朝のルーティン(ただし、弱点:酒)
身体のスペックと、このメガネは何?
「う、頭が割れそうに痛い……」
これが噂の、美少女の二日酔いってやつですか。
いや、ウォッカをたったの三口だぞ? 前世なら
「チェイサー代わりにビール飲む?」ってレベルの量だぞ。
それがこの華奢な吸血鬼(仮)ボディにかかれば、一発で記憶が飛んで朝を迎えるハメになる。
「……あ、明るいな」ベッドから起き上がり、部屋の壁を見る。
不規則に張り付けられた『発光プレート』が、今は眩しいほどの光を放っていた。
そう、このダンジョンの中、時間の感覚はすべてこのプレートが頼りだ。外の太陽と完全に連動して明るさが変わる不思議な板。
これがおおよその時間を教えてくれるらしい、昨夜、ワニ・シャルロット姉さんに聞いた。
「ってことは、今はもう完全に『朝』か。やべぇ、初日から遅刻とか自衛官の面汚しだ!」
慌ててベッドから飛び出す。
腰には昨日セットした、グロック(拳銃)と手榴弾、そして銃剣がぶら下がったまま。
よし、装備の脱落はなし!部屋を出て、雑貨屋の店舗スペースへと向かう。
ここシャルロット姉さんのお店があるのは、ダンジョン中層の『セーフティゾーン』だ。魔物が入ってこない安全地帯。
多くの冒険者が、ここからさらに深くへ潜るための中間拠点として利用している。店前には、昨日俺がガシガシ洗われたという『湧き水』が、コンコンと澄んだ音を立てて流れていた。
……うん、セーフティゾーン内の湧き水、最高に癒やしスポットだな。
洗ってくれた奴の性格を除けば。
「あら、おはよう。聡ちゃん」カウンターの奥から、今日も今日とて神々しいほどの女子力(声限定)を放つワニ――シャルロット姉さんが出迎えてくれた。
「姉さん、おはようございます! 初日から寝坊してすいません!」
「いいのよ、昨日はいろいろあったんだもの。それより、ちょうどいいところに来てくれたわ。そろそろ『朝のラッシュ』が始まるから、お手伝いをお願いね」
「朝のラッシュ、ですか?」
俺が首を傾げると、横から
「はー、これだから新人は」と、クソナマイキな声が飛んできた。
店の棚にポーションを並べていた、例の『女』だ。
いい? このダンジョンはね、壁の発光プレートが外の太陽と連動して明るさを変えるの。
で、魔物っていうのはバカだから、その明るさに合わせて強さや、出てくる種族が変わるわけ。
なんなら倒した時のドロップアイテムまで変わるんだから
女はフンスと胸を張る。ムカつくが、重要な情報だ。
「ってことは……」「そう! 冒険者はみんな、自分が狙ってるアイテムや、自分の実力に合わせた『時間帯』を狙って活動するの。
今は朝。
これから一発稼ごうって連中が、このセーフティゾーンの店にドッと押し寄せる時間なんだよ!
なるほど。
実戦における気象・時間連動型の戦術思想か。
魔物の出現パターンが時間で変わるなら、ミリタリーでいう「夜間奇襲」や「日の出とともに進撃」みたいな作戦を、冒険者たちもドロップアイテム目当てで逆算して組み立てているわけだ。
面白い。
「おい、聞いてんの? 地味メガネ」
「地味言うな! あとこれメガネじゃなくて……って、あれ?」
言い返そうとして、自分の顔にまだあの丸メガネが張り付いていることに気づく。
外そうとしたその時、店の重い扉が勢いよく開いた。
「おい! シャルロットの姐さん! 悪いが急ぎで『中級ポーション』を5本くれ! これから午前中のレア泥狙いで、一気に中層の奥まで突っ込む!」入ってきたのは、いかにも
「脳みそまで筋肉でできてます」
と言わんばかりの、ガラの悪い大柄な男の冒険者だった。
いよいよ、異世界での初接客(?)が始まる。中身はおっさん曹長、見た目は戦闘服の上から弾薬ベルトを巻いた絶世の美少女(ハイブリッド下半身)。
「中級ポーション5本ね! 聡ちゃん、店の奥から持ってきてくれる?」
「了解です、シャルロット姉さん!」初仕事に張り切る俺は、さっそく店の奥の倉庫へと走った。だが、どれが目的の中級ポーションなのか、棚を見てもさっぱり分からない。
「あ、これか? いや、こっちか……? ええい、めんどくさい! まとめて持っていけばいいだろ!」
俺は、そこにあった『分別前』と書かれた大きな木の樽に目をつけた。大人が両手で抱えても二回りはありそうな、ポーションがみっちり詰まった巨大な樽だ。普通なら成人男性が数人がかりで運ぶような代物である。
しかし、今の俺はパニック中だ。自衛官時代の「迅速に行動せよ」という叩き込みのせいで、深く考えずにその樽の両端をガシッと掴んだ。フンッ! と気合を入れて持ち上げる。
「……おや?」
軽い。まるで、発泡スチロールの箱でも持ち上げたかのような感覚だ。
重さを一切感じないまま、俺は両手で巨大な樽を軽々と掲げ、そのまま「お待たせしましたー!」と店舗スペースへ戻った。
カウンターに出した瞬間、店内の空気が凍りついた。
「「…………は?」」
筋肉モリモリの冒険者と、例の『女』が、目玉が飛び出そうな顔で俺と樽を交互に見つめている。
「ちょっとあんたぁぁぁ!!」
女が悲鳴のような声を上げた。
「それ! シャルロット姉さんくらいしか持ち上げられない特大のポーション樽よ!? どんな怪力してんのよ! その細い腕のどこにそんな筋肉あんの!?」
「え? あ、そうなの?」
言われてみれば、ステータスの【力:100】を思い出す。なるほど……100っていう数字は、この世界の平均を遥かに超越したゴリラ級の怪力って意味だったのか。
自分の身体のバグっぷりに、また一つ詳しくなってしまった。
そんなこんなで、朝のラッシュは続き、気づけば『発光プレート』の明かりが少し落ち着く昼時になっていた。
「聡ちゃん、よく頑張ってくれたわね。交代でご飯にしていいわよ」
「ありがとうございます、姉さん!」
少し手が空いたので、バックヤードで賄いのスープとパンをいただく。
ふぅ、と一息ついたところで、俺は朝から気になっていた『丸メガネ』のことを思い出した。
「接客中も邪魔だったし、いい加減外すか……」
メガネのツルを指でつまみ、前方に引っ張る。
「……ん?」
外れない。心なしか、顔の皮膚にピタッと吸い付いているような抵抗感がある。
「ぬんっ! フンガッ……! な、何で外れないんだこれ!?」
力100の怪力で、文字通り顔の皮が引っ張られるほど全力で引っこ抜こうとするが、まるで顔の一部になったかのようにビクともしない。
「まさか……これ、噂に聞く『呪いのアイテム』ってやつか!?」
ガタガタと震えが止まらなくなる。ああああ! ダメだ、またパニックの波が押し寄せてきた!なんか、無性にアルコールを摂取したくなってきたぞ!俺は腰の弾薬ベルトに下げていた小袋から、マイ・スキットルを取り出した。
愛しのウォッカを、一口ゴクリ。
「……ふぅ。生き返る」
アルコールが脳に染み渡り、少し冷静になる。
そこで、俺はある重大な違和感に気づいた。
「……そういえば」
昨日から、パニックになるたびにこのウォッカを結構な勢いで飲んでいる。
なのに、手の中にあるスキットルが、妙にズッシリと重い。
シャカシャカと振ってみる。
タプタプと、明らかに満タンに近い音がした。
「中身が……全然減ってないじゃないか」
もしや、こいつも呪いのアイテムなのか!?大体、前世では底なしのザルだった俺が、たったの三口で酔いつぶれるなんておかしすぎる。
体質が変わったせいだと思っていたが……もし、このスキットル自体が
『三口飲むと強制気絶する呪いの無限酒瓶』だったとしたら!?
「早急に確かめねば……! そのためにも、検証用として、もう一口ゴクリ」
カッと喉が焼ける。
美味い。
これで通算二口目だ。
あと一口飲んだら、またその場で気絶するのかどうか、非常に興味深い実験だが……。
「あ、いけね。そろそろシフトに戻らないと、姉さんに怒られる」
俺はスキットルを小袋にしまい、慌てて立ち上がった。呪いのメガネと、呪い(?)の酒瓶。二つの謎を抱えたまま、俺は再びお店のカウンターへと向かうのだった。(続く)




