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『世界は魔術でつくられる 〜術式を消去する左手を持つ少年、最強の師匠に拾われて理を書き換える〜』  作者: 三ノ宮 櫻


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第85話 はじまりの

 ヴォルカニカスは腕を組み、眉間に深い皺を刻みながら重々しく口を開いた。


「しかし……実力があるとはいえ、お前たちはまだ学生の身分だ。そのような危うい宿命を背負った者を、積極的に最前線へ出すのは……私は反対だな」


 そう言いながら、ヴォルカニカスの視線は、愛娘であるクラリスをチラチラと落ち着かなげに往復している。親としての隠しきれない動揺が、厳格な騎士の仮面から漏れ出していた。


「お父様! 私はシルバーフレイム家の人間として、そしてレオンの仲間として、ちゃんと覚悟を持ってきたんだから! 子供扱いしないで!」


 クラリスが顔を赤くして反論すると、ヴォルカニカスはさらに狼狽したように声を震わせる。


「しかしだな……。戦場は甘くない。グラヴィスのような化け物と対峙するなど、親として、いや、騎士団の隊長として見過ごせん……」


「ヒャハハ! 相変わらず子煩悩だねぇ、白炎の旦那。だったらよ、心配しなくて済むように俺の所でしごいてやろうか? 根性ごと叩き直してやるぜ」


 ジルヴァがニヤニヤしながら短剣を回すと、今度はフェリスが妖艶な笑みを浮かべてレオンたちに歩み寄った。


「あら、ジルヴァの野蛮なしごきなんて必要ないわ。私の部隊に来れば、影の歩き方から戦い方まで、手取り足取り『可愛がって』あげるわよ?」


「……フェリス様、その『可愛がる』という言葉、非常に不穏に聞こえますわ」


 エレナが引き気味に一歩下がると、アルガスが一つ、大きく咳払いをして場を静めた。


「うむ。お前たちが未来の希望であることに変わりはない。レオン、お前の意志は受け取った。何か分かったことがあれば、すぐに共有しよう。キャロル様にも、騎士団は全面協力すると伝えてくれ」


 アルガスは一同を見渡し、厳かに告げた。


「会議はこれで終了だ。各自、配置に戻れ。レオン、お前たちは万全の状態になるまで休息を忘れるなよ」


 隊長たちがそれぞれ席を立ち、会議室に慌ただしい空気が戻る。レオンは自分の左手を強く握りしめ、自分を認めてくれた騎士たちの背中を静かに見つめていた。

 重厚な会議室の扉が閉まり、廊下に出ると、クラリスが大きく背伸びをしながら息を吐き出した。


「ふぅ……。とにかく、これで騎士団も協力してくれることになったわね。良かったじゃない、レオン。……あのお父様の過保護っぷり以外は、概ね計画通りよ」


 クラリスは、まだ部屋の中で他の隊長たちに何やら言い含められているヴォルカニカスを、扉の隙間から少しだけ睨むように見た。


「クラリスさん、そうおっしゃらないで。ヴォルカニカス様だって、一人の父親としての顔と、国の平和を守る隊長としての顔の間で揺れていらっしゃるんですわ」


 エレナが困ったように微笑みながらフォローを入れるが、クラリスは「はいはい」と肩をすくめて歩き出す。


「どうだかね。あのお父様の性格じゃ、放っておいたら私の周りに護衛を百人くらい並べかねないわ。……それより、レオン。これで奴らの動き、少しは掴めるようになるといいけど」


「ああ。騎士団の情報網があれば、魔族の不審な動きも察知しやすくなるはずだ。だが……」


 レオンは顎に手を当て、少し考え込むように視線を落とした。


「……騎士団が掴めるのは、あくまで『起きてしまった事象』だ。奴らが次にどこを狙うか、その先手を取るには、それだけじゃ足りない気がする」


「それなら、キャロル様を頼ってみてはいかがでしょうか」


 それまで静かに従っていたルシフェリアが、一歩前に出て提案した。


「キャロル様なら、この世界の術式の流れや、魔族の動向についても、私たちが知り得ない『深層』の部分まで見通していらっしゃるはずです」


「そうだな。あいつなら、何か掴んでいるかもしれない。戻って聞いてみるか」


 レオンたちは、次なる指標を求めて、規格外の魔術師が待つ場所へと歩を進めた。

 

 静寂が支配する「始まりの場所」。その中心に鎮座する禍々しい玉座で、魔王は深い思索に沈んでいた。

 不意に、虚空に鋭い亀裂が走る。ガラスが砕けるような音と共に、そこから一人の女性――キャロル・エインズワースが、まるで自分の庭を歩くかのような足取りで姿を現した。


「やぁ、久しぶりだね」


「キャロルか……」


 魔王は動じることなく、その深淵のような双眸を向けた。かつて共にいたのか、あるいは敵対し続けてきたのか、二人の間には長い年月を積み重ねた者特有の、奇妙に静謐な空気が流れる。


「どうだい、君が追い求めている『魔法』は、見つかりそうかい?」


「魔法はある。そのための鍵だ。貴様の大事にしているあの小僧の力が手に入れば、真理への扉は開かれる」


 魔王の言葉に、キャロルはふっと口角を上げた。その笑みには、師としての矜持と、隠しきれない独占欲が混じっている。


「そうはいかないよ。あの子は僕の大切な弟子だからね。勝手に触られては困るな」


「……ならば、ここで貴様を殺しても良いのだぞ、キャロル」


 魔王から放たれた殺気が、一瞬にして周囲の空間を凍りつかせ、壁を砕く。だが、キャロルはその重圧を羽毛のように受け流し、飄々と肩をすくめた。


「まぁ、そうなるよね……。でも、今日はただの挨拶だけさ。この前、君の部下が僕の教え子をいじめたお返しだよ」


 キャロルの手には、いつの間にか一枚の紙が握られていた。玉座の傍らにあった、古い術式図の写しだ。


「これは貰っていくね。何かのヒントになりそうだから」


「……それはもう必要ない。理は既に我が内にある」


 魔王は奪われた紙に未練を見せることはなかった。その超然とした態度に、キャロルは満足げに頷くと、再び割れた空間の裂け目へと足を向ける。


「じゃあね、また来るよ。次は、僕じゃなくて僕の弟子たちが来る。……レオンが君の理を破壊しに来る日を楽しみにしていることだ」


 そう言い残すと、キャロルは闇の中に溶けるように消えた。

 再び静寂が戻った玉座の間で、魔王は自らの掌を見つめる。


「レオン・カスパール……。来い。貴様が私を殺す鍵となるか、それとも世界を書き換える礎となるか。見極めてやろう」


 キャロルの研究室は、いつもなら古書の紙の匂いと魔力の残滓で満ちているが、今日はどこか静まり返っていた。


「珍しいな、留守か。あいつがここを空けるなんて」


 レオンが周囲を見渡すと、クラリスも不思議そうに棚の資料を眺める。


「あの引きこもりのキャロルが? どうせ空間の隙間で昼寝でもしてるんじゃないの」


 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、二人の目の前の空間がピシリと音を立てて割れた。そこから、何事もなかったかのようにキャロルが歩み出てくる。


「やぁ。僕の悪口を言っていたかい? クラリス」


「なっ、何も言ってないわよ! ちょうど褒めてあげようと思ってたところ!」


 クラリスが顔を赤くして言い張るのを無視して、レオンはキャロルの手元に目を向けた。


「どこに行っていたんだ。わざわざ出向くなんて、お前らしくもない」


「ちょっとね。君たちに必要になるかなと思ってさ」


 キャロルはそう言って、持っていた古びた紙を無造作に机の上に広げた。そこには、常人では直視することすら拒まれるような、おぞましくも緻密な術式がびっしりと書き込まれていた。人間に魔族の属性を無理やり組み込み、変質させる――禁忌の術式。


「……っ、これは」


 エレナがその術式を一目見た瞬間、顔を青くしてネックレスを握りしめた。その魔力の「濁り」が伝わってくる。


「これが、僕たちを魔族に変えた始まりの術式さ」


 キャロルの淡々とした、けれど重みのある言葉に、部屋の空気が凍りつく。ルシフェリアも、レオンを映す瞳に緊張を走らせた。


「これが……すべての元凶か。」


 レオンの問いに、キャロルは自嘲気味に、どこか遠くを見るような瞳で微笑んだ。


「こんなのを作り出してしまったせいで、仲間達は魔族となり、僕も魔族となってしまった。そして巡り巡って君を生んだのさ」


 その告白は、静かな部屋に重く、深く沈み込んでいった。

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