殲滅の魔女
第二十八話:三十九層の安全地帯と、殲滅の魔女の容赦なき裁き鋼鉄のゴーレムを「魔改造ミリタリー魔法」で分子レベルに粉砕し、俺たちは第四十階層への通路を解放した。
このダンジョンは、各階層のボス(フロアボス)を撃破し、彼らが必ずドロップする固有アイテムを回収しない限り、次の層へ進む魔法の結界が解除されない仕組みになっている。
俺はゴーレムが落とした『鋼鉄の核結晶』をアイテムボックスに放り込むと、一歩下がって「回れ右」をした。
「よし。一旦、一階層戻るぞ。次の目的地は、第三十九階層の安全地帯だ」このダンジョンには、魔物が一切侵入してこない安全地帯がランダムな階層に存在している。
現在、ギルドのデータで判明しているのは『3、10、39、45』の4箇所のみ。それ以降の深層に安全地帯があるかどうかは、未だ誰にも知られていない。
そうね、ステラちゃん。今日は三十九層の安全地帯で朝まで休息しましょう。
移動中、他の冒険者と出会っても、余計な揉め事は起こさないようにね
全盛期の姿のエルミナ先生が、大人の、そして教育者としての極めてまっとうな指示を出す。
「了解です、先生」
俺は黒いロベルタ風メイド服のベールをガッチリと固定し、先生の指示の元、周囲を警戒しながら引き返した。
行き道で一度フロアボスを倒してしまえば、再びボスがリスポーン(再出現)するまでには数時間の猶予がある。中層の複雑な通路を進みながらも、特訓の成果を活かして危なげなく立ち回り、俺たちは無事に第三十九階層の安全地帯へとたどり着いた。広大な洞窟の空間に、神聖な結界の光が満ちている。
そこには、すでに複数の冒険者パーティーがテントを張り、焚き火を囲んで休息を取っていた。
深層への突入を控えた、ピリピリとした空気の漂う強者たちのキャンプ地だ。
「よし、アリス。あの空いてる岩陰のスペースを見つけて、俺たちもキャンプの準備を――」俺が指示を出そうとした、まさにその時だった。
事件は唐突に、最悪の形で巻き起こった。
「おいおいおい、なんだぁ? そこのツルペタのガキ。
ずいぶんと上等な魔導杖を持ってるじゃねえか。
辺境のガキにゃ分不相応だろ、俺たちに安く譲りな
焚き火を囲んでいた、いかにもガラの悪い大柄なベテラン冒険者の男が、エルミナ先生の前にニヤニヤと下品な笑みを浮かべて立ちふさがったのだ。
男の手が、先生の古木の杖へと伸びる。
(――しまっ、バカ、やめろッ!! そいつに関わるな!!)俺は中身がおっさん自衛官の危機管理センサーで、一瞬にして事態のヤバさを察知した。
男は、エルミナ先生の「若返った絶世のエルフの美少女(ただし完璧な貧乳)」という見た目に完全に騙されている。
だが、その中身は、かつて国をいくつも更地にして【殲滅の魔女】と恐れられた、本質が超ド級の脳筋ゴリラ魔女なのだ。
「先生、待って――」
咄嗟に止めようと、俺はロベルタ傘を投げ捨てて手を伸ばしたが、自衛隊仕込みの身体能力を持ってしても、完全に行動が遅れた。間に合わなかった。
……不愉快ですね。私の固有スペース(胸元)を侮辱した上に、王室から賜った杖に触れようなどと
エルミナ先生の、透き通るような美しい声が、極限まで冷え切る。
先生が、手にした杖をトントン、と軽く地面に突いた。詠唱などという生ぬるいプロセスは一切存在しない。完全なる無詠唱、かつ超高密度の魔力の瞬間解放。
――ズドォォォォォォォンッッッッ!!!!次の瞬間、安全地帯の強固な結界の光すら一瞬で掻き消すほどの、ドス黒い超重力魔法の衝撃波が室内を爆裂した。
「ぶふぉぉぉっ!?」
絡んできたガラの悪い冒険者の男は、悲鳴を上げる暇さえ与えられず、目にも留まらぬ速度で安全地帯の岩壁へと弾き飛ばされた。
それだけではない。
男の身体は、岩壁にめり込んだまま、先生の放った超高密度の魔力圧によって、文字通り【意識を刈り取られて白目を剥き、全身の骨がバキバキに砕ける寸前の、気の毒な犠牲者(お肉の塊)】と化して、そのまま地面にズシンと崩れ落ちた。
「ひ、ひぃぃぃぃっ!?」
な、なんだあの魔力は……!? 安全地帯で魔術がここまで暴走するなんて、あり得ねえぞ!?
周囲で休んでいた他のパーティーの冒険者たちが、一瞬にして腰を抜かし、ガタガタと震えながらテントの影へと隠れた。安全地帯の平和な空気が、一瞬にして「殲滅の戦場」へと変貌を遂げたのだ。
「ふぅ。ステラちゃん、揉め事は起こさないようにと言いましたが……向こうから売ってきた喧嘩ですもの、正当防衛(物理)よね?」
エルミナ先生は、何事もなかったかのようにフリフリの袖を直し、上品に微笑んだ。見た目は可憐なエルフの美少女だが、やっていることは完全に世紀末の覇王である。
「ア、アリス……、ボク、やっぱりこのパーティー、根本的におかしいと思うのにゃ……」
アリスが、壁にめり込んだ冒険者の残骸を見つめながら、本日三回目となる完璧な【宇宙猫】の顔になって震えていた。
「ひゃはははは! さすがは殲滅の魔女、いい腕前だねぇ! でも僕のステラちゃんの手を煩わせる前にゴミ掃除をしてあげるなんて、気が利くじゃないか☆」
後ろでは、今日の衣装である『エプロン姿のハウスキーパー』に扮した混沌神が、どこからともなく取り出したホウキで
「はいはい、ゴミは片付けちゃうねー」と、
気絶した男を隅っこへササッと掃き出しながら大爆笑していた。
お前が一番不謹慎だクソ邪神!! ――はぁ、先生、手加減って言葉、今度じっくり自衛隊の座学で教えてあげますからね……
俺はベールの下で深く、深くため息を吐きながら、アイテムボックスから毛布を取り出すのだった。明日の第四十階層からの本格的な深層探索を前に、俺たちのパーティーの「圧倒的な異常性」は、中層の安全地帯に強烈な恐怖の爪痕を残していくのだった。
(続く)




