後方師匠面が多いと雑音になる
『深淵の監視者』ダンジョン、第一階層。一歩足を踏み入れれば、そこはゴツゴツとした岩肌が続く典型的な洞窟型ダンジョンだった。壁の発光プレートは爽やかな朝の光を放っており、遠くからダンジョン特有の湿った風と、魔物の足音が聞こえてくる。
「よし! 実戦データ収集、開始する!」俺――ステラ(中身30歳元自衛官)は、フリフリの装飾がつきつつもミリタリースペック満載の黒いロベルタ風メイド服を翻し、同じくフリフリの黒い傘(仕込み銃・鉄塊仕様)をガシッと構えた。正直、この最凶メイド衣装は元自衛官の男心を猛烈に刺激する。銃火器と肉体言語で全てを蹂躙する鉄の意思(フローレンシアの猟犬)。めちゃくちゃカッコいい。俺はベールの下で不敵な笑みを浮かべ、最初は完全にノリノリで前衛に躍り出た。「ギシャアアアアッ!」前方から、この階層の定番モンスターであるゴブリンの群れが十数匹、雄叫びを上げて突撃してくる。
「最初の接敵ね。ステラちゃん、まずは基本通り、一分以内に全個体を無力化しなさい。無駄な動きが三回以上あれば減点よ」後方で腕を組んだ全盛期のエルミナ先生が、冷徹な声で指導(評価)を開始する。
「はーい、御者兼マネージャーからの指示だよ☆ ステラちゃん、せっかくだから三十秒以内で、しかも衣服を一ミリも汚さずに、完璧に可憐なポーズでハート型魔法を当てて全滅させてね♪」
その隣で、いつの間にか執事服から『学校の先生風のスーツに眼鏡』という日替わりコスプレに着替えた混沌神が、出席簿を片手に注文をつけてきた。
(チッ、後ろで二人して『後方師匠面』してやがるな。まぁいい、これくらいなら朝飯前だ!)
俺は瞬足のステップでゴブリンの懐へと滑り込み、黒い傘の先端を喉元へと突き立てていく。同時に、「響け! 烈火のパッション! 『マジカル・ファイア・シュート』……☆」と、強制発動するクソ可愛い詠唱と共に、ドデカいピンクのハート型の火属性魔法をぶっ放した。ドゴォォォン!!ハートが炸裂し、ゴブリンの群れが一瞬で消し飛ぶ。戦闘時間は僅か十五秒。衣装の汚れもゼロだ。「どうだ、完璧だろ!」と俺がドヤ顔で振り返った、まさにその瞬間だった。後ろの二人の空気が、一気にギスギスとした不穏なものへと変わった。
「フン、今のステップ、魔力の連動が少し甘いわね。さすがは私の教え子、筋はいいけれど、まだまだ荒削りだわ」エルミナ先生がふっと鼻で笑うと、混沌神の糸目がギチリと細くなった。
「おや、聞き捨て cultural(捨て置けない)ねぇ、エルフのお婆さん。今のステラちゃんの見事な着地と体幹のブレのなさは、僕が下半身のコンディションを毎晩完璧に管理して、極大の加護を盛ってあげているからだよ。ステラちゃんをここまで最高のおもちゃ――ううん、優秀な素材に育てたのは、間違いなく僕の功績さ」
「寝言は寝る前に言いなさい、邪神。ステラちゃんの【魔法適正:大】を引き出し、実戦レベルの究極魔法にまで昇華させたのは、この私の一年間の地獄のステップ訓練よ」
「へぇ? そもそもその修行のための環境(王宮)をセッティングして、君を若返らせてあげたのは誰だと思っているんだい?」
(……おい待て、途中からどちらが俺を立派に育てたかで、醜いマウンティング争いに発展してんじゃねえか!)二人の背後から、ドス黒い魔力と邪悪な神気が交互に噴き出し、第一階層の空間がミシミシと音を立てて歪み始める。そして、その醜い対抗意識は、最悪の形で前衛の俺へと牙を剥いた。
「ステラちゃん! 次の部屋のオークの群れは、右足だけのワンステップで『マジカル・アクア・レイ』を放ち、全ての個体を同時に、かつハートの形に綺麗に並べて爆殺しなさい! あなたなら出来るわ!」エルミナ先生がキッと杖を掲げて無茶な指示を出す。
「ステラちゃん! あんな脳筋エルフの指示なんか超えちゃおう! 次は目隠しをした状態で、左手だけでロベルタ傘の仕込み銃を連射し、跳ね返った跳弾だけで全ての魔物の脳天を撃ち抜きつつ、最後はウインクして『私は世界一可愛い魔法少女です☆』って叫んでね! 君なら出来るよ!」混沌神が出席簿を振り回して、さらに難易度を吊り上げてきた。
「できるかぁぁぁぁぁっ!! 自衛隊の特殊部隊でもそんな曲芸みたいな戦闘指示出さねえよ!!」最初はロベルタ服でノリノリだった俺だが、進むごとに交互に出される指示の難易度がインフレを起こし、物理的にも精神的にも対応できなくなってきた。「右手の傘で防御しつつ左足で魔法陣を展開し、なおかつ可愛くターンを三回決めろ」だの、「魔物の攻撃をあえて衣服のフリル一枚分で紙一重でかわし続けろ」だの、いい加減にしろ!「お前らいい加減にしろォォォォォッ!! 指導評価するなら、もっとまっとうに後方から戦術的支援だけしてろぉぉぉぉっ!!」俺が黒い傘を地面にドォン! と叩きつけてキレ散らかすと、二人の師匠たちは「ちぇーっ、怒られちゃった」「……少し熱が入りすぎたわね」と、気まずそうに目を逸らした。
一方、その様子を少し離れた安全圏から見守っていたケットシーの少女・アリスは。「上層だし、まずはステラの動きをじっくり見ててほしい」とエルミナ先生たちに言われたため、大人しく待機していたのだが……彼女の精神は、すでに限界を迎えていた。「な、なんなのにゃ、あの人たち……。あんな無茶苦茶な『右足だけで究極魔法』とか『跳弾だけで脳天狙撃』とかいうイカれた指示を……」アリスはガタガタと震えながら、その無理難題な指示を、文句を言いながらも自衛隊仕込みの驚異的な身体能力と力200のゴリラ馬力で、実際に「ほぼ完璧にこなして」魔物をミンチにしていくステラの姿を凝視していた。「……実際に、こなしてるのにゃ……。おかしいのにゃ、A級冒険者のボクの常識が、第一階層から粉々に粉砕されてるにゃ……」ドン引きである。アリスの猫耳は恐怖で完全にペタンと寝ていた。さらに後半、混沌神の指示によって多用させられる、ステラの『無駄に派手な魔法少女エフェクト』――頭上からキラキラしたラメが降り注ぎ、ファンファーレが鳴り響き、どデカいピンクのハートが空間を爆破する光景を見るに至っては。「あ……あわ……あわわ……」アリスはドン引きを通り越し、完全に白目を剥いて、脳内で壮大な宇宙の心理を彷徨う【宇宙猫】の顔になってフリーズしてしまった。アリス、強く生きろ。
この異常な光景が、これから最下層まであと数十階層にわたって毎日続くのだから。




