おかん属性のヤンデレ邪神
「はーいステラちゃん、またちょっと休憩しようか☆」
「さっき昼休みを取ったばかりだろうがぁぁぁぁっ!!」
地獄のイチャイチャ旅行――と周囲(特によろず達)からは羨ましがられそうな、狂気のストーカー・ドライブが始まって、はや一ヶ月。
俺の精神ゲージは、ヤスリどころか【金属ブラシ】でガリガリと削られるような、凄まじい痛みに晒され続けていた。
ただでさえ痛いのに、精神が完全に摩耗して出血しそうなレベルだ。
ようやく中間折り返し地点までたどり着いた。
何もなければ、あと一ヶ月で念願の『深淵の監視者』ダンジョンである。
頼むから早くダンジョンに入らせてくれ! モンスター相手にこの一年の地獄の特訓の成果をぶちまけてストレスを発散しないと、俺の脳が内側から爆発しそうだ!そう本気で思っていた矢先に、これである。
御者台の混沌神――お前なんかもう「邪神」呼びで十分じゃ! Balmめ!――が、あからさまに不自然な二回目の休憩を提案してきたのだ。
(あーあ、もう我慢ならん! 身体を動かしたくて仕方がねえ!)
「ちょっとそこまで索敵に行ってくる!!」
俺はキャビンを飛び出すと、その場で叫んだ。
「わたしはっ、せかいいち可愛い魔法少女ですっ……☆(8回目)」
カチャリ。
まばゆい光と共に魔法衣装へと変身する。……そう、この衣装だ。一年の移動中、ウザ絡みしてくる邪神に「魔法少女の衣装セット(武器枠)」として無理やり作らせた、前世のアニメ『BLACK LAGOON』に登場するあの最凶メイド・ロベルタの完全再現コスチュームである。
ロングスカートのクラシカルな黒メイド服。一見すると上品で可愛いのだが、中身は防弾繊維が仕込まれたミリタリースペック。
そして手には、本家より無駄に飾りが多くてかなり可愛いデザインにアレンジされた、銃火器と鉄塊が仕込まれた【黒い傘(仕込み銃)】を握っている。
これを作らせた時、混沌神は「グチグチと文句を言いながらも、口元がめちゃくちゃ嬉しそうにニヤついていた」のを俺は見逃していない。
本当に趣味の悪いオカンだ。俺は時速100キロを超える魔法少女ステラとしての圧倒的な脚力で、街道の先へと全力疾走で駆け出した。
……いや、待てよ。修行してこれだけの魔力を得たっていうのに、【飛行魔法】ってやつは存在しないのか? 絶世の美少女魔法少女が、地面をガシガシと泥臭いダッシュで爆走して戦場に向かうって、絵面的にどうなんだよ!?これじゃ魔法少女っていうか、マジで南米の猟犬がターミネーターばりの馬力で追跡してくるホラー映像じゃねえか!そんな、自分の走る姿のシュールさに内心でツッコミを入れつつ爆走するステラ。
それを見届けた御者台の混沌神は、タキシードの襟を正しながら、フフッと満足そうにほくそ笑んでいた。
「ひゃはは、これでステラちゃんの機嫌も少しは良くなるだろうねぇ。それに、あの商人と今のうちに縁を結んでおくのは、今後のステラちゃんにとって絶大なプラスになる。まさに一石二鳥の完璧なマネジメントだねぇ♪」
天界の特等席で、この様子を強制的にモニターさせられているよろず(お漏らしから復帰済み)は、邪神のその限界突破した世話焼きっぷりに、心の中で全力のツッコミを叩き込んでいた。
(お前は過保護なオカンかァァァァッ!! 先回りして進路上のトラブルと将来のコネクションを調整してあげる邪神なんて世界に一人もいませんよ!!)
よろずはオカン邪神への冷ややかな視線をペンに込めつつ、新たな薄い本の構想(旅のスケッチ)をガリガリと描き続けるのだった。
しばらく街道を爆走していると、前方の視界に、砂煙を上げてかなり大勢の人間が武器をガチャガチャと鳴らしながら争っているのが見えてきた。
大きな商隊の馬車が、ガラの悪い男たちに包囲されて襲撃を受けている最中だ。
「よし! 合法的に暴れられるサンドバッグを発見!!」
俺はあえて、拾い上げた漆黒の防風ベールをロベルタメイド帽の上から深く被り直した。
そして、激しい戦闘が行われている街道の、これでもかと目立つ真ん中へ、わざと不審者丸出しの姿で仁王立ちした。
「あん? なんだあいつは!?」
「黒いベールを被った……メイド服の女……? けっ、商隊の生き残りか! 大人しく捕まっちまいなァ!」
案の定、馬鹿どもが俺の怪しすぎる姿に気づき、ニヤニヤと下品な笑みを浮かべながら解口でぐるりと取り囲んできた。
包囲を完了した盗賊の一人が、一言目に
「大人しく捕まれや!」と
テンプレ通りのセリフを吐く。
「ありがとうございます! ちょうどイライラしていたので、ちょっと暴れますね!」俺は両手でフリフリの飾りがついた黒い傘を構えた。
「ラブレス家に栄光あれ」……ではなく
「シャルロット姉さんに栄光あれ」と心の中で呟きながら、死なない程度に力を抑えて、周囲の盗賊どもに向けて一回転の薙ぎ払いを放った。エルミナ先生との地獄の一年間で、俺の【力:100】のステータスはさらに上がって今なら【力:200】ある。
おまけに俺は吸血鬼の属性持ちだ。鬼の力は驚くほどに強い。
余程、それこそガラス細工を扱うように手加減をしないと、人間程度の脆弱な身体など、一撃で肉片(血霧)になって消し飛んでしまう。
ブンッ!! という恐ろしい風切り音と共に、黒い傘が一周振り抜かれる。それだけで、包囲していた盗賊の半分が、受け止めた武器ごと強烈な衝撃波で遥か彼方の森の奥へと吹き飛んでいった。
まさに歩く超人、ありゃターミネーターだ。
「な、なんだあのバケモノはァァァ!?」
「ひ、悲鳴を上げる暇も――」
「はい、次!」
大体の位置関係を瞬時に把握した俺は、魔法少女の【速:60】自衛隊式走法を完全融合させた瞬足のステップで、残った盗賊団の懐へと音速で滑り込んだ。
メイド服の裾を翻し、黒い傘の先端で、トントン、と相手の急所や顎を正確に突いていく。
「あ、今のちょっと力加減間違えたかも」という奴が何人かいた気もするが、まぁ怪我も(たぶん)させてないし、殺してもいないからセーフ、セーフ!
ものの数十秒で、街道を埋め尽くしていた盗賊団の全員が、白目を剥いて地面に転がる事態となった。
「ふぅ……。ちょっとだけ気分が晴れたな。よし、邪神が待つ馬車に戻るか」
黒い傘を肩に担ぎ、俺が踵を返しようとした、その時だった。
「お、お待ちください、ベールの魔導士殿……!」
後ろから、慌てたような声で呼び止められた。
振り返ると、襲撃されていた商隊の中心から、いかもし恰幅の良さそうな、仕立ての良い絹の衣服を着た中年男性と、その周囲を固める、かなり腕の立ちそうな男女の護衛一団が歩み寄ってきた。
(うわ、面倒くさいのに話しかけられた。自衛官としてはこういう時の民間人との接触は事務的に済ませたいんだが……)
俺がベールの下で眉をひそめた、まさにそのタイミングを完璧に計ったかのように。パカパカパカ、ガラガラガラ……。街道の向こうから、シャルロット姉さまの紋章が入った豪華な馬車が、これ以上ないほどスマートな速度でこちらへと近づいてきた。
御者台で手綱を握っているのは、当然、あのタキシード姿の邪神である。
「はいはい、分かってたよ。お前のやり口なんぞ、最初から全部お見通しだっつーの!」
俺は近づいてくる馬車を睨みつけ、心の中で毒づいた。
混沌神は馬車をピタリと止めると、優雅な動作で御者台から降りてきた。
そして、いつの間にか『完璧な一流の執事』の姿へと変身を遂げ、俺の斜め後ろ、半歩下がった完璧なポジションにピシッと直立したのだ。
我が主、ステラ様。お怪我はございませんか? ……さあ、そちらの商隊の皆様。我が主が不埒な賊を排除いたしました。
これからの戦後処理の交渉は、この私、執事の混沌がお相手いたしましょう。
完璧なロイヤル・シチュエーションのセッティング。すべては奴の手のひらの上。
ムカつく。
話を聞いてみると、俺は馬車の数からして、てっきりいくつかの商人が集まった中規模のコンボイかと思っていたのだが、なんと彼らはアララット国内最大の商会――【大陸横断・黄金商会】の輸送隊だった。
しかも、目の前にいる恰幅の良い中年男性は、その商会の最高権力者である『会長本人』だという。
(国内最大の商会のトップが乗ってる輸送隊を、あんな端本の盗賊団ごときが襲うなんて、マジで頭のネジが外れてんじゃねえの……?)
これだけの護衛の手練れを揃えているのだから、俺が手出しをしなくても、盗賊の全滅なんて時間の問題だったはずだ。
本当にあの盗賊どもは馬鹿じゃねえのか。
「――ステラ様、とお呼びすればよろしいでしょうか。いやはや、シャルロット王女殿下の最大級の賓客である貴方様に命を救われるとは、我が商会、一生の誉れにございます」
商会長の男は、俺の正体や、王宮でシャルロット姉さまに
「これ以上ないほど丁重に、大事に扱われている身内」
であるという裏の情報を、すでに完璧に把握していた。
さすがは国内最大のネットワークを持つ商人のトップ、耳が早すぎる。
当然、俺が「顔を見せたら世界がプロポーズで狂う」という呪いのせいでベールを脱げない事情(王宮では、高貴な生まれゆえの極秘の盟約と噂されている)も察しており。
命の恩人であるステラ様のお顔を拝見できないのは誠に残念ですが……ふふ、これは私の日頃の徳が足りないのが悪いですな! 衣服の汚れを気になさるのも当然です。どうかお気になさらず!と、
豪快に笑ってこちらの無作法(ベールを被ったままの会話)を綺麗に流してくれた。さすがは大物の商人、交渉の持っていき方がスマートでビックリだ。
邪神め、最後には馬車のキャビンの横に、いつの間にか
「最高級の折りたたみ式テーブルとお茶会セット」までセッティングしやがり、俺と商会長の優雅な青空ティータイムを演出し終えていた。
腹立つ。
なんやかんやと商業の動向やダンジョンの情報について楽しく
(俺はベールの下からストローでお茶をすすりながら)話し込んだ後、商会長は懐から、眩い黄金の輝きを放つ一枚のカードを取り出した。
「ステラ様。これは我が黄金商会の『生涯 VIPゴールドカード』にございます。これを持つ者は、大陸中の我が商会の全店舗で最高級の歓待を受け、あらゆる物資の優先調達、さらには有事の際の緊急融資までが無条件で受けられます。
個人的な付き合いのある者にしか渡さない特別なものです。どうか、お受け取りください」
「えっ……。そんな大層なもの、頂けません」
「いえ、命の恩人への感謝です。お受け取りいただけねば、商人のプライドが立ちませんな!」
断りきれず、俺はそのゴールドカードを受け取り、アイテムボックスへと仕舞った。
……待てよ。
これ、めちゃくちゃ強い後ろ盾(軍資金ルート)が出来たんじゃねえか? 今後、ダンジョンをハックしていく上で、これ以上ないほど心強い最強の補給線が手に入ってしまった。
「ひゃはは、どうだいステラちゃん? 僕のセッティングした出会い、最高だったろ?」隣で、完璧な執事の姿をした混沌神が、俺の思考を100%読み切った上で、最高に満足そうな、腹の立つドヤ顔を浮かべて微笑んできた。
(……クソっ。俺が『ラッキー、これで補給が楽になるぜ』って考えたことすら全部読んだ上で、手のひらで転がして笑ってやがるんだ、あの邪神は……!)
俺はVIPカードのありがたみを感じつつも、邪神の完璧すぎるストーカー・マネジメントに激しい敗北感を覚え、ベールの下でギリィと奥歯を噛み締めるのだった。
ダンジョン到着まで、あと一ヶ月。お気に入りのロベルタ風メイド服を翻しながら、俺のストレスゲージは、まだまだ上昇を続ける予感しかしていなかった。
(続く)




