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『世界は魔術でつくられる 〜術式を消去する左手を持つ少年、最強の師匠に拾われて理を書き換える〜』  作者: 三ノ宮 櫻


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第84話 結集

 重厚な石造りの会議室には、アステリア王国の国防を担う重鎮たちが顔を揃えていた。円卓を囲む彼らの表情は、一様に険しい。


「ジルヴァ、南部の状況はどうだ。防衛線に揺らぎはないか?」


 騎士団長アルガスが、鋭い眼光をジルヴァ・クロムウェルに向ける。ジルヴァは椅子の背もたれに深く寄りかかり、面倒そうに首を振った。


「大丈夫だぁ、心配すんな。俺の風刃魔法で細切れにしてやってるよ。……だが、最近は魔物の数が異常に多い。いくら斬ってもキリがねぇんだわ」


「各地方でも魔族の動きが活発になっていると聞いているぞ。組織的な侵攻の前触れと見て間違いなかろう」


『白炎』ことヴォルカニカスが、厳格な口調で言葉を添える。その横で、影魔法の使い手フェリス・シャルドゥが、妖艶な笑みを消して溜息をついた。


「我が国だけではない。隣国を含め、各地で相当な被害が出ているとの報告が入っている」


「やはり、四極星しきょくせいを止めなければ、この被害は止まらない……という事ね。根源を絶たなきゃ、世界が影に飲み込まれてしまうわ」


 フェリスが不吉な未来を予言するように呟いた、その時だった。


 ギィ……と、重い会議室の扉が外側から押し開かれた。

 居並ぶ隊長たちの視線が入り口に集中する。そこに現れたのは、昨日死線を彷徨ったはずのレオン、そして彼を支えるように並ぶクラリス、エレナ、ルシフェリアの四人だった。


「取り込み中悪いな。……話に混ぜてもらうぞ」


 レオンは白手袋をはめた左手を軽く握りしめ、王国の最高戦力が集う中へと、迷いなく足を踏み入れた。

アルガスは組んでいた腕を解き、真っ直ぐにレオンを見据えた。


「……会議中だぞ。お前たち、一体何があった」


「騎士団長。単刀直入に言う。……奴らの狙いは俺だ」


 レオンの言葉に、真っ先に反応したのはジルヴァだった。彼は椅子の背もたれから身を乗り出し、鋭い視線を向ける。


「あぁ? どういうこった。魔族の連中が、わざわざテメェ一人を追い回してるってのか?」


「俺は、世界を作り変えるための『鍵』らしい」


 レオンが淡々と、だが重みのある声で告げると、会議室の空気が一変した。隊長たちの間に動揺が走る。


「鍵? 世界を作り変える? ……ふふ、ちょっと話が大きすぎて、すぐには信じられないわね」


 フェリスが皮肉めいた笑みを浮かべるが、その瞳は笑っていない。影を操る彼女の直感が、レオンの言葉に宿る真実味を捉えていた。


「それで、魔族の狙いはお前だと? お前を殺すのではなく、手に入れることが目的だとでも言うのか」


 アルガスの問いに、レオンは自らの左手をじっと見つめてから答えた。


「ああ。奴らは俺の《虚無》の力を奪うか、あるいは俺自身を魔族化させて制御下に置くつもりだ。そうして俺の力を使い、世界のことわりそのものを書き換える。……昨夜、四極星のグラヴィスに襲われて確信した」


「グラヴィスだと……!? あの『墜星』とやり合って生きて帰ってきたのか!?」


 ヴォルカニカスが驚愕に目を見開く。

 王国の最高戦力である隊長たちでさえ、その名を聞くだけで緊張を走らせる存在。それを前にしてなお、揺るがぬ意志を宿したレオンの瞳に、アルガスは深い沈黙の末、重々しく頷いた。


「グラヴィスは街のど真ん中まで来やがった。周囲の被害なんてお構いなしだ。俺に魔族の血を流し込み、その反応を見てやがった……。まるで、自分の持ち物がどれだけ使えるか試すようにな」


 レオンの言葉に、ジルヴァが鼻を鳴らして口を開く。


「……しかしよぉ、納得いかねぇな。なんでお前なんだ? 世界を作り変える鍵だか何だか知らねぇが、純粋な『実力』で選ぶなら、俺たち騎士団の隊長格を狙う方が筋じゃねぇのか。土魔法で城塞みてぇな防御を誇るガルドスのような、完成された強者をよ」


 その問いに、レオンは一瞬沈黙し、視線を落とした。覚悟を決めたように、彼は重々しく口を開く。


「……俺は、魔族が人間を作ろうとした実験で生まれた存在だ。俺の左手に組み込まれた術式も、その時に刻まれた。俺の体は、生まれつき半分魔族みたいなものなんだよ」


 会議室に衝撃が走る。エレナやクラリスも、改めてその告白の重さに息を呑んだ。


「この《虚無》の属性も、本来は失敗作扱いだったらしい。だが、今になって奴らは気づいたんだ。真っさらな『無』だからこそ、世界の理を上書きするための、純粋な『鍵』になり得ると……。完成された術式を持つあんたたちじゃダメなんだ。空っぽの俺じゃなきゃ、奴らの理を注ぎ込む器にはなれないのさ」


 アルガスは腕を組み、会議室の奥底まで響くような重厚な声で問いかけた。


「……事情は理解した。それで、レオン。お前自身はどうするつもりだ。自らの宿命に飲み込まれるか、それとも――」


 レオンは迷うことなく、アルガスの視線を真っ向から受け止めた。


「俺は、人間でいたい。魔族の道具としてではなく、一人の人間としてあいつらと歩んでいきたい。……そのために、俺を狙う魔族を、四極星を殺す。だが、俺一人の力じゃ足りない。……力を貸して欲しい。俺と一緒に戦ってくれ」


 静まり返った会議室に、レオンの切実な、けれど力強い決意が響き渡る。

 沈黙を破ったのは、ジルヴァの野太い笑い声だった。


「カッカッカ! 言うじゃあねぇか! 自分の出自をさらけ出した上で『助けろ』だと? チンケなプライドより目的を優先するその姿勢、嫌いじゃねぇぜ!」


「確かに、彼の《虚無》の力は魔族に対しては絶対的な特攻だわ。戦術的な価値は、そこらの魔術師を何百人集めるより高いわね」


 フェリスが唇に指を当て、品定めをするような妖艶な瞳でレオンを見つめる。

 アルガスはゆっくりと椅子から立ち上がり、レオンの前に立った。その巨躯から放たれる威圧感は凄まじいが、そこには確かな信頼の情が宿っていた。


「魔族の討伐は人類共通の目標だ。お前のような特殊な力を持つ者が、自らの意志で剣を振るうというのなら、我らがそれを拒む理由などない。戦力が増えるのに越したことはないからな」


 アルガスはレオンの肩に、岩のように重く、力強い手を置いた。


「だが、一つだけ約束しろ。……死なないことだ。お前が死ねば、その『鍵』が奴らの手に渡る可能性も、世界が書き換わる絶望も加速する。生きて、人間として勝利を掴み取れ。いいな?」


 レオンは力強く頷いた。


「ああ。……約束する」


 騎士団本部の会議室で、一人の「失敗作」と呼ばれた少年と、王国最強の騎士たちが、世界を守るための新たな盟約を結んだ瞬間だった。

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