸せそうな三人の絵をもう一度見つめ、ベールの下の真っ赤な瞳を不敵に輝かせながら、次なるドタバタな日常へと向けて、力強く一歩を踏み出すのだった。




