王宮凱旋 バカメイドの暗黒同盟
「やっと……やっと我が家に帰り着いたぞ……」
二年におよぶ地獄の『深淵の監視者』ダンジョン徒歩往復攻略、そして辺境の街でのギルド恐喝(インフラ整備)を終え、俺――ステラ(中身30歳元自衛官)は、ようやくアララット王宮へと凱旋を果たした。
道中の馬車旅でも、タキシード姿のオカン邪神(御者)と、隣に座る始祖のお母様による「どっちの愛が深いか」という低レベルな親権争いに挟まれ、俺の精神ゲージは出発前から金属ブラシで削られっぱなしだった。
だが、俺は漆黒の防風ベールをガッチリと押さえながら、馬車のドアを開けて前を向いた。
「フッ、どれだけ道中が地獄だろうと、ここに戻ってくれば俺の勝ちだ。個室もあるし、シャルロット姉さまもいる。あの薄い本を作っていたバカメイドのよろずだって、二年も経てば少しは反省してまともなメイドに――」
そんな俺の淡い、あまりにもピュアな期待は、王宮の白亜の正門をくぐった瞬間に、文字通り音を立てて粉々に粉砕された。
「さあさあ! 遠征組の皆様、お待たせいたしました! ステラ様の二年ぶりの王宮凱旋を記念いたしまして、本日より『よろず先生・凱旋お祝い特大新刊フェスティバル』を盛大に開催いたしましてございまーすっ!!」
「はぁぁぁぁぁっ!?」
俺のベールの下から、絶望の絶叫が響き渡った。
王宮の広大な中庭、そして美しい回廊。そこは今や、きらびやかなロイヤルな空間などではなく、大量の長机がズラリと並べられ、何百人もの女官やメイド、高貴な夫人たちが血眼になって列を作る【完全なる巨大同人誌即売会会場】へと変貌を遂げていた。
「そこ! 列を乱さないで! 今回の新刊は『始祖ママ爆誕! 邪神パパとの熾烈なる育児放棄(という名の全裸ホールド)編』よ! アシスタントの下流メイドたち、搬入を急ぎなさい!」
拡声器(魔道具)を片手に、鋭い眼鏡をキラリと光らせて指示を飛ばしているのは、我が専属のバカメイド・よろず。
なんと、俺がダンジョンで邪神おかんと神経をすり減らしながら戦っていた二年の間に、よろずはただの人気作家から、王宮の予算を裏で動かせるレベルの【カリスマ超大手サークル代表・よろず先生】へと、これ以上ないほど邪悪に上り詰めていたのだ。
仕事しろよォォォォッ!!
「よ、よろず……お前、なんで俺が二年間ダンジョンにいたのに、そんな最新の内容(始祖ママやスライムのこと)を正確に本にしてやがるんだ……!」
俺がガタガタと震えながら詰め寄ると、よろずはフンスと鼻血を拭いながら、これ以上ないほど良い笑顔で答えた。
「何を仰っているのですか、ステラ様。この二年間、影のマネージャーである混沌神様から、毎日欠かさず『今日のステラちゃんの可愛いハプニング(写真映像付き)』が、天界直通のチャット……ではなく神の託宣として、私の脳内に直接ダイレクト転送されてきていたのですよ!」
「あのクソ邪神、遠征中も裏でずっとネームのネタを横流ししてやがったなァァァァッ!?」
俺が御者台のタキシード邪神を睨みつけると、混沌神は
「ひゃははは! だってステラちゃんがダンジョンでロベルタ傘を振り回して暴れる姿、毎日よろずちゃんに報告してあげないと世界にこの『尊さ』が伝わらないじゃない☆」と、涙を流して大爆笑していた。
怒髪天を突いた俺は、隣にいる最強の味方(戦闘力:95)の始祖ママに向き直った。
「お母様! 見てください、あいつら俺のプライベートを勝手に変なホモ本(裏はガチBL)にして、王宮中で売り捌いてるんです! あいつらを今すぐその最強の吸血鬼の魔力で――」
「――まぁ! なんて素晴らしい本なのかしら! 見て、この表紙のステラ、私の銀髪と真っ赤な瞳を完璧に受け継いでいて、天使のように愛くるしいわ……っ!!」
「……へ?」
俺の言葉の途中で、始祖のお母様の瞳が、カッと別の意味で血走った。
怒るかと思われた始祖ママだったが、よろずの書いた薄い本に『自分の大切な娘』が最高に美しく、かつ可愛らしく描かれているのを見た瞬間、彼女の中に眠る【究極の親バカ(過保護)メーター】が一気に限界突破してしまったのだ。
「よろず先生と言ったかしら!? 素晴らしいわ! この『ステラちゃんファンクラブ限定本』、ここにある在庫を全て、私の始祖の財力で買い占めさせてちょうだい!!」
「はいっ! 始祖様、毎度ありでございまーすっ!!」
始祖ママは、かつて混沌神と殺し合いをして国を滅ぼしかけたあの凄まじい魔力を、今度は「薄い本の爆買い」のために全開にし、よろずのブースに積み上げられていた新刊の山を、一瞬にして自らのアイテムボックスへと吸い込み始めた。
それだけではない。
始祖ママは、隣にいるタキシード姿の混沌神の胸ぐらをガシッと掴むと、これ以上ないほど熱いオタクトークを炸裂させたのだ。
「バカ邪神! 貴方、なかなかいいビジョンをよろず先生に提供しているじゃない! 特にこの、温泉オアシスでステラが全裸になって照れてるシーンの構図、最高に分かっているわ!」
「ひゃはは、だろ? 始祖のお婆さん! やっぱりステラちゃんを一番美しく魅せる角度は、僕が一番分かっているからね! よし、次回の新刊に向けて、僕たち二人で『合同サークル』を立ち上げて、よろず先生の公式スポンサーになってあげよう!」
「ええ、大賛成よ! 資金ならいくらでも出すわ!」
「混沌の神」と「吸血鬼の始祖」、世界を滅ぼせるツートップが、バカメイドの薄い本を媒介にして、まさかの【最強のヤンデレ親バカ・同人暗黒同盟】を結成してしまった。
「…………」
その、目の前で繰り広げられる世界崩壊レベルのオタクの狂気と、完全に公式(神と始祖)が最大手とがっちりタッグを組み、自分のプライベートが永久にメディアミックスされ続ける未来を確信した瞬間。
俺は、頭を覆う漆黒のベールの下で、本日一回目となる完璧な
【宇宙猫】の顔になり、脳内の全思考が完全に停止してフリーズした。
酒
酒を
酒を飲もう!
腰のスキットルから
まずは一口
ゴクリ。あっあああ
続けて一口
ゴクリ。 意識が戻ってきた
もう一口
ゴクリ。 意識が飛んだ
娘の危機に慌てて駆け寄り、抱きしめる始祖ママ
どうしたの!ステラちゃん、しっかり!
始祖ママの回復魔法で目が覚めた俺は、
「ハハ……、ハハハ……、もう全部わかって作ってただろ、あの邪神……(虚無)」
王宮のど真ん中で、全裸シーツ巻き以上の精神的レイプ(公開処刑)を公式から直撃されたステラ(中身30歳元自衛官)は、もはやツッコむ気力すら失い、そのまま中庭の芝生の上へとずるずるとへたり込むのだった。
新入りのケットシーメイドのリリィ(戦闘力:30)が、
「お、お姉ちゃん……本当にこの王宮、ボクの知ってる世界と根本的に何かが違いすぎるにゃ……」とガタガタ震え、
アリスが「リリィ、もう慣れるしかないにゃ……」と遠い目で慰め合っている
。




