第96話 村を襲う魔族
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「俺たちが行く。アンタらはここで待っていろ」
レオンは迷いのない口調で、村人たちを遮るように言い放った。
「な、何を言ってるんだ!? アンタらは関係ない旅人だろ! 相手は化け物なんだぞ、死にに行く気か!?」
村人が血相を変えて引き止めようとする。しかしレオンは、淡い光を放ち始めた左手のガントレットを村人たちに堂々と見せつけた。
「俺たちは魔術師だ。――魔族の始末なら、専門家に任せろ」
レオンは先頭の村人の肩をポンと叩くと、そのまま納屋の外へと歩き出した。
その背中に続くように、クラリスが杖を肩に担ぎ、エレナはゴールドバルト家のネックレスにそっと手を触れる。 ルシフェリアはすでに気配を消し、双短剣を逆手に握ってレオンの斜め後ろへと滑り込んだ。
「ほ、本当に行くっていうのか……? アンタ達、相手は本物の魔族だぞ……!」
信じられないものを見るような村人の声に、エレナがお嬢様としての凛とした微笑みを浮かべて振り返った。
「魔族ならば、なおのこと見過ごすわけにはいきませんわ。聖女としての責務、そして何より私たちの目的ですから」
「その代わり、無事に帰ってきたらお礼はたーっぷりちょうだいよ! 美味しいご飯とかさ!」
クラリスが不敵に笑い、緊張感を吹き飛ばすようにウインクしてみせる。
「魔族は、どちらの森にいますか? 時間がありません、案内を」
ルシフェリアが冷徹な、しかし確実な殺意を孕んだ声で村人に位置を問い詰める。
その圧倒的な強者の気配に圧された村人は、呆然としながらも「あ、東の……古い大樹がある深い森だ……」と指を差した。
「東だな。――行くぞ」
レオンの短い合図とともに、四人は夜の闇へと溶け込むように、魔族の潜む森へと駆け出していった。
夜の静寂を切り裂き、四人は東の森を疾走する。木々の隙間から差し込む月光が、それぞれの武器を仄かに照らしていた。
「それにしても、どうしてあの魔族は人間を寄越せだなんて言ったのかしら? 普通なら一思いに村を滅ぼしそうなものだけど」
クラリスが杖を片手に走りながら、疑問を口にする。
「……探してるのか? 人間の中に、魔族が欲している『何か』があるのかも知れない」
レオンは腰のガントレットに手を添え、低く答えた。魔族がただの食料や快楽以外で人間を要求する場合、そこには何らかの術式的な意図、あるいは特定の因子を持つ人間を探している可能性があった。
「それよりも急がなければ、村の皆さんが危険に晒されますわ。あの魔族の要求がいつ破られるかも分かりません」
エレナがゴールドバルト家のネックレスを輝かせ、周囲の闇を払うように速度を上げる。
「――静かに。すぐ近くです」
先頭を行くルシフェリアが、音もなく跳躍して気配を完全に消した。
四人が森の奥の、異常なほどに開けた場所に飛び出すと、そこには異様な光景が広がっていた。土や木々が歪に組み替えられ、まるで見せしめのように、禍々しい漆黒の簡易的な城――魔族の拠点が築かれていたのだ。周囲の空間は、濃密な魔力によって重く淀んでいる。
「誰かと思えば、村のネズミどもではないな……」
城の門前、闇の底から響くような声とともに、一体の魔族が姿を現した。その身体からは滑らかで密度の高い魔力が溢れ出ており、明らかに下級ではない、中級以上の純度を誇る個体であることを示している。
魔族は細められた目でレオンたちをねめ回すと、不敵な笑みを浮かべた。
「ふん……今回の生贄は4人か。ずいぶんと威勢のいい、美味そうな魔力を持った連中を寄越したな」
魔族は傲慢に顎を払い、4人を見下ろした。その瞬間、周囲の空気が一変する。
四人は一斉に息を合わせ、それぞれの武器を構えた。
クラリスの杖の先端には激しい白炎が渦巻き、エレナのネックレスは神聖な光の粒子を放ち始める。ルシフェリアは、光の屈折によってすでにその姿を半分不可視化させていた。
「誰が生贄になるもんか! あんたのそのふざけた城ごと、焼き尽くしてあげるわよ!」
クラリスが激昂し、魔力を一気に練り上げる。
「フン……威勢だけはいい。ならば、村ごと貴様らを引き裂き、殺してやろう!」
魔族が両腕を広げ、漆黒の魔力を爆発させる。その肉体を構成する術式密度が跳ね上がり、圧倒的な圧力が空間を支配した。
だが、レオンは微塵も揺るがなかった。
「……おい、お前」
レオンは左手の黒く禍々しい術式が刻まれたガントレットをつけた腕を、静かに、しかし確実に魔族へと向けた。
「こいつの初戦だ。――お前のその術式、どれだけ耐えられるか試してやるよ」
レオンの左手が、この世界の誰も理解できない《虚無》の歪みを生み出し始める。触れた術式を全て破壊する絶対的な特攻の力が、魔族の拠点を激しく震わせた。
「ハハハ! そんな玩具でこの私に抵抗する気か? 愚かな人間どもめ、塵に還れ!」
魔族はレオンのガントレットを嘲笑うと、その鋭い爪を振るった。密度の高い漆黒の魔力波が、周囲の地面を抉りながら凄まじい速度でレオンへと迫る。
だが、レオンはただ静かに、その黒銀の左手を正面へと構えた。
パチン、と空間が爆ぜるような短い音が響く。
魔族が放った一撃は、レオンのガントレットに触れた瞬間、何の手応えも残さずに完全に掻き消えた。熱量も、衝撃も、その術式そのものが虚無へと還る。
レオンは自身の左手を一度握り締め、それから魔族に向けて鋭く振りかざした。
「よし。ガントレットの強度は完璧だ。使い心地も良いな、カリン」
術式を内側に留め置く感覚、そして一切の霧散を起こさない安定感に、レオンは確かな手応えを感じていた。
「ん……!? 私の魔術を消した……? 構築を崩壊させただと……? 何をした、貴様!」
自慢の術式を一瞬で無に帰され、魔族の顔に初めて動揺が走る。
「動揺してる暇なんてないわよ! 私たちも行くわよ!」
クラリスが新しくなった杖を天に掲げ、一気に魔力を爆発させる。
「喰らいなさい! 『白炎火球』!!」
以前よりも遥かに白さを増した、殺傷能力の極めて高い巨大な炎の塊が、唸りを上げて魔族へと殺到する。
「ゴールドバルトの誇りにかけて……新しい光で、討ちます!」
エレナもまた、愛用の細剣を美しく構えた。ネックレスの防御術式と連動し、その刃が眩いばかりの神聖な輝きを放つ。
「『光の矢』!」
細剣のひと突きとともに、無数の光の矢が五月雨のように放たれ、クラリスの白炎を追うように魔族の逃げ道を完全に塞いだ。
「くっ……! 人間風情がぁ!」
魔族は焦燥を浮かべながら、背後の城を足場にして強引に上方へ跳躍した。しかし、クラリスの白炎とエレナの光の矢が織り成す全方位の猛攻を完全に回避することは叶わない。
凄まじい爆発音が轟き、巻き込まれた魔族の左腕が、肩の付け根から無惨に吹き飛ばされた。
「ぐおおおっ!?」
地面に着地した魔族は苦悶の声を上げるが、その傷口から滑らかで濃密な魔力の式が溢れ出ると、一瞬にして新しい左腕が形作られていく。肉体そのものが術式密度で構成されている魔族特有の圧倒的な再生能力だった。
「……フン、人間にしてはやるな。だが無駄だ、この程度の傷など一瞬で癒える!」
「チッ、またすぐ再生して……! 本当に化け物ね!」
クラリスが杖を構え直し、悔しそうに歯噛みする。
「ですが、私たちの攻撃も確実に効いていますわ! 怯み始めています、畳み掛けますわよ! カスパールさん、止めをお願いします!」
エレナが鋭い視線で魔族を射抜き、レオンへ向けて叫んだ。
「――分かってる」
レオンは短く応じると、腰を深く落として左手のガントレットに意識を集中させた。カリンの最高傑作である黒銀の器が、レオンの《虚無》の魔力を完全に制御し、掌に恐るべき破壊の渦を凝縮していく。あとは確実に仕留められる一瞬の隙を待つだけだった。
「ご主人様。――その隙は、私が作ります」
影のようにレオンの傍らに控えていたルシフェリアが、冷徹な声と共に地を蹴った。
光の屈折を利用した透明魔法を発動させ、自身の姿と双短剣を完全に不可視化する。驚異的な身体能力と規格外の隠密技術をもって、ルシフェリアは魔族の死角へと一瞬で肉薄し、苛烈な接近戦を仕掛けた。
「む、そこかぁ!」
魔族は気配を察知し、ルシフェリアがいると思われる空間へ向けて鋭い爪を振り抜いた。しかし、その一撃は虚空を裂くだけに終わる。規格外の隠密技術を持つ彼女の姿を捉えることはできない。
「――ハズレです」
魔族の背後、完全に死角となった場所からルシフェリアの冷徹な声が響く。不可視の双短剣が魔族の背中を深く切り裂いた。
「ぐはっ!? どこだ、どこにいる!?」
魔族が惑乱したその瞬間、後方からエレナの凛とした声が響き渡った。
「ルシフェリアさん! 離れて!」
ルシフェリアは声を合図に、音もなくバックステップで魔族の間合いから離脱する。
「『光の牢』!!」
エレナが細剣を突き出すと、魔族を取り囲むように地面から目を眩むような光の柱が突き立ち、強固な光の牢屋となって魔族の全身を完全に閉じ込めた。神聖な光の術式が、魔族の禍々しい魔力を外側から激しく焼き焦がしていく。
「ぐ、おおおっ!? 離せ! 人間風情が、小癪な真似を……!」
光の檻の中で身悶えしながらも、魔族は体内の術式密度をさらに高め、強引にその身を破壊しようと暴れ狂う。
「こんなもの……! 私の魔力をもってすれば、すぐに壊せるぞ!!」
魔族の圧倒的な魔力圧によって、光の牢にピキピキと亀裂が入り始める。しかし、エレナが作ったその僅かな時間こそが、レオンたちが待ち望んでいた最大の好機だった。




