はぁ~っ 今日も王宮は地獄だぜぇ!
「ほらほら、ステラお姉ちゃん! 次のお洋服に着替えよう? ボクがぜーんぶ手伝ってあげるから、力を抜いて身を任せてね!」
「近寄るな! 衣服の着脱くらい自分で行う! 自衛隊の基本は迅速な自己完結だ!」俺の新しい専属お世話係として配属された(男の娘)メイドのピノ。一見すると、どこからどう見ても可憐で小柄なロリっ子にしか見えない僕っ子なのだが、その実態は今の俺と同じく「下に立派な大砲をぶら下げた」似て非なる同類である。このピノ、メイドとしての仕事自体は恐ろしいほど完璧にこなす。部屋の掃除はプロであるどこを見てもチリ一つ残さないし、淹れるお茶の温度も絶妙だ。だが、問題はその完璧な仕事の合間に、信じられないほどの過剰なスキンシップをこれでもかと仕掛けてきやがることだった。
「はい、じゃあドレスの背中の紐を締めるよ。ちょっと失礼して、ぎゅーってしちゃうね!」
「待て、抱きつくな! 距離が近い! 物理的な間合いが完全なるゼロだ!」服を着替える時も、お風呂に入る時も、ピノの動きは常に油断がならない。たちの悪いことに、奴は決して一発アウトになるような直球のセクハラはしてこないのだ。法と倫理の境界線、本当に「ギリギリの超アウト一歩手前」のラインを、狙い澄ましたかのように的確に攻めてくる。ちょっとでも俺の防御姿勢が遅れれば、俺のトップシークレットとピノの凶器が物理的に大衝突しかねないという、常に一触即発の緊張感が部屋の中に漂っていた。そして何より腹が立つのは、ピノのそのギリギリな動きを、後ろからあからさまに――本当に隠そうともしないでニヤニヤしながら指導している奴らがいることだ。
「いいですか、ピノ。そこはもっと、ドレスの裾を直すフリをして、ステラ様のハイブリッドな部分に『うっかり』指先が触れそうになる角度で攻めるのです。そうすれば、隠密ベールの隙間からステラ様の素晴らしい『羞恥と困惑の表情』が拝めますから!」
「なるほど、よろず先輩! こうだね? えっい!」
「おい、よろず! お前、自分の主を薄い本のネタにするための演出論を現役のメイドに叩き込むな! 教育に悪すぎるだろ!」俺がベールの下から怒声の掌底(言葉の暴力)を叩き込んでも、よろずはフンスと胸を張るだけだ。さらにタチの悪いことに、よろずの隣には、いつの間にか「先輩メイド」の姿に化けたあのクソ邪神・混沌神が当然のように控えていた。
「うんうん、素晴らしいねぇ。その『うっかり触れそうになる』っていう緊迫感が、読者のエロティシズムを刺激するんだよ。よろずちゃん、今の構図をしっかりメモしておくんだ。
あと、ピノ君も今の角度、実に僕好みだよ。ご褒美に加護をちょっと盛ってあげよう」
「わーい! ありがとうございます、混沌神様!」
「混沌神様、さすがです! 最高の萌えの供給をありがとうございます!」指示を出している奴の正体が、この世界のバグの元凶たる邪神。そして、それを受けて嬉々として俺をハメようとする現役メイドたち。ピノとよろずに至っては、目の前のメイドを普通に「混沌神様」と呼んで崇め奉ってやがる。隠す気ゼロかよ!
「あああああ! 今日も俺のストレスと酒量、そしてよろずの薄い本の材料が増えやがるコンチクショウ……(泣)!」俺の叫びは、二人の狂った創作意欲のノートにガリガリと書き込まれる燃料にしかなっていなかった。そんな地獄のピノ・ハラスメント生活から数日が経った頃、王宮内にはさらなる破滅的、かつデマゴーグに満ちた噂が、城壁を突き破るほどの勢いで爆発的に広まっていた。
――『あの呪いの離宮をワンパンで救った金髪の謎の令嬢ステラは、混沌神の最愛の愛妾(お気に入り)である』よろずが徹夜で印刷し、シャルロット姉さまの元雑貨屋ルートを伝って王宮内にバラ撒いたあの同人誌のせいで、この嘘八百の設定が「公式歴史事実」として王宮の女性たちの間で完全定着してしまったのだ。
そうなると、次に何が起きるか。「噂の『尊い公式カップリングの片割れ』の姿を一目拝まなくては!」と、俺の部屋には毎日、何かしら適当な用事を見つけた女官や侍女たちが、ひっきりなしに押し寄せるようになってしまったのである。
ステラ様、こちら今朝届いた、王宮の庭園のひまわりの開花状況に関する報告書でございます……
(じゅるり)
ステラ様、お部屋の換気状況がいささか心配でしたので、空気の入れ替えに参りました……
(ハァハァ)
お前ら、さっきから書類を見るフリをして、俺のベールの隙間から顔を覗き込もうとするのをやめろ。
あと、呼吸が荒い。完全に獲物を見るハンターの目になっている。
さらに悪いことに、中にはこの前俺をハーブティー(酒入り)でハメて、全裸でベッドに縛り付けたあの肉食系の高貴な夫人(公爵令嬢)までもが、何食わぬ顔で再び用事を口にしながら襲来する始末だった。
「あら、ステラちゃん。ご機嫌いかがかしら? 今日は新しい、絶対に安全な『最高級のお茶』を持ってきたのよ? ほら、前回のことは水に流して、私の愛を受け入れてちょうだい……?」
「来るな! 帰れ! あなたには出入り禁止命令を出したはずだ!」
部屋の防犯体制を陸上自衛隊の駐屯地レベルまで引き上げ、自動小銃でも配備したい気分だったが、ここは王宮。相手は高貴な婦人だ。物理的に排除することもできず、俺はピノを盾にしながら部屋の隅で小さくなるしかなかった。だが、この一連のパニックの中で、一番の元凶であり、最も調子に乗っていたのは、やはりあのクソ邪神・混沌神だった。
「やあステラちゃん。今日の僕は、王宮を警護する『爽やかな若手騎士』の姿だよ♪ 君のピンチと聞いて、颯爽と駆けつけちゃった!」
「ステラ様、今日の私は、王室に長年仕える『渋い初老の執事』の姿です。さあ、高貴な主人のために、極上の紅茶をお淹れしましたよ」
なんと、奴は王宮の女官たちへのファンサービスと称して、【日替わりで姿を変えて】俺の部屋に堂々と現れやがるようになったのだ。
ある日はピカピカの鎧を着たイケメン騎士、ある日はモノクルをかけた完璧なロマンスグレーの執事。
しかも、奴は女官たちがドアの隙間や窓の外から、目を血走らせて部屋を覗き見しているのを完全に計算し尽くしていた。
「さあ、ステラちゃん。お茶が冷めないうちに……ね?」騎士の姿をした混沌神が、巧妙に俺の後ろに回り込み、俺の腰を引き寄せるようにして顔を近づけてくる。あるいは、執事の姿で俺のベールを優しく持ち上げ、耳元で怪しく囁く。その都度、外からは地鳴りりのような黄色い声援が響き渡った。
「キャァァァァァッ!! 見た!? 今日の騎士様、ステラ様の肩を抱いたわよ!」「最高……尊すぎて息ができない……! 今日の執事プレイ、完全にステラ様を独占しようとしてる! よろず先生、今のシーン、次回の新刊の巻頭カラーにしてください!!」
「キャーッ! ステラちゃん、邪神様に愛されすぎてて羨ましい――!」部屋の外でメイドや女官たちが狂喜乱舞し、キャッキャと黄色い声の津波が流れる中、俺の精神ゲージは完全にゼロを割り込んでいた。
中身はおっさん、元自衛官。それが今や、日替わりで姿を変える邪神の「お色気ツーショット相手」として、王宮中の腐女子たちの最高のオカズにされているのだ。
「もう嫌だ……死にたい、本気で死にたい……。誰か俺を、沖縄の演習場に戻してくれ……」あまりの精神的苦痛と、逃げ場のないストレスの暴風雨に耐えかね、俺は震える手で腰の小袋からスキットルを引っ張り出した。
ベールの下から、愛しのウォッカを口に含む。
一口、ゴクリ。
……カッと喉が焼ける。よし、これで少しだけ現実の狂気から意識を遠ざけることができる。
落ち着け、俺。
もう一口、ゴクリ。
……うん、アルコールが脳に染み渡る。耐えろ、長谷川聡。
ここで崩れてはいけない。だが、俺はそこでピタリとスキットルを口から離し、蓋をきつく閉めた。忘れてはならない。俺の身体には、混沌神が仕込んだ
『アルコールを三回(三口)口にすると強制気絶する』という、最悪の呪い(弱点)があるのだ。もし、ここで耐えかねて三口目を飲んでしまったらどうなるか。
俺はその場で意識を失い、完全に無防備な状態でベッドに転がることになる。
そうなれば、部屋の前にいるよろず、ピノ、そして日替わりの混沌神や、覗いている肉食系女官どもの格好の餌食になり、明日の朝にはさらに過激な薄い本の材料にされるのは火を見るより明らかだった。
だから、どれほど精神が崩壊しそうでも……
飲めるのは、【絶対に二杯(二口)まで】……!パニックを鎮めるための特効薬であるはずの酒すら、回数制限のせいで最大のストレス源になるという、
完璧な詰み状況。
「死にたい。本当に、今すぐ消えてなくなりたい……」
華奢な美少女の身体に、特大の男のモノをぶら下げ、顔を隠したベールの下で涙を流しながら、二杯縛りの酒で限界まで耐え続けるステラ。
そんな俺の涙ぐましい絶望の姿を見て、今日の『爽やか騎士』姿の混沌神は、女官たちに見えない角度で、声を殺しながら
「ひゃはははは! 最高だよステラちゃん! その耐えてる顔が一番のゴチソウだねぇ!」と、狂ったように大爆笑を浮かべているのだった。
(続く)




