狂気の王都即売会
「……嘘だろ。いつの間に、我が専属メイドはこんな『巨大組織のトップ』に上り詰めてやがったんだ……!?」
ダンジョン雑貨屋からの脱走作戦に完全失敗し、泣く泣く王宮の自室へと連れ戻された俺――ステラ。傷ついた心を癒やす間もなく、俺の部屋の応接スペースは、信じられない光景へと変貌を遂げていた。
「そこ、トーンの処理が甘いです! 邪神様の視線の鋭さは、ステラ様のハイブリッドな部分への執着を表現する命綱なんですから、もっとドス黒い魔力を込めて削りなさい! あと背景担当、王宮の廊下のパースが狂っていますよ! これでは二人の情熱的な逃避行の緊迫感が伝わりません!」
「はい、よろず先生!!」
「申し訳ありません、よろず先生!! すぐに修正します!!」
部屋の中では、五人の見習いメイドたちが机を並べ、インクの匂いを漂わせながら必死の形相で原稿用紙に向かっていた。その中心で、いつになく鋭い眼鏡を光らせ、鬼の演出家のごとく怒声を飛ばしているのが、我が専属メイドのよろずだった。
そう。俺が王宮のレッスンや邪神の精神攻撃に耐えてのたうち回っている間に、よろずはただの腐女子メイドから、何人ものアシスタント(下流メイドたち)を抱える【同人界の大手カリスマ作家・よろず先生】へと恐るべき進化を遂げていたのだ。
仕事しろよ、マジで!
「あら、おかえりなさいませステラ様。お出かけはいかがでしたか?」
「いかがでしたかもクソもあるか! あの雑貨屋、店員が全員混沌神の形状違いで、本体のイケ叔父に耳元で『君は僕のもの』って囁かれて、命からがら逃げ帰ってきたんだよ!」俺がベールの下から涙ながらに怒りをぶちまけると、よろずの目がキラーンと狂気的に輝いた。
「――なんですって? 雑貨屋の店員が全員、混沌神様の分身……!? つまり、ステラ様がどこへ逃げようとも、世界のすべてが邪神様の愛の檻で満たされているということですか……! 邪神様の独占欲、完全にカンストしていますね!!」
よろずは興奮のあまり鼻血をフンスと噴き出し、そのままガタッと席を立った。「素晴らしい……! 最高の設定です! 実は、先ほど混沌神様ご本人が直々にこの部屋にいらっしゃいましてね。
『さっきステラちゃんをちょっといじめてきちゃった♪』と、その時の詳細なスクショ……ではなく、記憶のビジョンを私に直接提供してくださったのですよ!」
「あのクソ邪神、本人に直接ネタ元を横流ししてやがったなァァァァッ!?」
「ええ! おかげで、ダンジョン雑貨屋での『完全監禁・独占ホールド編』のプロットは完璧です! アシスタントの皆さん、新刊のページ数を倍に増やします! 今夜は全員徹夜ですよ!!」
「「「はいっ、よろず先生!!」」」部屋の中に響き渡る、狂ったオタクメイドたちの雄叫び。原作者(俺)の目の前で、公式(邪神)と最大手サークル(よろず)による、地獄のメディアミックスが秒読みで進行していた。数日後。よろずの暴挙は、ついに王宮の壁を飛び出し、アララット王国の王都全土へと飛び火した。
「おい、よろず……。お前、これはさすがに国家反逆罪か何かに問われるレベルの大問題だろ……!」
俺は漆黒の防風ベールをガチガチに抑えながら、王都の中央大通りに面した『とある一等地』の前に立ち尽くし、絶望に震えていた。なんと、よろずは今回、王宮でのゲリラ販売だけでは飽き足らず、【王都のド真ん中で一軒の大きな店舗を丸ごと貸し切り】、大規模な新刊即売会と、著者である自分自身の「握手会」を強行する計画を立てたのだ。店の前には、すでに王都中の腐った令嬢や、事情を察した女性冒険者、さらには「噂の魔法少女の秘話が読める!」と勘違いした一般の読者までが、大蛇のような大行列を作って並んでいる。
「さあさあ、列を乱さないでください! プレミアム特典付きの新刊
『邪神様の愛の檻から逃げられない吸血鬼魔法少女』、今ならよろず先生の直筆サインと握手券が付いてきまーす!」
店舗の周囲を固めるのは、よろずに買収、あるいは洗脳された王宮の【サポートメイド軍団】の精鋭たちだ。彼女たちは完璧な連携で列を誘導し、怪しいグッズを次々と売り捌いている。(クソっ、このままこの本が王都中に流通したら、俺の社会的ステータスは『邪神の愛妾』から『邪神の完全なるおもちゃ(ガチBL仕様)』へ完全にランクダウンする! 元陸曹長として、この不名誉な戦況は絶対に阻止せねばならん!)
俺は腰の弾薬ベルトにセットされた、鍛冶神の加護で魔改造された愛銃『グロック』と、ナイフ代わりの銃剣に手をかけた。こうなったら、魔法少女に変身するまでもない。自衛隊の隠密格闘術と物理的な武力行使によって、この違法即売会会場を完全に制圧、新刊を全冊一網打尽にして燃やし尽くしてやる!
作戦名『同人誌マーケット完全崩壊作戦』、これより突入を開始する
――チェス――俺が一歩を踏み出そうとした、その時だった。貸し切られた店舗の2階の窓から、ひょっこりと顔を出した人物がいた。
ビシッと決まった高級な黒いタキシードを着こなし、片手に拡声器(魔道具)を持ち、胸に『影のマネージャー』と書かれた金色のバッジを光らせている男。糸目の奥にある、最高に楽しげな邪悪な笑み。混沌神だった。混沌神は、拡声器のスイッチをポンと入れると、王都の中央大通り全体に響き渡る大声でアナウンスを開始した。
「はーい、影のマネージャーの混沌神だよ☆ 読者のみんな、集まってくれてありがとう! 本日のスペシャルサプライズとして、なんと今から、本作の『本物の主人公』が、この会場のどこかからベールを被って応援に駆けつけてくれまーす! みんなでベールを剥ぎ取って、彼女の『狂気の素顔』を拝んじゃおうね!」
「な、何言いやがるあいつはァァァァッ!?」
俺の脳細胞が恐怖で一瞬にして沸騰した。そのアナウンスを聞いた瞬間、行列に並んでいた何百人もの女性たちの目が、一斉にギラリと獣のように血走った。
「えっ!? 本物の魔法少女ちゃんが来てるの!?」
「ベールを被った不審者を探せ! 剥ぎ取って素顔を見るのよ!!」
「キャーッ! 邪神様との生ツーショットが見られるかもしれないわ!!」
「うわあああああ! こっちを見るな! 探すな!!」
作戦は突入前に完全崩壊。それどころか、敵の影のマネージャー(神)の計略によって、俺自身が「王都中のオタクどもに追われる最高の一大イベント」のターゲットにされてしまったのだ。
「先生! あそこに黒いベールを被った怪しい奴がいます!」
「囲みなさい! 逃がしてはダメです、先生の握手会の特別ゲストにするのです!」よろずの手下のサポートメイド軍団が、目を血走らせて俺に向かって一斉に突撃してくる。
「くるなァァァァァッ! 仕事しろよお前ら! 王宮の雑務を放り出して何が即売会だァァァァッ!!」俺は羞恥心と恐怖で叫びながら、ダッシュで回れ右を決めた。魔法少女の変身ポーズを取る隙すら与えられないほどの包囲網。俺はベールを必死に両手で押さえながら、自衛隊仕込みの驚異的なステップとジグザグ走行(対地攻撃回避運動)を駆使し、王都の路地裏へと必死の形相で遁走(逃亡)するしかなかった。遥か後方からは、店舗の2階の窓から身を乗り出し、お腹を抱えて
「ひゃはははは! 走れ走れステラちゃん! 今日も最高の売り上げだよ!」と、涙を流して大爆笑する混沌神の声が、王都の空に虚しく響き渡っているのだった。
(続く)




