魔法教師の手配
「……俺は一体、今まで何をしていたんだ」翌日、よろずの臨時増刊号『白の王子と病める愛妾』のせいで熱が再発しかけつつも、あの精神世界での
「主神の啓示(※実際は混沌神の自作自演)」を信じ込んだ俺――ステラは、ベッドの上で改めて自身のステータス画面を凝視していた。
【ステータス】
特性:自己再生(大)、
不老不死、
アイテムボックス(小)
適正:
武器補正(中)、
魔法適正(大)、
魔法少女適正(極大)。
おいおい、定番のチート能力を最初から持ってるじゃねえか。なのに俺ときたら、下半身の仕様だの、薄い本だの、日替わり邪神の嫌がらせだのにパニックになって、一度も魔法を使ってない上にアイテムボックスの検証すらしてないだと!?
自衛官として、手持ちの装備や戦術オプションを放置していたなど、痛恨の戦術的失策である。打倒・混沌神を掲げた今、まずはこの『魔法適正:大』を実戦レベルまで引き上げるのが最優先課題だ。
「そうと決まれば、独学じゃなくプロに習うのが一番だな」俺は防風ベールをガチガチにセットすると、
シャルロット姉さまの元へと直行し、王宮で一番優秀な「魔法の家庭教師」を手配してもらえるようにお願いした。だが、ここからが難航した。なぜなら、教師の条件が【ステラの素顔を見ても狂わない(魅了されない)者】という、この世界において実質不可能に近い超高難度スペックを要求されるからだ。高名な魔術師や若き天才学者などを何人もリストアップしてみたものの、
シャルロット姉さまとエドガーが
「いや、この男はステラちゃんの素顔を見たら一秒で求婚の略奪婚を仕掛けてくる」「この爺さんも狂って魔法杖を振り回すに違いない」と、次々に却下していった。そして、選考が完全に泥沼化しかけた数日後。エドガーが
「ついに見つけましたよ、ステラちゃん。彼女の美貌という精神攻撃に完全に耐えられる、この王国で唯一無二の“精神の壁”を持つ男をね」と、
自信満々に一人の男を連れてきた。訓練場に現れたその男を見た瞬間、俺は思わず二度見、いや三度見した。
「……エドガーさん。俺、確かに『魔法の教師』を手配してくれって頼んだはずだよな?」
そこに立っていたのは、魔法使いらしいローブを着たインテリな人物では断じてなかった。それは、巨人だった。
全身が分厚い鋼のような筋肉で覆われた、無敵の黒鉄の要塞。
身長は優に二メートルを超え、着ている服の袖からは、大砲の砲身のような太さの腕が突き出ている。
顔には無数の傷跡があり、眼光は完全に修羅のそれだ。
「ご紹介しましょう。アトラス闇の闘技場で300戦無敗、その圧倒的な精神力でいかなる精神魔法も魅了も一切通さない鉄の男――ゴットフリートです」
ゴットフリートは、腕を組んだままフン、と鼻息を漏らした。その風圧だけでベールがめくれそうになる。
「お前が俺の生徒か。……魔法の基礎を叩き込んでやる」声まで地響きのような低音だ。だが、どう見ても魔術師ではなく、物理攻撃で国を滅ぼす側のゴリラ
(力:300くらいありそう)である。
「いやいや、エドガーさん! 闇の闘技場の無敗王者って完全に前衛の戦士じゃねえか! 大体、本当にこの男、俺の素顔を見ても狂わないんだな!? 男だぞ!?」
俺の必死の抗議に、エドガーは糸目をさらに細めて、余裕たっぷりに頷いた。
「大丈夫ですよ。ゴットフリートの精神力は、本物の魔王の魅了眼すら無効化した実績があります。人間の美貌ごときに揺らぐようなタマじゃありません。嘘だと思うなら、今ここでベールを取ってみてください。僕は念のため後ろを向いておきますから、遠慮は要りませんよ」
「……そこまで言うなら」自衛官たるもの、ここで引き下がるわけにはいかない。俺はゴットフリートの「無表情な鉄面皮」を見つめながら、意を決して頭の漆黒ベールを恐る恐る上へと持ち上げた。遮るもののなくなった、俺の『狂気の美貌(吸血鬼魔法少女仕様)』が、訓練場の朝日に照らされて輝く。ベールが、完全に上がりきった、その瞬間であった。それまで石像のようにピクリとも動かず、無表情に立ち尽くしていたはずの黒鉄の巨人・ゴットフリートの眼孔が、カッと見開かれた。
ドガァァァァァンッ!!
「え――」
次の瞬間、人間の動体視力を完全に置き去りにした音速の踏み込み(闇の闘技場無敗のステップ)で、二メートルの巨体が俺の目の前に肉薄した。あまりのスピードに空気破裂音が響く。逃げる暇も、グロックを抜く暇も、変身する暇すら与えられない。ゴットフリートの、丸太のような太さの両腕が、俺の華奢な美少女ボディを
ガシィィィッ!! と
凄まじい力で正面から捕らえた。
「しゅてらぢゃぁぁぁぁぁぁん!! がわいいいいいいいいいいいいいいっっっ(大爆音)!!!」
「ぶふぉぉぉっ!?」
無敵の黒鉄の要塞から放たれたのは、鼓膜が破れそうなほどの、耳をツンざくような超高音のデス声(赤ちゃん言葉混じり)だった。
ゴットフリートは完全に脳のヒューズが消し飛び、目が血走った状態で、俺の身体を壊さないようにギリギリの力(それでも力100の俺が圧死しかける剛力)で、猛烈なハグを何度も、何度も、狂ったように繰り返した。
がわいい! がわいい! 離さない! ボクの、ボクのお姫様みーつけたぁぁぁぁ
(号泣)!!!
巨体の漢が、顔を真っ赤にして鼻血と涙をボロボロと流しながら、俺を抱きしめたままグルグルと超高速で回転し始める。
魔王の魅了すら無効化した無敗の男の精神力は、俺の『邪神公認の狂気の美貌』の前に、開始0.1秒で塵も残さず完全崩壊していたのだ。
「エ、エドガー……お前……信じ、て……たの、に……っ」
俺はゴットフリートの鋼の胸筋に顔面を埋め込まれ、圧倒的な質量とガチ恋の覇気に揉みくちゃにされながら、後ろを向いて「おやぁ? おかしいですねぇ?」と首を傾げているエドガーに向けて、呪いの言葉を遺した。バグのレベルが違った。混沌神と戦える力を得るための家庭教師が、まさかの「一発でガチ恋勢のバーサーカーに変異するバケモノ」だったのだ。物理的な窒息と、異次元の精神的恐怖により、俺の意識は本日も綺麗さっぱり途絶え、そのまま巨人の腕の中でガクッと白目を剥いて気絶するのだった。
(続く)




