邪神の絶対生物スカウト大作戦
第八十一階層の混浴オアシスで絆を深めた俺たちは、そこから先の深層領域を、まさに文字通りの嵐のような勢いで突き進んでいた。
第八十二層から第九十八層まで――。
一階層ごとに待ち受ける凶悪な深層のフロアボスたちを、俺のロベルタ傘(現代実弾レールガン仕様)とエルミナ先生の脳筋重力魔法、さらにはアリスの神速の罠解除によって塵のごとく蹴散らし続けた。道中、ボスたちがドロップする王宮の国家予算レベルの超貴重なアイテムや古代の魔導書を、俺は『アイテムボックス(小)』へ次々と放り込み、ホクホク顔で進む。
そしてついに、俺たちは最下層の一歩手前、【第九十九階層】のボス部屋の前へと到達した。
大扉を開けて突入したその部屋の中央には、これまでのような巨大な骸骨騎士も鋼鉄のゴーレムもいなかった。
そこにいたのは、透き通るような美しいエメラルドグリーンの、一見するとただの可愛らしい球体のスライム。……だが、そいつから放たれるプレッシャーは、これまでのボスとは根本的に次元が違っていた。
「ギギ……よくぞここまで来たな、地上の有象無象どもよ」
スライムの身体がぐにゃりと歪んだかと思うと、次の瞬間、それはなんと【俺が前世の自衛隊時代に最も恐れていた鬼の上官(連隊長)】の姿へと完全完璧に変身を遂げたのだ。声も、体格も、威圧感も当時のままである。
「な、何っ!? 連隊長ォォォッ!?」
前世の記憶を刺激され、俺――ステラ(中身30歳元自衛官)はベールのない素顔で思わず直立不動の姿勢を取りかけた。
「ステラちゃん、惑わされては駄目よ! そいつが資料にあった個体名【ハイ・スライム】……! 姿形、大きさ、質量、さらには性別すらも自由自在に変化させる、このダンジョン最凶の化物よ!」
エルミナ先生が杖を構え、警告の声を鋭く響かせる。
「アハハ! 面白いねぇ! じゃあ次はこれかな?」
スライムは不敵に笑うと、今度は一瞬にして【俺と寸分違わぬ絶世の美少女の姿】へと形を変えた。鏡を見ているかのような、完璧なドッペルゲンガーだ。
「よし、実戦データ収集だ! 『マジカル・ミリタリー・バースト』……☆(※強制可愛い詠唱)」
俺はロベルタ傘のトリガーを引き、音速の数十倍に加速された魔改造レールガンを至至近距離からスライムの胸へと叩き込んだ。
ズガァァァァァァンッッッ!!!
「やったか!?」
しかし、爆煙が晴れた時、俺の目は点になった。
弾丸はスライムの身体を虚しく透過し、背後の壁を消し炭にしただけだった。スライムの身体は水面のように波打っただけで、一ミリのダメージも受けていない。
「無駄よ、ステラちゃん! そいつは【物理無効・魔法無効】の絶対生物! あらゆる攻撃を透過・吸収してしまうのよ!」
エルミナ先生が放った究極重力魔法すらも、スライムは液体のように形を変えて受け流し、ケラケラと笑っている。
「アハハ! 痛くも痒くもないよ! さあ、ボクと遊ぼうよ!」
物理が効かず、魔法も効かない。おまけに姿形も自由自在。
圧倒的な詰み状況。
最強を誇る俺たちのパーティーが、初めて「有効打が一切存在しない」という絶望的な壁にぶち当たった。
果たして、俺たちに勝ち目はあるのか――!?
――その時、後ろで『割烹着姿』のまま静観していた混沌神が、糸目をギチリと怪しく光らせて前に歩み出てきた。
「ひゃはははは! 素晴らしい! 本当に完璧じゃないか!」
混沌神は、俺の偽物の姿をしたスライムの前に立つと、品定めをするようにその全身をじっくりと眺め回した。
言葉が通じて知能が高くて、性別の概念を持たず、自由に姿形を変えられる絶対生物……。
うん、合格☆ 君、僕のステラちゃんの二人目の『可愛い従者』として、ここで僕と契約してパーティーに入っちゃいなよ♪
邪神の目論見は、最初からこいつを「ステラの監視役兼安全な身内(オス要素ゼロ)」としてスカウトすることだったのだ!
「はぁ!? ちょっと待て、お前何勝手にスカウトして――」
「えっ? ボクをスカウトしてくれるの? あの……後ろにいる金髪のハイブリッドなお姉ちゃんの従者になれば、もっと面白いおもちゃとして遊んでもらえるの?」
スライムは混沌神の提案に、興味津々といった様子でプルプルと身体を揺らした。
だが、混沌神の糸目の奥の闇は、そんなに甘くはなかった。
「もちろん、ただの契約じゃないよ? 君がもし、一瞬でもステラちゃんを裏切ろうとしたり、傷つけようとしたり、僕への当てつけに彼女を困らせようとしたら――」
混沌神がスライムの額に人差し指をトン、と触れた瞬間。
部屋全体の空気が圧搾され、絶対生物であるはずのハイ・スライムの身体が、恐怖で目に見えてガタガタと縮み上がった。
「――その瞬間に、君の『物理・魔法無効』の概念ごと、魂を構成する全粒子を永遠の苦痛の中でドロドロに溶かし尽くして、ただの汚水に変えてあげる。神の絶対隷属セキュリティさ。ステラちゃんに対して、絶対に、永久に裏切らないって誓えるかい?」
「ひ、ひぃぃっ……! 誓う! 誓うよぉ! ボク、絶対にお姉ちゃんを裏切らないし、一生大切にするよぉ!」
絶対生物すら一瞬で恐怖のどん底に叩き落とす、邪神のガチなヤンデレ・セキュリティ。これでスライムが俺を裏切る可能性は、世界のシステムレベルで0%になった。
「わーい! よろしくね、ステラお姉ちゃん♡」
怯えながらも、契約が完了したスライムは嬉しそうに叫び、一瞬にして元のエメラルドグリーンの可愛い球体に戻ると、俺のロベルタ風メイド服のスカートの裾へと、すり寄るようにポンッと飛びついてきた。
システム的にも「第九十九階層・完全攻略」のファンファーレが頭の中に鳴り響く。
「……って、おいぃぃぃぃぃっっ!! 戦わずに終わった上に、またクソ邪神の恐ろしい独占欲のせいで従者が増えてんじゃねえかァァァァッ!!」
俺の怒声が響き渡る中、
アリスは「戦わずに九十九層の化物を完全隷属させたにゃ……」と、本日何度目か分からない完璧な【宇宙猫】の顔になってフリーズしていた。
こうして、俺の意志を100%置き去りにしたまま、変幻自在の絶対生物【ハイ・スライム】が、正式に俺の二人目の従者としてパーティーに加わるのだった。




