Episode5:あなた、国外追放されるわよ
翌日の昼休み。
食堂の隅の席へ向かうと、ヴァレリアは、いつもの場所で自分のパンを広げていた。
私に気づいた瞬間、ほんの少しだけ目を見開く。けれど、すぐに視線をそらした。
「……本当に、来たのね」
「来るって約束でしょ?」
「約束は、していないわ」
そう言い放つ彼女に、私は遠慮なく向かいの席へ腰を下ろした。
私もパンを取り出して食べ始めてしばらくすると、視線を感じた。少し離れた席の学生たちが、こちらを見て、ひそひそと何かを話している。目が合うと、さっと顔をそらされた。
内容までは聞き取れなかった。だが、空気から察するに、あまり気持ちの良い会話ではなさそうだ。
ヴァレリアの、パンをちぎる手が途中で止まった。気づいたのは、私だけではなかったらしい。
「……ひとつ、聞いてもいいかしら」
「うん、いいよ」
切れ長の瞳が、まっすぐ私を見つめる。
「あなたは注目されている。こうして私と過ごすことは、何の得にもならない。むしろ評判を落とすだけでしょう……それなのに、どうして私に構うの? 本当は何か狙いがあるのでしょう?」
「狙いなんて……言ったでしょ? ただ、お友達になりたいだけ」
「なぜ私なの? あなたが自分から誰かを誘うなんて話、これまで聞いたことがないわ」
(う……)
今日の彼女は、はぐらかすのが難しそうだ。
ゲームの悪役令嬢――ヴァレリア=クライゼルは、ヒロインを妬み、嫌がらせを重ねる。そして最後には、罪を問われて国外追放される運命だった。そのヒロインが、今は私なのだ。
けれど、目の前の彼女は、まだ何もしていない。
ちらりと、周囲を見回す。ひそひそ声は、まだ止まない。
「……ヴァレリア」
「何?」
「二人きりで話したいことがあるの。ここじゃ、人目が多すぎるから……」
ヴァレリアは怪訝そうに眉を寄せた。
「ここでは話せないこと?」
「うん」
「……いいわ。はっきりさせてくれるなら」
意外にも、あっさりうなずいてくれた。
* * *
私たちは食堂を出て、校舎の裏手にある庭園へ向かった。奥の人通りの少ない場所まで来ると、周囲に人影はなかった。
「それで、話というのは?」
「実はね、私……未来が見えるの……」
しばしの沈黙。
ヴァレリアは、私の顔をじっと見つめている。反応がない。
「ええと、信じられないのは分かるんだけど、本当なんだよ」
「そうね。いきなりそんなことを言われても、困るわ。むしろ、ますます怪しくなった」
だけど、他に説明のしようがなかった。
まさか「あなたは乙女ゲームの悪役令嬢で、私はそのゲームをやり込んだプレイヤーなんです」なんて言えない。それでも、信じてもらうしかない。
「本当に見たの。あなたの未来を」
「……それで? その未来はなんなの?」
ヴァレリアの声が、わずかに低くなった。からかわれているわけではない、と思ってくれたのかもしれない。
私はすっと背筋を伸ばし、意味ありげに目を細める。そして、普段よりずっと低い声を作る。
「あなた……っ!」
ヴァレリアが、ごくりと息をのむ気配がした。
その空気に押されて、勢いのまま口が動く。
「こ――」
そこまで言いかけて、はっと口を閉じる。
(違う……! こんなセリフ、乙女ゲームのヒロインは、言わない……!)
それに、本当のことは言えない。王女である私への嫌がらせが原因で、国外追放されるなんて。
(伝え方は考えないと……そうだ!)
私は小さく咳払いをして、普段の声に戻す。
「あなたは、濡れ衣を着せられて、罰を受けるの」
「濡れ衣……?」
「ええ。王族を侮辱する噂を流した、という罪でね」
「……私が、王族を侮辱する噂を?」
「そう。でも戸惑うのも無理はないよね。だって、あなたは何もしていないのだから。本当は他国の者の仕業だったと、あとで分かるの」
(ああ……超テキトーなこと言ってる……)
そう思いながらも続ける。
「この国は永世中立。それを政治的に崩壊させようと企てた者がいたの。そして、その罪をなすりつけられたのが、あなた」
ヴァレリアは黙って耳を傾けている。
「その結果、国外追放になる」
「国外追放……」
「だけど、それでは終わらなかった。あなたを濡れ衣で罰したせいで、国王への信頼まで損なわれて、私たち王族は悲劇的な末路を迎えるの」
「それは、いったい……?」
「悪魔が取り憑いた一族として非難され、断頭の刑よ……」
「そんな……」
(あぁ……『ロザリアの誓約』原作者さま、雑な脚本ほんとうにすみません……)
私は慌てて付け加える。
「あ、もちろん、今すぐそうなるって決まったわけじゃないよ! 未来は変えられると思う!」
「未来を、変える……?」
「そう。だから、私はあなたと仲良くなりたいの」
「私と?」
「うん。そうすれば、あなたが王族を侮辱する噂を流したなんて、信じる人はいなくなるでしょ?」
「そんな話……」
にわかに信じがたいという表情をしている。
(あー! もう、どうにでもなれー!)
私は彼女の手を取り、言い放った。
「未来が見えても、あなたのことはまだ何も知らない。だから、知りたいの。それにね、あなたと笑い合える未来を築きたいの。これから先も、ずっと……」
「サトリナ……」
ヴァレリアの目が、大きく見開かれた。白い頬が、みるみる赤く染まっていく。
(ちょっとくさかったかな……)
握った手が、ぎゅっと握り返された。
ふと、視界の端で何かが赤く揺れた。
庭園の片隅に、深紅の花が一輪だけ咲いている。
(……あれ? この構図、どこかで見たような……)
ヴァレリアと視線が重なった、ちょうどそのとき、学園に鳴り響く鐘の音。予鈴のようだった。
そして――
「……サトリナ?」
聞き覚えのある声に振り向くと、庭園の入口にレオンが立っていた。すぐそばには、シャルル、アーベル、ルカ。四人の王子様が、勢ぞろいしている。
(なんで王子たちが、ここに? この状況はまずいかも……)
「よ、予鈴鳴ったね! そろそろ教室に戻らないと!」
その直後。
ガサガサと、近くの茂みが大きく揺れた。
「ひゃあっ! 虫が!」
茂みから、ふわふわの金髪の少女が転がり出てきた。少女は背中をぶんぶんと振り回し、必死に服を払っている。
やがて、ようやく私たちに気づいて、ぴたりと固まった。
「あ……サトリナ様……」
気まずそうに視線を泳がせる少女。その髪には、葉っぱがいくつも絡まっていた。
(あなた、誰……?)
王子様が四人に、手を握ったままの悪役令嬢が一人。そして茂みから現れた、謎の金髪少女。
ゲームに1ミリもなかった展開に、私の頭はショート寸前だった。




