腐女子は度し難い
王宮へと音速で逃げ帰った俺は、大急ぎでいつもの地味なドレスに着替え
(ベールは爆散したので予備のカーテンの切れ端を頭に巻き)
ようやく自室のベッドで荒い息を整えていた。
お帰りなさいませ、ステラ様。
アトラス神殿での『大爆発事件』、すでに王宮まで噂が届いておりますよ?
ガリガリとノートにペンを走らせながら、部屋の暗がりからよろずがぬっと現れた。その目は獲物を見つけた猛獣のそれだ。
「よ、よろず……聞いてくれ。俺、アトラス神殿の結界に触れた瞬間、体が消し炭になるレベルで大爆発して吹っ飛んだんだ。
どうやら俺の種族『混ざりもの』って、ガチで吸血鬼の属性が入ってるっぽい……」
「まぁ、吸血鬼! 背徳的で大変素晴らしい属性ですね! ……で、それだけですか?」
いや、その爆発して死にかけてる最中に、頭の中にあの混沌神の声が響いてきてさ。『僕から逃げられるわけないでしょ? 君は僕のもの』って言いやがったんだ。
たぶん俺が吸血鬼なのも、あのクソ邪神の仕業だ!俺が怒りを込めてそう言った瞬間、よろずの動きがピタリと止まった。
「……なんですって?」よろずがノートを机に叩きつけ、凄まじい眼力で俺に詰め寄ってくる。「混沌神様が、死にゆく貴方の頭の中に直接語りかけ……
『君は僕のもの』と? 聡様、いえステラ様。貴方、あの御方と一体どこまで関係が進んでいるのですか!? 詳しく、具体的に、何分何秒抱き合っていたのか吐きなさい!!
「進んでねえよ! 俺はただのおもちゃ――」
「おや、僕のいないところで僕の噂話かい? 仲が良いのは結構だけど、嫉妬しちゃうな」
「――ひゃいっ!?」突如として、部屋の空間がぐにゃりと歪み、そこから一人の男が現れた。今回はメイドでもダンス講師でもない。仕立ての良い高級なスーツをだらしなく着崩した、いかにも胡散臭い【イケ叔父風の男】の姿をしていた。
だが、醸し出す邪悪な神気と糸目の笑顔は、間違いなく混沌神その人だった。
混沌神は、驚愕で固まるよろずに向かって、パチンと軽薄にウインクを飛ばした。「そんなに僕たちの『関係』が知りたいのかい? だったら――見たら一発で分かるだろ?」
「しまっ――」
自衛官としての危険察知が働いた時には、すでに遅かった。混沌神が指を鳴らした瞬間、俺の身体は重力を無視して、一瞬で奴の手元へと引き寄せられていた。
「わっ、ちょっと、離せっ……!」反抗する間もなく、混沌神の長い腕が俺の腰をガッチリと抱きしめる。中身はおっさん、見た目は絶世の美少女(現在カーテン頭巻き)の俺を、イケ叔父邪神が完全にロックした。混沌神は、俺を愛おしそうに抱きしめたまま、興奮で息を呑むよろずに向かってニヤリと妖しく微笑んだ。
「――こういう事さ。じゃあね」
「あ」
そう言い残し、混沌神は俺を解放すると同時に、煙のようにその場から消え去った。あとに残されたのは、あまりの神の力に何一つ抵抗できず、ただただ圧倒されて床にへたり込んだ俺だけだった。抱きしめられた時の、あの絶対的な強者の質感。そして「君は僕のもの」という呪いのような言葉。
(……待てよ。これから先、あの邪神に目をつけられた俺の人生、一体どうなっちまうんだ……?)
底知れない恐怖が脳裏をよぎり、俺はその場に両膝をついてガタガタと震え、床を見つめて座り込んでしまった。
一方、その様子を特等席で目撃したよろずはというと――
「ひぅっ……ふ、ふつくしい……! 邪神様の圧倒的強引なホールド、それに対して無力な吸血鬼魔法少女……! ああ、脳内物質が、尊さのあまり、天に、召さ、れ……っ!!」
よろずは今にも興奮のあまりその場で昇天しそうなほど顔を真っ赤にし、鼻血をダラダラと流しながら、「神回キターーー!!」と叫んで部屋から猛ダッシュで飛び出していった。
止めようにも、俺にはもうそんな気力は残っていなかった。数日後。王宮の様子が、明らかに、目に見えておかしくなった。
「ねえ、読んだ? 巷で話題の、あの『混沌の神と光の魔法少女』の物語!」
「読んだわ! 姿を隠して生きる地味な少女が、実は邪神様に愛される最強の魔法少女だなんて、なんてロマンチックなの!」
よろずが徹夜で書き殴ったであろう小説や、それを元にした「薄い本(同人誌)」が、シャルロット姉さまの雑貨屋ルートを伝って王宮内、ひいては城下町にまで爆発的な勢いで溢れかえっていたのだ。
公式(?)では「禁断の恋を描いた感動のラブロマンス」として大ヒットしている。だが、恐怖はそれだけでは終わらない。
王宮のさらに深い陰、よろずをはじめとする一部の『ガチ勢』たちの間では、さらに恐ろしい裏本が流通していた。
【混沌の邪神×漆黒の吸血鬼(中身はおっさん陸曹長)】の、ガチガチのBL同人誌である。
「あ、ステラ様、おはようございます……ふふっ、昨夜は『彼』に激しく愛されたのかしら……?」
「今日のベールの隠し方、なんだか首元を隠しているようで意味深ね……
(じゅるり)」通路を歩くだけで、すれ違うメイドや、事情を察した耐性持ちの女性貴族たちから、生温かい、そして妄想に満ちた熱視線を執拗に浴びせられる。
前世で泥水をすすりながら受けたどんな隠密訓練よりも、この王宮の廊下を歩く時間の方が圧倒的に居たたまれない。精神的死亡である
――その様子を、遥か高みの世界の狭間で、特大のスクリーン(神の奇跡)に映し出して見ていた混沌神は。
「ひゃはははは! 傑作! 最高の展開じゃないか! まさか僕とのBL本が異世界でトレンド入りするなんてさ! よろずちゃん、いい仕事するねぇ! あはははは!」お腹をよじらせ、涙を流しながら大爆笑。中身おっさんのステラのストレスが溜まれば溜まるほど、邪神のノートには次の「楽しい悪だくみ」が嬉々として書き込まれていくのだった。




